1-11 奪われた者

 それは、孤独。


 最初から最後まで、何も持たざる者。

 アスア王国の英雄である限り。


 アスア王国の英雄として、魔物討伐、ダンジョンの閉鎖、救助等を成し遂げた依頼は数知れず。

 英雄の後ろには仲間がいた。

 アスア王国の騎士団もいた。


 けれど、彼らが何かをしたことはあっただろうか。

 後方支援と言えば聞こえが良い。

 真実は、足手まとい。


 英雄がきちんと依頼をこなすかどうかだけならまだしも、英雄が逃げ出さないための監視役。


 最凶級ダンジョンなんて、強い魔物が溢れ出す地獄絵図だ。

 命の危険なんて顧みず、ただひたすら魔物を討伐する日々。


 国民のために存在しているのは、英雄だけだ。

 騎士団も仲間たちも国民のために動かない。

 分刻みの行動に足枷をつけられているのに、国民は怪我一つでも負えば文句を言う。

 英雄は国民を救って当たり前だと言う。





 ならば、英雄は?

 英雄は誰が救ってくれるのか。


 英雄だった男は自嘲的な笑いを浮かべる。





 血のニオイがした。

 腰のあたりに鈍い痛みを感じた。


 黒い短剣を刺した男は、英雄から何もかも奪って満足しただろうか。

 英雄のギフトを手に入れ、英雄になれて幸せか?

 英雄というのは肩書だけでなく、義務もつきまとうのに。





 怒り。

 憤り。


 生きるのに必死で彼らに対するそんな感情すらも忘れていた、わけではない。

 アイツらは俺のギフトだけでなく、鍛えた肉体の他、武器、装備、収納鞄もすべて奪っていった。


 それでも、怒りの感情をアイツらに感じているかというと否である。


 俺が死に瀕していたのは事実。

 トドメを刺していかなかったのは、彼らは惨たらしい死を俺に望んでいたからだ。


 けれど、俺は死ななかった。

 ダンジョンをさまよい、森をさまよったが、俺がどうしても生にしがみついたからではない。

 どうしても生きたいからではなかった。


 肉体がまだ生き続けてしまっているから、動かざる得なかったのだ。

 その場で転がっていても、苦しみが続くだけでどうにもならないのだから。





 憎しみ。

 恨み。


 彼らにそんな感情を抱くかどうか。

 まったくないと言えば、真実ではないだろう。


 だが、実際、俺にとって彼らはどうでもいい存在で、これからもどうでもいい存在である。

 だから、刺されるのだと言われれば仕方ない。

 言葉にしたことはないが、態度に表れていたのかもしれない。


 けれど。


 彼らもまた、都合の良い存在として英雄を扱ってきたのだから。

 五十歩百歩の関係だ。

 扱いとしてはたいして変わらない。


 いや、英雄を利用するだけ利用して殺すのだから、悪質なのはどちらか。




 アスア王国の歴代の英雄も殺された者が少なくない。

 国王やその側近に。

 英雄を利用するだけ利用して殺す。


 残念ながら、英雄がアスア王国に期待することは何もない。

 その歴史が自分の暗い未来を示しているのだから。


 どんなに国民に手を差し伸べても。

 どんなに魔物を討伐しても。

 どんなにダンジョンを閉鎖しようとも。


 英雄が国民を救うのは当たり前の行為だと思っているのだから。

 救えなくなったら、その英雄はお払い箱。



 悲しい。

 寂しい。


 そういう感情もなくはない。

 怒り、憤りに比べると、こちらの感情の方が強い。



 虚しい。


 おそらく、俺の中ではこの言葉がしっくりくる。

 何もかも諦めの境地だったのかもしれない。

 一国の重責をたった一人に押しつけるのは、どんなに楽だったことだろう。


 あの国王の行為も、国民の行為も何もかも流されて受け入れるしかなかったのか。





 それでも。

 どんな理由であれ、お前たちが英雄を手放したのだから、もう俺を放っておいてくれ。


 王子とヴィンセントに会わなければ、俺がそんな想いすら抱くことはなかっただろう。



 ククーがあのククーだと気づかなかったのは、昔に自分の想いにフタをしていたからだ。

 固く閉ざして。

 思い出さないように。


 失ったものが大きくて、傷つきたくなかったからだ。

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すべてを奪われた英雄は、余生を楽しむ さいはて旅行社 @r2021

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