第104話 私はご飯じゃないからねっ!
初夏に差し掛かった時期に、マクレガー領は天候が悪い日が続いていた。季節的にこういった日が続くのがこの時期にあるそうだ。梅雨みたいなものだろう。
海も時化ているため漁の休みが続いている。魔術を多少利用している漁ではあるけれど、漁師たちはそこまで立派な船には乗っておらず、時化たら休むが基本らしい。
大型の貿易船も波が少ない防波堤内に避難して来ているけれど、船着き場が足りないため、船同士をロープで繋ぎ、錨を沈めて天候が回復するのを待っている船もあった。
僕たちは魚を運ぶ仕事が無いため、朝から暇となり、光輝竜の卵を取り出して魔力を送って過ごしていた。そのためかバーニィの卵の内側から音がし始め、半日遅れで僕の卵から音がし始めた。
「リーナの方はどんな感じ?」
「もう殆ど魔力は吸わないわね」
「じゃあもうすぐ中から音がしてくるね」
僕の卵からはゴッゴッと音がするようになっていて雛が外に出たがっている事が分かる。リーナの卵はまだつついたような音はしないようだけれど、魔力の吸い込みが弱くなっているようなので、僕やバーニィの卵と同じなら、すぐに中から音がし始めるだろう。
卵の大きさはバスケットボールぐらいで結構大きい。小型犬ぐらいの大きさで出てくるのでは無いかと思っている。
「それにしても相変わらず兄貴の卵は邪悪そうな色ね・・・」
「ほっといてよ」
確かに光を吸収して一切反射しない真っ黒で邪竜や暗黒竜が生まれそうではあるけれど、無垢な赤ちゃん竜が中から一生懸命外に出ようと殻をつついているのだ。
コンコンと叩くと返答するかのようにゴッゴッと音が返って来るので早く出たいんだと手伝いたくなるけれど、バーニィから自然に出したほうが良いと言われているのでしていない。
取り敢えず、僕とバーニィは誰か他人が刷り込まれないよう、個室に籠もり最後の孵化を待つことになった。スカイドラゴンを騎獣にするため孵化させる場合、魔力を送った相手と繋がりの他に、きちんと刷り込みをしておいた方が素直に躾が出来ると言われているかららしい。
バーニィは僕の卵より半日ほど早くゴッゴッっと音がし始めたので、既に部屋に籠もっている。
籠もると言っても、僕の従魔であるチーたんとユキたんは一緒に籠る。
チーたんは空を飛べるドラゴンだった時に教える役が出来そうだったのでチーたんに刷り込まれても良いと思ったからだ。
ユキたんはバーニィが卵に魔力を注ぐのに集中していると「ナァゴォ!」と言ってバーニィと卵の間に割り込んでいて、機嫌が悪そうにしていた。どうやら卵に嫉妬しているらしい。
普段はフローラと2人で使っている個室に入るとベッドに腰掛け魔力を注ぎだす。
既に殻をつついている状態だし、あまり魔力が入っていかないので無駄のような気もするけど、応援のつもりで注いでいる。
チーたんは殻がゴッゴッと突かれている音に合わせて羽をパタパタさせていた。
ピチッという音が鳴ったと思ったら、ゴッゴッという音が弱くなった。よく見ると卵の殻のお尻の近くの部分にヒビが出来ていた。どうやらドラゴンの赤ん坊はこの部分を中からつついていたらしい。
ヒビが出来た所を集中的に叩いているようで、ヒビが広がり、五角形の形で殻の一部がポロッと脱落した。
少し破れた薄皮があるのでまだ中を見ることは出来なかった。
ヒビは広がり一部が欠けて脱落する殻が5個ほど出た時に卵の胴回りが大きい場所のお尻に近い場所が一周繋がり、卵の殻が2つに分かれたような状態となりパカパカと動き出した。
既に隙間から中の様子が見えていて、中には殻の色と同じ真っ黒な細かい鱗を持つ生き物が見えていた。
体がかなり窮屈に折りたたまれていて、足の間に顔が折りたたまれているような感じだった。脚をバタバタとさせ、体を殻をなんとか蹴り飛ばして外に出たそうにしているように見えた。
よく見ると体は黒いけど、口の先っぽの部分にだけ白い尖った骨みたいな部分があった。
卵の蓋の部分を手で少し持ち上げると、パカッと殻がギリギリ繋がっていた部分が割れて、足が完全に外に出たあと、続いて足の間にあった頭がデロンという感じで出てきた。既に目が空いていてバッチリと目があった。
「ガァ!(ママ〜!)」
どうやら僕への刷り込みは成功したらしい。チーたんも近くにいたけどそちらを親だとは思わなかったようだ。
「ガァ?(ご飯?)」
「チッ・・・チー!(ち・・・違う!)」
「チーたんはお姉さんだよ、あと僕はパパだよ」
「ガァ!(パパママお腹空いた!)」
「チーチー!(私はご飯じゃないからねっ!)」
どうやら僕をパパという名のママだと思ったらしい。そしてドラゴンの赤ん坊からご飯だと思われてしまったチーたんがベッドから離れて、部屋の隅に置かれている書棚の上に飛んでいった。
「チーたんがご飯に見えるって事は肉食なのかな?」
「チー! チー!(光輝竜は山羊が大好物なのよっ!)」
「なるほど・・・」
山羊肉は無いので、山羊のミルクを与えてみることにした。長い間殻の中で何も食べて無かっただろうし喉も乾いているだろうと思ったからだ。
ベッドの上に散らばった卵の殻を収納リングに入れて片付けると、床の上にお皿を2つ並べて、1つは山羊のミルクを注ぎ、1つにはクコの実を3粒入れた。
「ほら、チーたんをご飯にしないから機嫌直して」
「チーチー!(絶対よ!?約束よ!?)」
僕は、まだ足元が覚束ない黒いドラゴンの赤ん坊を抱いてお皿に近づけた。
「飲める?」
「ガァ!(うん!)」
足はまだ立たないようだけど首はしっかりしているようで、ペタンと座っている状態で顔を皿に突っ込んでパクっと食べるようにミルクを口に含んだあと、顔を上げて空を向きミルクを喉の方に流し込んでいた。
「なるほど・・・これがドラゴンの飲み方なんだ・・・」
お皿に顔を突っ込んだままペシャペシャ舐めるユキたんの飲み方とは随分と違うようだった。
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