第113話 いなくなったら教えて

 そろそろ王宮や貴族街や学園が落ち着いた頃だと思うけれど僕とフローラとバーニィはナザーラ領にいるため良く分からない。

 まだ秋が始まったばかりで雪に閉ざされる前だけど、学園内が派閥争いでギスギスしているし、学園で特にする事がある訳では無いから早めに帰省をしてしまったのだ。


 領地に帰る途中でエメール公爵に挨拶をしたけれど、そこにはエルム子爵もいてバーニィと共に別室に入り長く話し込んだ、出てきたバーニィはエメール公爵領に残ると言い出した。やらなければならない事が出来てしまったらしい。


 僕とフローラはエルムの街に1週間滞在したけどバーニィが追いついてくる事は無く、先にナザーラの街に向かう事にした。


 エルムの街からナザーラ領に続く道は途中までではあるけれどかなり拡張されていた。大型の馬車でも支障が無くすれ違えるし、道の起伏もかなり平坦になっていた。べヘム村に続く山道に入ると急に険しく細くなるけれど、麓の関となっている場所に小規模なぜノヴァという立派な宿屋と食堂と馬屋と倉庫が並ぶ街が出来ていた。前は関所の兵士の駐屯所と宿屋兼食堂兼馬屋しか無かったのに、発展したものだと思う。


 ゼノヴァの町では、べヘム村の方からやってきた小型の1頭立て馬車の積荷を、大型の2頭立て馬車に詰め替える事をしていた。

 大型の2頭立ての馬車は、べヘム村からやってきた小型の馬車の積荷を10倍も積み込む事が出来る馬車らしい。

 べヘム村へ往復する小型の馬車を引く馬は小型だけど体毛が長く、寒さと坂道に強い代わりに足が遅い馬だ。べヘム村など北方の山岳地では有用な馬なため一番多く飼育されている。

 それに対して2頭立て馬車を引く馬は、ヒポグリフヒポという、ヒポグリフと馬の間に生まれた、体がほぼ馬であるため飛行能力が無くなってい変わりに大型で足が早いため軍馬として使われている魔獣らしい。非常に大食な事と、気性が荒く機嫌の浮き沈みが激しいため、険しい山道で使うと道を踏み外す可能性があるという欠点があるそうだけど、平原を駆ける早さと勇ましさは馬の比では無いらしい。


 北部貴族はオルクダンジョンによる波及効果により景気が上昇している事もあって街道整備が進んでいるらしく、この馬が引く2頭立て馬車による流通網が出来上がりつつあるらしい。


「ここまで来ると帰ってきた気がするね」

「うん」


 崖下から聞こえる沢の音と山の斜面に生える木々の葉が風でざわめく音とガタガタとデコボコ道で揺れる馬車の車輪の音。

 半年の間に轍のヘコミでさらに道のデコボコが大きくなってしまったようだ。


「冬までに少しは綺麗にしようかな」

「私も手伝うよ」

「うん、お願い」


 キャンディさんが妊娠していない場合、森とダンジョンの探索に誘われる気がするけど、別に毎日って訳では無いのでする時間ぐらいはあるはずだ。


「キュー!」

「馬車を止めて!」

「何っ!?どうしたの!?」

「チー!(危険!)」


 御者が馬車の手綱を引いた事で、気性の穏やかな馬がいなないていた。


「キュー! キュー!」

「お兄ちゃんっ! 全力で結界っ!」

「了解!」


 僕は馬車を覆うように風の結界を張ると、地鳴りのような音が響いて山側の斜面が土砂崩れを起こした、岩や木が混ざった土が馬車の前方の道を押し流してしまった。

 跳ねた岩や木が馬車の方に飛んで来たけれど、僕の風の結界に阻まれて直撃はしなかった。

 前方にいたら、土砂は結界で阻めたとしても、道路の崩壊に巻き込まれて崖下へ落下してしまっただろう。そうなると馬車全てを守る事は出来なかったし、大量の土砂に埋もれて脱出も大変だっただろう。


「何で急に土砂崩れしたんだろう」

「キューキュー!」

「山の上にいる魔術師達が起こした土砂崩れだよ!」

「そいつ等はどこにいるの?」

「キューキュー!」

「あのあたりの斜面だよ」

「なるほど、土砂崩れが始まった辺りか」


 僕は魔術の威力があがるというバーニィから貰った杖を収納リングから取り出すと、思いっきり威力を上げた火球の魔術をそのあたりに連打し続けた。


「ウサたんとフローラはそいつ等がいなくなったら教えて」

「キュー」

「任せて!」


 いくつもの「ギャー!」という叫び声が聞こえて来たけれど、叫び声が無くなりウサたんの念話を聞いているフローラからいなくなったと言われるまで続けた。


「道路を直す前にせき止められちゃった沢をなんとかしないと」

「どうして?」

「せき止められた上流の部分に水が溜まったあと、土が崩れて一気に水が流れるからとても危険なんだよ」

「そうなんだ・・・」


 前世で、長雨のあとの土砂災害の復旧現場に駆り出された事が何度かあったけれど、その時ああいったせき止められた沢の上流に出来たダム湖の処理をした事が一回だけあった。

 沢の水の迂回路を作り、ダム湖に水が流れないようにしたあとポンプで水を抜き、その後沢をせき止める土砂を取り除くかなり面倒な現場だった。

 今なら沢の水も多く溜まってないので土砂の撤去だけで済むので簡単だ。要は収納リングに放り込んでしまえばいいからだ。

 土砂は道路の復旧に使う事も出来るし、痩せた農地の入れ替え用の土にしてもいいので無駄にはならない。この世界だと大きさ毎に分けるのは人海戦術になるけれど、土魔術と身体強化を持つ人がいるのでそれなりにスムーズに出来るのだ。

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