第2話

 僕は緑色の球体と自室にいた。なんでついてくるのか聞いたら「きみの担当だからだ」とのことだった。一対一のシステムなんだ……と思った。球体は何度も諦めずに言う。

 「ぼくと契約しようじゃないか」

 「だから嫌だって」


 あんな恐ろしい目に積極的にあいにいく趣味はない。怪異とやらもどんな存在なのかもわからないし、何より戦える自信がない。それらの不安要素を伝えると球体は流暢に答える。


 「戦い方はなればわかる。新田ミナミもそうだった。」

 なんともご都合主義なことだ。


 「怪異がどんな存在かはこれから調べていくしかない。ただ、きみたちしか対処できない存在なのは確かだ。協力してくれると助かる」

 ここがいちばんの疑問だった。


 「なんで僕なんだ? もっと強そうな人とかいっぱいいるだろ」

 球体に疑問をぶつける。

 「ブラックドッグは希死念慮を持つ人間しかなれない」

 球体は丸い目をこちらに向けてそう言った。

 「怪異は死に近い存在だ。普段から死を見つめるものにしか見えない」

 それで僕が選ばれたのか。っていうことは。

 「あの……ミナミも?」

 「かのじょもそうだ」

 なんとなく意外だった。さっき会った少女は天真爛漫で、陽の光がよく似合う明るい子に見えたから。そんなのは僕の偏見だったのだ。


 僕はベッドに横たわり天井を見つめた。このいつまでも付き纏ってくる希死念慮に意味を持たせられるんだ。戦うことを選ぶなら。それでもやはり恐ろしい。僕は自分が弱いことを誰より知っている。

 「契約はしないからなー」

 言って球体に背を向けて寝ることにした。


 翌日、起きてもまだいる球体に昨日のことが夢ではないのだと確信する。生きててよかったと思うのも束の間やってくる死にたさを引きずるようにして身支度をする。今日はバイトの日だ。


 僕はあまり人が来ない古本屋の店員をやっている。一体どうやって経営が成り立っているのかはわからない。いつクビになるのか不安はあるが人のこなさその一点においてやめられずにだらだらと続けている。今日も三人くらいしかお客はいなかった。


 「お疲れ様です」

 帰路に着く。少し遠いが歩いて帰る。貴重な運動時間だ。夜の町を見回すようにして歩く。昨日はこれくらいの時間に巨大ナメクジに遭ったんだよなあなんて思いながら。


 ぶうううん

 嫌な音がする。


 ぶううううん

 近づいてきている。


 ぶうん。

 それは羽音のようだった。

 振り向く。

 

 そこには巨大な蠅がいた。


 ぶうん!

 蠅は僕が視認したことを察知したのかこちらに向かって飛んでくる。


 「うわあ!」

 

 ばちん。ぶううううん

 建物にぶつかると軌道を変えてまた追ってくる。


 「契約どきじゃないか」

 いつのまにか現れたaが肩から語りかけてくる。

 「言ってる場合か! 助けてくれよ」

 「助ける術はないのだ」

 「なんだよもう!」


 逃げるしかない。でもどこに? またミナミが助けてくれないかななんて混乱と期待で思考がショートしそうになったとき、彼は現れた。


 「すばしっこい奴だな」

 そこには大鎌を担いだ青年が立っていた。

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