第3話

 ダッ

 青年は大鎌を担いだままビルの壁面を駆け上がる。そこから宙返りをしたかと思うと蠅の脳天目掛けて大鎌を振り下ろした。


 ぶしゅううう。

 これまた嫌な音がする。巨大な蠅の体液が弾け飛ぶかと思ったがそうではなく、あたりは煙でいっぱいになった。少しすると霧が晴れるように煙も消え去る。


 「あんたブラックドッグか」

 青年は僕の横にいるaを見る。

 「いや……ちがうけど」

 「あそ」

 興味なさげに言うと青年は大鎌を担ぎ直した。

 「覚悟ないならやめとけよ」

 そう言うと青年は駆け出し、闇に消えていった。僕はなんだかモヤモヤした気持ちを抱えた。


 またもaと帰路に着く。「覚悟ないならやめとけよ」さっきの青年の言葉が頭の中でリフレインする。なんでこんなにイラつくんだろう。はじめからやらないと決めているのに。僕は出所のわからない苛立ちを抱えたまま家に帰った。


 「ナオヤはああ言っていたがやはり契約しないか」

 「しないよ」

 ていうかナオヤって言うのかあいつ。腹の立つ奴だった。いかにもエリートそうで、周りを見下してそうな奴。なのにあいつもブラックドッグなのか。ブラックドッグ……希死念慮のあるものだけがなれる存在。僕は僕のみていた世界がどれだけ狭かったのかを再認識した。ナオヤもミナミも死にたいと思いながらも戦っているのか。なんのために?それがわからなかった。僕が契約しない理由もそこにある。

 とりあえず今日は寝てしまおうとベッドに寝転がった。


 そして朝が来る。僕は最近でも特大の希死念慮に悩まされていた。指一本も動かしたくない。ただ巨大な死にたさに耐えるので精一杯だ。頓服はさっき飲んだから効いてくれるのを祈りながら待つしかない。そんな感じで一日が過ぎていった。


 夜。何やらaが騒いでいる。

 「シュウゴ。怪異が出たぞ」

 そうか。それは大変だな。

 「ナオヤも向かってるがミナミが苦戦中だ」

 ミナミが。大丈夫だろうか。

 「シュウゴ。ここから近い」

 そうか。

 「助けにいこう」

 なんで。


 なんでだろうと考えて思考が止まった。なんでじゃないだろ。ミナミは僕を助けてくれた。僕は?僕はミナミに何をするんだ?こんな時くらい体を動かせ。頭を働かせろ。全身の倦怠感がそんなことはしなくていいと体を押さえつけてくる。脳は止まった歯車のようになかなか動き出さない。ただ心だけが焦りを感じていて、僕は感情に任せて口を動かした。


 「a」

 考えなくていい。

 「なんだ」

 全部あとでどうにでもなる。今は。

 「契約する」

 ミナミを助けるんだ。


 僕はブラックドッグになることにした。

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