【連載中止】難治性ブラックドッグス

おおつ

第1話

 世界は躁的すぎる。それが僕の持論だ。


 僕、桐山シュウゴは日課の夜の散歩中だった。夜はいい。昼間と違って音も光も人も少ない。ちょうどいい静寂の中で僕はやっと息ができる心地だった。死にたい。


 これは癖のようなものだ。物心ついた頃には希死念慮に取り憑かれていて何もなくても死にたいと思う日々だった。気を紛らわせるために散歩などをしている。


 冷たい夜風は少し湿っていて気持ちがいい。木々が揺れていて草の匂いも混じっている。遠くから踏切の音がするがうるさくはなく、むしろ夜の街の静けさを引き立たせている。


 僕は一歩一歩確かめるように歩く。大丈夫。何がかはわからないが大丈夫だ。そう思いながら進んでいると、大きな路地に出た。ここを右に曲がって家に戻るのがいつものルートだ。


 ぐちゃり。

 「……?」

 聞き慣れない音がした。


 ぐちゃ。ぐちゃり。

 重みを持った水音が近づいてきている。路地の先から大きな影がこちらに向かってきている。気がする。気のせいだろうか。夜の闇のせいでよく見えない。近づいてみる。


 ぐちゃぐちゃぐちゃ。

 音は確かに大きくなっている。近づいているはずなのにやはりよく見えない。僕は歩みを進めた。


 ぐちゃり。

 目の前に来てやっと何かわかった。ナメクジだ。僕の背丈をとっくに超えて電線にまで届かんとする巨大なナメクジ。


 僕の膝はいつのまにか震えていた。どうして近づこうなんて思ってしまったんだろう。先ほどまでの自分の好奇心を恨む。怖い。ナメクジは敵意があるのかないのかわからない目でこちらを見ている。僕は目を背けないようにゆっくりゆっくり後ろに下がった。クマに遭遇した時の逃げ方だ。ナメクジに効くかどうかわからないが巨大な動物という点では一緒だろう。


 一歩、また一歩と後退しているとガツっという音と共に僕の視点が揺らいだ。自転車にぶつかったのだ。僕は立ちあがろうとしたができない。腰が抜けている。ナメクジはその長いツノを伸ばして俺を見つめる。そこには人間のような目がついていた。僕はそれと目が合い……


 「見ない方がいいと思うよ」

 低い位置から声をかけられた。見ると緑色の球体に目と口がついてるようなモノがこちらを見ていた。

 「うわっ!」

 続け様に奇妙なものを見て悲鳴が出る。

 「失礼だね。助けてあげようってのに」

 緑色は妙なことを言う。

 「あれは何なんだ! お前も!」

 「ぼくはa(エー)だよ。覚えやすいでしょ」

 緑色はどこか呑気だ。

 「あれは……なんだろうね。君たちの言葉を借りれば怪異ってやつかな。実体はないけど、危害を加えてくる」


 「危害を加えてくる」その言葉だけで十分だった。あれはやばいやつだ。

 「どうしたら助けてくれるんだ」

 「ぼくと契約してくれ」

 「契約?」

 怪しい言葉に僕は眉を顰める。

 「契約すればあれと戦えるようになる」

 「なっ」

 契約したら魔法のように全てが解決するのかと思えば戦えるようになるだって?できるわけないだろう。なんの心得もないのに。やはり俺は逃げることにした。

 

 「うわあっ!」

 逃げようとしたその足をナメクジに捉えられた。その軟体から出てくる複数の手によって。もはやナメクジとは言えないかたちだった。

 「たすけて!」

 「契約しようじゃないか」

 話にならない。ああここで死ぬのかと思った瞬間。


 「ちょっと待ったあー!」

 たったったったと軽い足音。視界が反転してよくわからないが少女がこちらに向かってくるのが見えた。

 「よっ」

 少女はある程度の位置で立ち止まり、弓を引く。その弓はうっすらと輝いて見えた。

 「えいっ」

 矢が放たれる。それは僕の横を素通りしてナメクジの頭の天辺に突き刺さった。

 ぷしゅうという音がしたかと思うと僕を掴んでいた手は消え、地面に叩きつけられる。

 「いてっ」

 「大丈夫?」

 少女がいう。

 「ああうん。大丈夫。」

 なんだか照れ臭かった

 ナメクジの方を見るとぐにゃぐにゃと萎んでいき、最後には煙になって消えてしまった。

 「鈍いやつでよかったねー。間に合わないところだった」

 「間に合わないって?」

 「そりゃお兄さんが死んじゃってたってこと」

 僕は改めてことの重大さを知った。僕は死ぬところだったのだ。

 「助けてくれてありがとう」

 「いえいえー仲間のよしみってやつ?」

 「仲間?」

 「君もブラックドッグでしょ?」

 聞き慣れない言葉だ。

 「いや……違うと思うけど」

 「え?でもそこにaちゃんが」

 「かれはまだ契約していない」

 「そうなんだー」

 少女とaは見合わせた後僕を見る。

 「契約した方がいいよ!さっきみたいなのもやっつけられるしさ!一緒にやろ!」

 「でも契約って簡単にしちゃいけないような」

 「真面目だなー」

 少女は困ったように笑った後右手を突き出してきた。

 「わたしは新田ミナミ。aちゃんと契約してブラックドッグをやってるよ。気が向いたら一緒にやろ!」

 「ああうん。」

 反射的に右手で握り返してしまった。ミナミの手は冷たくて柔らかかった。


 そのあとミナミと別れ、僕は何故かaと帰路についていた。

 「あの。ブラックドッグってなに?」

 気になっていたことを聞いてみる。

 「ぼくと契約した人間のことだ。身体能力が上がり、特殊な武器が手に入る。それで怪異と戦う」

 「怪異ってなんなの?」

 「発生原理はわからない。ただ発生すると人間を襲う。それを食い止めるために僕たちはブラックドッグを集めている」

 「へー」

 僕の知らない世界に裏側を知れたような謎の高揚感があった。しかしあんな恐ろしい目には二度と会いたくない。ただミナミにはもう一度会えたらいいなと思っていた。

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