1-9 隣国の英雄1 ※ククー視点

◆ククー視点◆


 一か月に一回、行商人役をする時期が近付いた。

 目的地はそれぞれ離れているが、今はもう数件しか回るところもないから比較的楽である。


 物資を届ける他、この行商人役は逃げ出した者、役目を放棄した者がいないか、目で確認する定期点検の意味合いもある。

 たまに魔術や魔法で偽装して消え去る奴らもいるので、その対策だ。


 今回呼び出されて俺の直属の上司から聞かされたのは、シアリーの街の近くにいるヴィンセントの件である。

 上司がため息ついてた。


「なーんで、報告してくるかな、あの子。勝手に保護しておいてくれればいいのに。どうせならノエル家で囲ってくれていても良かったのに」


 隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレンらしき人物を保護したと、大教会へしっかり報告してきたのだ。

 しかも、本人かどうかは精査中という注意書き込みで。

 ギフトがないから本人かどうか判断つかないということだが、英雄の姿絵は見たことがあるはずだ。


 あの場所は隣国の英雄が仲間とともに最後に行ったダンジョンのすぐそばである。

 可能性はなきにしもあらず。

 だが、ただの負傷した冒険者という可能性の方が圧倒的に高い。


 英雄の仲間がギフトを奪って英雄を殺害したのだとしたら、トドメを刺さずに野放しにしておくだろうか。

 それこそアホがやることだ。


 英雄はもういない。

 期待したら期待した分だけ悲しくなる。



 ヴィンセントは神官のなかでも真面目である。

 性格は間違った方向にひねくれているが。


 神官学校時代から真面目そのもので、成績も良かった。

 幹部候補だからこそ、あの役目についたとも言える。

 上司から聞いたときは俺も、クソ真面目に報告しやがって、と思っただけだった。


 報告が来たら、確認しなければいけない。





 ヴィンセントが保護したという隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレンは今話題の渦中の人物である。

 一応、この神聖国グルシアのダンジョンでラスボスに殺られて亡くなったという話が仲間から報告されているゆえに、この説が有力ではあったが、眉唾モノであった。

 各国が真相究明に当たっている。


 英雄は神聖国グルシアのダンジョンのラスボスとの戦いに身を投じ、致命傷を負い亡くなった。

 仲間にギフトや装備品を譲って、英雄の意志は引き継がれた。


 コレがアスア王国の公式発表である。


 そもそも英雄の遺体がないのがおかしい。

 即死で死体になっていれば、収納鞄に入れて持って帰ってこれる。

 死体を持ってくると不都合な事実があるから置いてきた、もしくは、その時点は生きていた、という推測がたつ。


 アスア王国も世間的に英雄が仲間に殺されましたと発表するわけにもいかない。

 たとえそうであったとしても。

 アスア王国は彼のギフトを仲間が奪ったにしろ譲り受けたにしろ持っているのなら、英雄のギフトを持っている人物を英雄に仕立て上げるしかない。


 アスア王国は英雄を大切にしている。


 神聖国グルシアに英雄を派遣したのだって、どんなに強くてもそこの魔物たちは英雄にとって取るに足らない相手だったからだ。恩を売るためだけに英雄をよこした。


 それと、アスア王国の国王はある画策のために、ほんの少ーし英雄にアスア王国から離れてもらいたかっただけだ。

 基本的にアスア王国は英雄がどんなに強くても、英雄を他国には出したがらない。

 英雄の存在自体が周辺国家に対して抑止力になっているからだ。

 英雄がいない時期のアスア王国の発言力はひたすら弱い。


 アスア王国の周りはすべて宗教国家である。

 この辺りでは、アスア王国は唯一宗教の縛りがない自由な国であり、宗教国家で迫害される者たちの逃げ場所でもある。


 だからこそ、アスア王国は他の国々から潰したいと思われる国だった。


 だが、簡単に潰せなかったのは英雄が昔からいたからだ。

 しかし、今代の英雄はなかなか見つからなかった。

 アスア王国の王都にある教会のご神託から八年後、王都で孤児としてようやく見つかった。

 ご神託はギフト名とそのときの居場所のみ伝えられるそうだが、居場所がコロコロ変わってしまう孤児であったため今回の該当者を見つけるのに苦労したという話である。


 彼がアスア王国の王城に来たのは十歳。

 アスア王国の国王が『蒼天の館』という彼のギフトを大々的に発表してしまった。

 発言力が限りなく低下していたアスア王国はそうせざる得ない状況だったとも言えるが、悪手でもあった。


 蒼天の意味を考えると、どこの宗教国家も彼を欲しがることは確実だったのだから。

 ただの青空という意味で捉える国はなかった。


 創造主。


 我らの神が彼を遣わしたと、間違った国に落としたからこそ長年見つからなかったのだと、彼を各国が手に入れようとした。

 アスア王国の国王は孤児の彼が今代の英雄のギフトを持っているとわかった途端に、彼をノーレン公爵家の養子にして貴族にしてから英雄として発表した。


 他の国々を牽制した。



 けれど、アスア王国の国王より、英雄の方がすべてにおいて一枚上手だった。


 彼は孤児だっただけに逞しい。

 彼は彼自身の力によって、アスア王国や各国の諜報員を欺き続けていた。

 もちろんアスア王国の国民を守るために奔走していたが。


 俺は長年、神聖国グルシアの諜報員として英雄を追いかけていたことがある。

 が、事実として彼は別の場所にいることが多かった。

『蒼天の館』というギフトが何かしらしたのだろうが、煙に巻かれることがほとんどだった。


 うん、仕事としては非常に思い出したくない。

 まあ、本人を見たことがあるので、会えば普通にわかるだろうと思った。





 で。

 誰だ、コレ?


 何でコレを迷いなくザット・ノーレンだと報告できたんだ、ヴィンセント。

 さすがに新聞とかで英雄の姿絵ぐらいは見たことがあるだろ。

 発注してきた大量の服のサイズが、英雄のわりには小さいとは思った。


 本人を前に顔に出すわけにはいかないから、笑顔を装う。

 理由があるのだろうけど、コレは聞かないとわからない。


 英雄ザット・ノーレンは黒の短髪、長身、少しだけ日に焼けた肌であり、白銀の鎧が良く似合う筋肉質の体格のいい男性である。英雄と担ぎ上げられるのに最適なイケメンであり、アスア王国の英雄が大嫌いな周辺国家にも隠れたファンは多い。


 で、ヴィンセントと王子の家にいたのは。


 白い髪、臙脂色の目、日になど焼かれたことのない透き通るような白い肌、ヴィンセントより小柄なカラダ、どこを取ってもザット・ノーレンの要素がない。

『蒼天の館』は仲間の一人に移っているのでギフトはないだろうが、そのせいでこれほどまでに変わるのか。



 俺は今、お金持っていない。


 ヴィンセントと王子の二人がレンと呼ぶ彼が俺に言った。

 可哀想に、服を山ほど前にして呆然としていた。

 彼はその服の山が高価なものだと気づいている。

 当然に受け取るべきものだとは露ほども考えていない。

 レンは常識的な人物だ。



 ヴィンセントは料理の本、大量の服と下着を注文したが、その前に他に注文すべきものがある。

 彼はヴィンセントのものを身につけている。

 ヴィンセントよりは小柄なので服を着るには困らないが、靴だってサイズが合ってない。

 微妙に歩き辛そうだ。


 ヴィンセントと二人きりになったときになぜ服と下着だけ大量に注文しやがった、と聞いたら、それが欲しいと言ったから、と答えやがった。


 頭が痛い。


 たぶん、服と下着だって数着という意味合いで、彼は言ったに違いない。

 そうじゃなきゃ、あんなに呆然とした顔にならない。

 気を使え。

 察しろ。

 たとえ英雄でなくとも、お前が保護したのならば。

 コイツが服と下着を謎の大量注文しなければ、必要なもの一式用意してこれたのに。



 何で彼をザット・ノーレンだと報告した理由を聞いたら、彼がそう名乗ったから、と答えやがった。

 お前、脳ミソ腐ったのか?

 優秀な頭は神官学校に置き忘れてきたのか?

 その理由で上が納得すると思っているのか。

 白い髪に赤い目の人間が言ったら、お前は何でも信じるのか?



 適当なものを見繕ってくれないかな、と思い、彼を馬車に誘導した。

 サイズが合うかどうかわからないが靴も何足か積んであるし、急に必要だと言われたときのために様々な物が馬車には積んである。


 それでも、彼が手にしたのはボロボロの剣と汚い黒布だけだ。

 その上、それすらも金がないからと遠慮した。


 彼はあの剣を手にしたとき、笑顔だった。

 慈しむような目であの言葉も言った。

 自嘲ではない証拠に、彼はあの剣で木を切り倒した。


 その木を薪にするのにも、簡単に魔法を使った。



 ああ、コイツは隣国の英雄ザット・ノーレンだ。


 姿形はまったく違う。

 俺も他人にはきちんと説明できない。


 だから、上司にも確定的なことは何一つ言えないのだが、英雄を長年見ていたからわかる。


 彼は孤児だったから、物のありがたみがわかる人間である。

 そして、能力を出し惜しみしない。



 つながるのだ。

 つながってしまうのだ。



 決定打は、俺を行商人役だと言ってしまったからなのだが。

 役、って、本人に言ってしまうか?

 本人は行商人役と言ってしまったことに気づいてないんじゃないかと思えるほど、素だった。

 つい口から滑り落ちたのではないかと思うくらいには。


 しかも、ヴィンセント、お前、気を使われてないか。

 王子がここにいる理由もバレているんじゃないか。



 俺は隣国の英雄が好きなのは酒だと知っていた。

 万が一にも本人だったときのことを考え、おつまみの本と懐柔のための良いお酒を持ってきていた。

 本人でなければ、この荷を降ろさなければいいだけだ。



 夕食時、彼が酒を飲んでいるとき、本当に幸せそうだった。

 あまりにも彼が幸せそうに飲むので、王子も酒を飲んでみたいと言ったぐらいだ。


 諜報員時代、俺がもしアスア王国の生まれだったら、と何度も思った。

 もし同じ国に生まれていたのなら、英雄とこうやって一緒に酒を飲めただろうと。

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