第102話 あとは渋いお茶が欲しい(エカテリーナ視点)

「初鰹っ!」

「鰹は鰹でしょ?」

「違うっ! 初鰹と戻り鰹は全然違うっ!」

「どう違うの?」

「初鰹は初夏の北に北上する鰹っ! 身が引き締まってサッパリした味わいっ! 戻り鰹は秋に産卵のために南下する鰹っ! 身に脂が乗っててトロっとしてるのっ!」


 兄貴達を連れて市場に行った途端、兄貴が鰹に反応した。なんでもこの時期の鰹は特別なのだという。


「なまり節や鰹節にするなら脂が少ない初鰹の方が向いているの!」

「待って兄貴、鰹節の作り方を知ってるの?」

「大体なら知ってるぞ」

「教えてっ!」


 頭に期待していなかった兄貴が、魚の事になると急に頼もしい人になるのには驚いた。マグロの鮮度を保つ方法といい、鰹節の件と良い、兄貴には色々聞かなければならない事が多そうだ。


「要は鰹節は鰹の燻製を麹カビを付けて天日乾燥させたものだ」

「は?それだけ?」

「大変らしいぞ?燻製したあと身の中の骨を丁寧に取って麹を付けて綺麗にカビが乗るのを待って天日乾燥、ある程度乾いたらカビを取り除きまた新たなカビをつけて天日乾燥、それを夏の時期にずっと繰り返すんだ」

「何でそんな詳しい事を知ってるのよ」

「仕事の接待で釣りをした時に鰹が大漁だった時は、腐らないようになまり節工場に持っていって燻製にして貰ってたんだよ。その時、工場の人からなまり節を鰹節にする工程を聞いた事があるんだ」

「兄貴が作れる訳じゃない訳ね?」

「あぁ、だから大体ならって言っただろ?」


 完全ではないけれど、これは大きなヒントだ。

 カツオは群れでやってくるため獲れる時は非常に大漁となる。けれど領内で消費しきれず、塩漬けにた鰹が安魚の加工品として領外に出荷されるぐらいで、残りは肥料に加工されるだけだ。

 けれど鰹節にするなら違う。何年も保存が利き、しかもその有用性が知られれば高値で取引される事が期待できる。

 鰹節でダシを取って塩で味付けされるだけでも風味が格段に増す。


「リーナは日本食に飢えてるの?」

「当たり前でしょ!?」


 私はバーニィの言葉を信じられないという顔で見ていた。こっちの料理は味付けは塩とハーブだけだ。植物性の出汁といえばキノコ類があるけれど、人工栽培されていないため高級品だ。

 種類によっては菌糸ブロック作って増産出来るような気がするけどやったら不味いかな?


「リンガ帝国で味噌と醤油作っている所があるけれど仕入れてこようか?」

「はぁ!?何でもっと早く教えてくれなかったのよっ!」

「聞かれなかったから・・・リーナの作る料理って洋食系ばかりだったし・・・」

「もしかして兄貴達も味噌と醤油の事を知ってるの?」

「知ってるよ?普段から料理で使っているから」

「はぁっ!?」


 兄貴もフローラも何を当たり前なという顔をしている。

 何だろう、私は今とても理不尽な事をされているのに兄貴もフローラもバーニィも何が悪いのという顔をしている。

 日本人が異世界で日本食が恋しくなるのは常識じゃないの?味噌と醤油の存在を知っているのに、同じ日本からの転生者に教えないって犯罪行為じゃないの?


「それならはい、味噌の壺と醤油の瓶だよ」

「っ!」


 私はバーニィが収納リングから出した味噌と醤油をひったくるように取った。


「リンガ帝国のエメロン王国から反対側の地域で作っているけれど、帝都まで行けば売ってるところがあるよ」

「もっと仕入れて持って来て!」

「良いけど・・・どれぐらい?」

「あるだけ全部っ!」


 私は収納リングから金貨の入った革袋をそのままバーニィに渡した。


「リーナって昆布も欲しかったりする?」

「あるの!?」

「うん、北部にある王弟が港を開発中の海岸に邪魔なぐらい打ちあがってるよ。まだ干してないものだけど要る?」

「要るに決まってるでしょっ!」


 兄貴が収納リングから出した木製の樽を開けると、立派過ぎる昆布がこれでもかと詰め込まれていた。


「今日は日本食よ・・・」

「お・・・おぅ・・・」


 何故か兄貴が私にビビッていた。


「鰹を燻製にすればなまり節なのよね?」

「あぁ・・・」

「鰹は捌けるのよね?」

「あぁ・・・」

「すぐに作るわよ」

「あぁ・・・」


 兄貴が私にたじろぐなんて、前世を含めても初めてのかもしれない。それほど日本食の食材を私に隠していた事は許しがたい事だ。


「米の酒・・・」

「寄越してっ!」

「ひぃっ!」


 なんかバーニィもビビっている。何故かフローラが真ん丸な目をあけて私の剣幕に驚いている。

 醤油の瓶のふたをあける、もう涙が出るぐらい懐かしい香りが漂う。いやもう涙が出ているか。


「醤油煎餅食べるか?」

「うん・・・食べる・・・」


 兄貴が差し出した醤油煎餅を食べる、海苔が巻かれている。


「海苔っ!」

「これも王弟の管理する領地の海岸の岩にいっぱいこびりついてるんだ。薄く延ばして乾燥させればこれになるぞ」

「おいしいよぉ・・・」

「良かったな・・・」


 泣いていたのに海苔を見てさらに怒りを感じてしまった。だけど醤油煎餅を食べたらなんか全てが許してしまいそうになる懐かしい味が口いっぱいに広がった。あとは渋いお茶が欲しいと思った。兄貴達はまだ隠してない?緑茶を私に隠していない?

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