第101話 嫌なら辞めちゃえ良いんだし

 去年に引き続き担任になっているシルフィー先生に年間のカリキュラムを教えて貰ったあと、すぐにリーナはマギと共にマクレガー領に戻っていった。領地経営はなかなか忙しいようだ。


「マクレガー領ってどんなところなんだろうね?」

「港のある街だって事しか知らないなぁ」

「運河が奇麗な素敵な街だよ」

「素敵な街?」


 素敵と聞いてフローラの目がキラキラと輝いている。


「行ったことがあるの?」

「昔読んだ物語で登場するんだよ、運河を渡る遊覧船に乗り、ビーチで戯れ、美味しい海の幸が食べられるレストランで食事をしながら海に沈む夕日を眺める・・・という感じにね」


 「昔読んだ物語」というのは、僕とバーニィとリーナとの間だけの乙女ゲームを表す隠語だ。他人がいる場で話す場合はその単語を使うと決めている。フローラにはその事を伝えていないので、バーニィは隠語を使って僕にゲーム知識だと伝えて来たようだ。


「わぁ素敵っ!」

「行ってみたいねぇ」

「じゃあ行こうか」

「行こう行こう!」

「それも良いか・・・」


 フローラの成績が気になるけど、落ちたら落ちた時だしな。学園なんて、嫌なら辞めちゃえば良いんだし。

 エルム子爵は学園を首席で卒業したようだけど、それが何か特別な力を持った肩書になっているような気はしない。

 上級貴族の見栄、下級貴族嫡男以外の官僚になる際の優位性、婚約者のいない貴族令嬢の箔付け、それぐらいじゃないかという気がする。

 学園を卒業しなければ貴族として失格という事も無い。何故なら学園に入ってすらいないエバンスが侯爵になる事が出来ているのだ。

 既に婚約者がいて、一生働かなくても大丈夫なぐらいの貯蓄がある僕やフローラには全く必要の無いものである気がしているのだ。


△△△


 僕とフローラとバーニィはシルフィー先生に外出の届けを出した。2月ヶ月後にダンジョン実習があるから、その時までに戻りなさいと言われて許可された。

 寮の部屋に戻り旅裝に着替えて外に出る。外出の際に学校の制服で出ることが奨励されているけれど、スカートなのでユキたんに乗った時に色々はためていてしまうので、パンツスタイルの旅裝に着替えた。


「じゃあリーナ達を追いかけるぞ」

「おー!」


 バーニィがシロたんの背中に馬につけるような鞍をつけだした


「いつの間に作ってたの?」

「安定して乗れたほうがユキたんも走りやすいだろうしね」

「確かに・・・」


 ユキたんに乗せて貰ったけど、走った時に掴めるものが無いので不安定になった。


「これって2人乗り?」

「僕と違って2人は体が軽いからね、鞍で安定すれば乗れるんじゃないかと思うんだよ」

「そっかぁ」


 ユキたんは機嫌悪そうにしていたけれど、首の後ろの方を撫でると気持ちよさそうに「グルグル」と喉を鳴らした。


「バーニィはどうするの?」

「僕は走って行くよ、身体強化は得意だし、ユキたんぐらいの速さならついて行けるよ」

「なるほどね」


 ユキたんがピンッと尻尾を立てているけど、何を考えているのだろうか。二本足に四本脚である自分が負けるわけ無いとでも思っているのだろうか。


「じゃあチーたんはユキたんが疲れないよう癒してね」

「チー!(任せて!)」


 チーたんは僕の肩に捕まりながら元気に返事をした。元々ユキたんは長距離走るのが不得意だったらしいけどチーたんに癒し続けられる事で関係なく走る事が出来ていた。


「ウサたんはこのリュックの中に入ってね、何かが近づいて来たら訓えてね」

「キュー!」


 ウサたんはフローラが背負っているリュックに入って顔だけ出した状態で索敵担当をしてもらう。

 街道を進むとはいえ、魔物や盗賊が出てくる事はあるからだ。


「お兄ちゃん苦しくない?」

「もっとしっかり掴んで大丈夫だよ、落ちないようにね」

「うん」


 ズボンスタイルの僕は鞍に跨り鐙に足を通しているけれど、フローラはスカートを履いていて、貴族令嬢らしい横乗りで乗っているので体を固定するものが無い。振り落とされないよう僕の体にしっかりと捕まらないといけないのに遠慮がちに力を入れていた。2つ分の加護を持ちレベルカンストの僕は、多少力を入れられた程度ではビクともしないので、気にしなくて大丈夫だ。


「じゃあ出発しよう、慣れるまでゆっくり走ろうね」

「ナァ〜」

「出発進行!」

「チチッ(ワワっ)」

「キュー」

「チーたんちゃんと掴んでね」


 最初は小走りぐらいの速度で走っていたけれど、段々速度が上がっていき、ユキたんはほぼ全力で走りだした。けれどその横でバーニィが涼しい顔でジョギングをしながらついてきている。

 軽く走っているように見えるのに歩幅がものすごい長いらしい。ユキたんがものすごい速さで足を動かしているのに比べて対照的だった。

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