第116話 根比べ

 ビリーの父親である枢機卿は王都にある1番大きな教会に住んでいるけれど。元々はヤハイエ聖国の人で、エメロン王国に派遣されて来た人なんだそうだ。


 ビリーはその父親と、エメロン王国聖教派貴族令嬢だった母親の間に生まれたらしい。その母親はビリーが生まれた時から無気力な状態になっていて、そのまま衰弱したように亡くなったそうだ。そのためビリーは枢機卿の息子でありながら、教会が運営している孤児院に預けられて幼少期を過ごし、そして「雨」の加護を受け、癒しの魔術を教わったあと、神職になるように育てられて来たそうだ。


 ビリーは僕達より5歳年上だったためかヤハー様に「川」の加護も持っていと教えられたけど、僕達の事は知らないまま育って来たそうだ。

 その内教会を出てやろうと思っていたけれど、強い力を持っていると知られると囲われると思いかなり力をセーブして来たそうだ。

 教会から給金が出ないため、従順なフリをしながら、個人的に包んでくれる患者の心づけを懐に入れて貯めながら、教会の外の世界の情報を集めつつ独り立ちの準備を進めていたらしい。


 力をセーブしていたけれど、それでも完全に隠す事は出来なかったらしく、12歳の時に枢機卿を名乗る男に、自身の息子である事を知らされ、メルエルという世話役兼監視役を付けられたそうだ。

 いきなり父親面してくるオッサンの事を不審に思ったけれど、今まで孤児院で受けた教育的には、自身が高位の神職の息子だと知った場合喜ばなければならないと思って、その通り大げさに喜びを演じたそうだ。

 その反応に騙されてくれたのか、父親を名乗る男は、ビリーに北方のナザーラの街に行き、神職として暮らしながら自身の命令を待てと言って、送り出したそうだ。


「親父は顔立ちが整った子を露骨に優遇してたし、ヤハイエ聖国に修行に行って消息を聞かなくなる子は、親父に優遇されてた子ばかりだったから怪しいと思ってたっす」

「そんな事があったんだ」

「兄貴は見た目が親父好みな感じだったから、王都の教会に誘えと言われてるんだと思ってたっすよ」

「王都の教会に行ってたら大変な事になってたよ」

「知らずに誘っててすいませんっす」

「ビリーからはそんなに誘われて無かったでしょ、お付きの女の人がウザかったけど」

「あぁメルエルっすね、失礼したっす」


 目を血走らせて無理矢理教会に引っ張って行こうとするから怖かったよ。ヤハー教ってカルトかよって思って振り払って逃げたけどね。


「そういえばその人ってどうなったの?」

「バーニィさんから、領主令嬢に危害を加えたという罪で、領内退去させたって聞いたっす」

「ふーん・・・」


 結構綺麗な人ではあったけど、宗教に洗脳されてるのか気持ち悪い人だったもんなぁ。


「そういえば、マリアさんと交際を始めたっす」

「おぉ! それはおめでとう!」

「結婚は兄貴達が卒業した後なんで、周囲にも秘密にしてるっすがね」

「お前は口が軽いしすぐにバレそうだよな」

「うぅっ・・・否定出来ないっす」


 マリア母さんも最近窓の外を見ながらため息付いたり、鏡の前でポーズ取りながらニヤニヤしてたり、情緒不安定だしな。


「赤裸々な行動じゃなければ問題無いと思うけど慎重にな、特に結婚前に子供が出来たら問題なるらしいぞ?」

「それは大丈夫っす、婚前交渉はしないって決めてるっす」

「それなら大丈夫か?」


 マリア母さんが最近お洒落な下着を買っていたし、それが守られるか怪しい気もするけど、良い大人ではあるし信用するしかないよな。


△△△


「ヤハイエ聖国の枢機卿になるには、教皇から大司教の中から選出される必要があるんだけど、選出される条件は献金と教皇好みの少年少女を献上する必要があるみたいなんだ」

「つまり枢機卿は必ず少年少女を犠牲にしてるって事?」

「そうみたい」


 随分と胸糞悪い宗教だな。


「ヤハー教には世界中の枢機卿が集まる儀式があるから、その日が来れば一網打尽に出来ると思うんだ」

「一網打尽?」

「うん、そんな奴らがいても社会の害悪でしか無いでしょ?」

「殺すの?」

「ううん、失踪してもらうだけ」

「どこに連れてくの?」

「毒花の森」

「うわぁ・・・」


 毒花の森とは以前魔の森のトレントに紹介した移植地だ。リンガ帝国内の人里離れた山中の盆地にあって、木々の密度がそこまで高くない森だった。

 所々にある草地があってそこに非常に多くの鈴蘭が生育していて、周囲の切り立った山々とその白い鈴蘭が美しく綺麗な場所ではある。

 ただその鈴蘭は毒性が非常に強く、花粉を吸いこむと嘔吐や頭痛やめまいを起こし、長時間いると死んでしまうらしい。しかも気候が亜熱帯であるためか、ほぼ1年中花をつけ花粉を撒いている。そして葉や茎や根にも毒があるため、枯れて堆積してできた土や綺麗に見える湖も毒で汚染されているそうだ。

 リンガ帝国では、その地域は危険地帯と認識されていて立ち入る人はまずいない。


 ナマズの様な魚や、カエルやイモリの様な両生類、蛇や亀などの爬虫類、小型のウサギやネズミなどの哺乳類が生息しているそうだけど、その森にすむ生き物はほぼ全て毒を体内に蓄積しているらしく食用にならないそうだ。

 ちなみに魔獣は生息していないとリンガ帝国では言われていたけれど、森の奥にアルルーナという植物系の魔獣が生息している事を確認していた。

 普段は土の上に生えている大きな花のつぼみのなのに、生き物が近づくとつぼみの中身のゲル状の部分をその生き物に似た姿に変化させ、フェロモンのようなものを撒いて誘惑する。そして生き物が近づいた麻痺毒を撒いたあと、その体に種を植え付け苗床にするという生態をしていた。

 

 そんな生き物が暮らすには過酷な環境ではあるけれどトレントには居心地がいい場所らしく、定着に成功しているそうだ。

 既に森にはトレント達によって迷いの効果があるテリトリーが形成されていて、精霊の助けが無いまま訪れれば死ぬまで迷い続けさせられるそうだ。


「その儀式っていつあるの?」

「教皇が死んだ後に行われる教皇選出の時だよ」

「なんか前世でも似たような話を聞いたことがあったような・・・根比べだっけ?」

「カトリック教のコンクラーベでしょ?」

「そうそう、根比ーべ」

「対外的にはヤハー様に指名されて決まると言われているけど、実際は相互に買収しあって最も多数派を取った枢機卿が教皇になるんだよ」

「良く知ってるね」

「ゲームで描写されてたからね」

「なるほど・・・」


 バーニィやリーナがヤハー教に懐疑的な態度を取っている理由が良く分かったよ。

 前世で宗教に対していいイメージは無かったけれど、この世界には実際にヤハー様という神様がいる。だからそれを信仰する人が多いのは当然だし、存在する神様に信仰を捧げているんだから良い人なんだと思ってた。

 べヘム村の教会を管理してるお爺ちゃん牧師は村人に慕われていたし、エルムの街の神父さんも優しそうな人だったしね。

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