1-10 隣国の英雄2 ※ヴィンセント視点

◆ヴィンセント視点◆


 酒を幸せそうに飲む。

 そんなレンも可愛かった。


 何でククーがレンの好きなものを知っているのかムカついたが、頬を赤く染めるレンは非常に可愛い。

 隣国の英雄が酒豪だということは、俺でも知っている噂だったが。


 情報は知っていても、役立てないといけない。


 レンに酒が入ってしまったため二回ほどしたら、スヤスヤと寝息をたてて寝てしまった。

 まだまだ物足りなかったが、寝顔も可愛いので起こさないことにする。


 レンと一緒にいると、すべてが満たされる。


 出会ってまだ日も浅く彼のことを深く知らないのに、レンを離したくない。

 自分がこんなにも独占欲の塊だとは思わなかった。


 レンのカラダを拭いて、服を着させる。

 毛布を掛けてその場を後にする。

 後ろ髪は非常に引かれるけども。

 そのまま一緒に寝ていたいけれども。





「お前、まだ初恋引きずっていたのか」


 王子の部屋から出てきたククーが呆れたように私に言った。

 王子も寝てしまったのだろう。

 私は廊下から台所に移って、お茶をいれる。


「何のことだ」


「白い髪に、赤い目、魔族の象徴だ」


 私の目が険しくなる。

 レンは赤い目をククーには見せてないはずだ。

 それなのに。


「光の加減で一瞬赤く見えた。それだけで俺には充分だ。お前の初恋は年の離れたお前の姉の旦那だからな」


 これだから、何もかも知った顔をする年上の幼馴染みは嫌なんだ。

 私には年の離れた実姉がいる。


 そして、姉の旦那は魔族である。

 初恋を自覚した途端に彼は姉と結婚して、この神聖国グルシアからいなくなった。


「ザット・ノーレンは元々魔族、ってワケじゃない。ギフトがなくなった前例はあれど、普通はああはならない。どうしてああなった?」


 ククーがこういう聞き方をするということは、もうレンをザット・ノーレンだと認めている。


 何でだ?


 わざとしたあのつたない説明だけで、コイツが納得するとは到底思えない。

 レンのためにおつまみの本を持ってくるわ、酒を持ってくるわと貢ぎ物を用意してくるし。


「それはまだ原因究明中だ」


 私は言い切った。

 ダンジョンコアを強奪の剣で吸収してしまったからだけど、それはわざわざ教えない。

 私はレンとずっと一緒にいたいから、報告書を書いた。

 彼が隣国の英雄ザット・ノーレンの可能性がある限り、神聖国グルシアは彼を放り出さない。


 彼を隠しておく場所として、この家は最適だ。

 そして、各国が動いている今、下手に他へと動かせない。

 でも、あくまでも可能性を示唆するだけだ。本人だと確定したら、アスア王国が出てきて攫っていきかねない。


 今さらレンを失うなんて辛すぎる。


「まあ、あの姿じゃ、誰も本人だとは思わないよな。俺も上に筋道立てて説明できない。どう捻っても精査中としか報告できない」


 じゃあ、何でお前はレンをザット・ノーレン本人だと確定しているんだよ。

 野生の勘か?


 ククーが私を見据えた。


「お前、好みの外見の人間が大怪我してやって来て、これ幸いにと手籠めにしてないか?レンにきちんと同意とっているのか?」


 心配そうに聞くな。

 俺とレンがナニやっていたのかすでにバレているようだけど。


「何言ってんだ。同意の上での行為だよ」


「それなら良いが。いや、ザット・ノーレンは恩を強く感じた場合、何事にも対価が存在すると考える人間だ。お前が自分の命の恩人だと思っているのなら、同意だとしてもお前が望むように行動する可能性があるということは知っておけ」


 何でコイツにこんなことまで言われなきゃならないんだ。

 お前はレンの何を知ってる。

 お前はレンと会って数時間しか経ってないだろ。


「それと、アスア王国には絶対にレンの存在を知られないようにしろ。国王がなぜ英雄をわざわざ神聖国グルシアに派遣したのかというと、戻ってきたらちょうど成人した孫娘の王女と結婚させるために準備をしていたからだ。英雄にバレないように他国に行かせたのがアダとなった上、英雄が帰って来なかったから、王女の相手が別人となり婚約式に変更になったが」


「婚約もしないで、王族がいきなり英雄と結婚するつもりだったのか」


「それぐらいしないと英雄に逃げられるってことだろ。ザット・ノーレンは思った以上に手ごわい」


 そうだろうけど。

 強くなければ、英雄なんてやってられないだろうが。


「もしかしてなんだが、」


 ククーが言葉を一回切った。


「ザット・ノーレンは英雄になりたくなかったのもしれないな。今日のレンを見てると、そう思えてくる」


 お酒を飲んで幸せそうに微笑む姿。

 彼はささやかな幸せを大切に想う人間だ。


 あの姿は世界を救おうと思っている人間だろうか?


 私にはレンが英雄だろうと、そうでなくともどちらでもいい。

 レンがレンならば。


「ああ、だから、ザット・ノーレンは仲間に殺されかけたのか」


 ククーが納得したように呟いた。

 勝手に一人で納得するな。


「ククー、どういうことだ?」


「英雄になりたいと、英雄の仲間になった者たちのなかには、金、女性、地位や名誉を惜しみなく手に入れて、無尽蔵に欲に流されるままバラまきたいと考える輩も少なくない。ソレで以前の男性メンバーは仲間から外されて今の若いメンバーに入れ替わったのだが、同じような人間がまた揃っていたようだな。ザット・ノーレンは英雄だからこそ自分を律することができる人物だ。英雄の名声に胡坐をかいて遊びたい人間からすると、彼は目の上のタンコブ状態になっていたのだろうな」


「それだけで人を殺すのか」


 英雄がアスア王国を守っていたはずなのに。

 英雄がいるからこその仲間のはずなのに。


「ヴィンセント、奴らへの憤りは最もだ。だが、人は自分のために簡単に人を殺す」


 ククーに肩をポンっと叩かれた。


「俺たちのようにな」


 冷たく告げて、ククーは自分の客室に戻っていった。





 ククーが言いたいこともわかる。


 神聖国グルシアも同じことをしている。

 繁栄するために、他人を殺す。


 私は王子との関係をレンに詳しく説明していない。


 王子の世話役だと言ったことはあるがそれだけだ。

 レンがそれ以上のことを聞いて来ないのはありがたいが、聞かれないのはすべてに感づかれているのではないかと思ってしまう。


 レンは何も伝えていないのに、私が神聖国グルシアの神官だということを見抜いていた。


 彼が真に英雄ならば。



 レンが真実を知ったら。

 私はレンにどう思われるかが怖い。

 彼が私から離れていこうとするのが怖い。


 レンは私に幻滅するだろう。


 私たちは王子を殺すのだから。

 直接手を下さなくとも。










 ククーが一週間後にも馬車で来やがった。

 なぜ、来る?

 行商人で来るのは一か月に一回だけだろ。後は郵便受けに書類が送りつけて来るだけである。


「前回、お前がきちんと発注かけないから来たんだろ。靴はギリギリ郵便受けに入らない。他にも生活に必要なモノもあるから持ってきた」


 ククーの手には紐で結ぶタイプのブーツがある。

 上級冒険者に人気があるブーツだが。


「ククーっ、何でいるのーっ」


 馬車を見た王子の喜びの声が庭に響いた。

 隣にはレンもいる。

 二人は庭の菜園で遊んでいた。


 いつも一緒にいる角ウサギはどうも隠れてしまったようだ。

 監視人に魔物がこの庭にいると知れたら危ない。

 たとえククーといえども上にどう報告されるのかわからない。


 今はレンにも好意的だが、どう変わるかまだ見当がつかない。


「やあ、ククー。一週間ぶりだな」


 レンがククーに言った。

 王子がククーに激突まがいの抱きつきをした。

 超痛そうだが、ククーは笑顔のままである。

 そういうところは見習いたい。


 レンのためなら笑顔でいたい。


「レン、元気そうだな。今回はいろんな商品がある。見ていかないか?」


 言外に、お前のために用意した、とついている商品だ。

 舌打ちしたい気分になったが、レンのためなら仕方ない。

 レンが生活するのに必要な品物だ。


「ありがとう」


 レンも笑顔で返す。

 可愛い笑顔をククーになんて見せなくてもいいのに。

 その笑顔は私だけに向けてくれればいいのに。


「お前のサイズの靴下とか手袋もあるぞ。ここら辺りもこれから急激に寒くなるから防寒具も一揃え。王子と外に出るなら、絶対に防寒具も必要になってくる。この辺りの寒さ、甘く見るなよ。装備も冒険者用の一式もある」


 ククー?

 何でお前は入れたり尽くせりで持ってきているんだ?


 あ、レンが動かなくなった。

 馬車の中の一箱の酒の前で固まっている。

 欲しいのなら私が一箱すべて買うよー。


「レン、それはあのときの御礼だ」


 ククーがレンに言った。

 あのときの?


「へ?」


 レンが不思議がっている。

 疑問符が頭の上に広がっているぞ。

 ククーは何を言っているんだ。

 あのときとは、前回の初めて会ったときのことか?


「何も聞かずに受け取れ」


 ククーが笑って、レンに背を向けた。


 が。

 レンが何かを思いついたような表情になった。


「ああ、ククール・アディか。あのときの礼か、なるほど。数年ぶりだったから今まで気づかなかった。お前は全然変わっていないのにな」


 驚愕の表情を浮かべて、レンを振り返ったククーがいた。

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