第75話 私があなたのお姉ちゃんになるわ(エカテリーナ視点)

 決闘の不正は王宮魔術師団長とカール殿下によるものとして裁定され、王宮魔術師団長は更迭され伯爵から男爵に降爵。マグラ・ポットは当主ではなく取り上げる爵位も無いため死罪となった。


 カール殿下は決闘の約束通り王位継承権を取り上げられ平民として市井に放り出された。実力だけはある筈なので心を入れ替えて頑張ればまともな暮らしぐらいは出来るだろう。


「エカテリーナっ! 俺様を助けろっ!」

「あら?なぜ許可も無い平民が学園にいますの?」

「俺様だっ! カールだっ! お前の婚約者だぞっ!」

「近寄らないで貰えます?私既にこの方と婚約してますの」

「なんだと!」


 煤けた格好の元皇太子が何故か学園に侵入していた。もしかしたら学生証のカードを持っているから侵入できたのかもしれない。既に退学処分となっているので彼はもうここにいていい存在では無いので追い出さないといけない。


「おいやめろっ! 俺様は皇太子だぞっ!」

「もうあなたはタダの平民ですよ、エバンスお兄ちゃん、手足の2、3本折っても良いから、縛り上げて」

「分かった」


 エバンスお兄ちゃんはカールを地面に叩き伏せると、ご丁寧にもきっちりと手足の骨を折ってから、収納リングから取り出したロープで縛り上げていった。


「痛いっ! ギャーっ!」

「天はあるがままであることを望んでいるんですのよ。カールが平民になったのも、ここで骨を折られて縛られるのも、悲鳴をあげているのも、天がそう望んだからそうなっているのです」


 私は以前、カールが困っていたら使おうと決めていたセリフを返しておいた。痛みのためか白目を剥いてブクブク口から泡を吹いていたので聞こえていないかもしれないけれど、非常にスッキリした。


「胸ポケットに学生カードがあったがどうする」

「回収しておきましょう。お金代わりになるものですが、カールはもう王族でも学生でも無いですし、国民から吸い上げたお金を使う権利はありませんから」

「そうだな」


 騒ぎを聞きつけてきたのかやってきた2人の警備員にカールを引き渡した。もう王族ではないからか、土埃にまみれて分からなかったのか、警備員はカールをズルズルと引き摺って連れていった。

 破れて脱げてしまった上着と、引きずられた時に脱げてしまった靴が哀れだったので収納リングに回収しておいた。あとで下町の物乞いにでも寄付したら、何食分かの食事に変わるだろう。


「あら、あそこにいるのはマギ・ポットね、いつも女の子達に囲まれているのに変ね」

「顔色が暗いな、近寄ると危険じゃないか?」

「彼程度にどうこうされる私達じゃ無いでしょ?」

「それもそうか」


 マギ・ポットは将来優秀な魔術師になるけど、現時点ではまだお子様のようなものだ。

 彼はプリンセスエデンで私の1番の推しだった。だからしょんぼりしているのは、可哀想だと思ってしまったのだ。


「今日は独りなのね」

「エカテリーナさんか・・・うん・・・僕がポット家が男爵になったからか、友達がみんな僕を無視するようになっちゃったんだよ。他の人も貴族の面汚しだって言ってくるんだ」

「まぁ、それは辛いわね・・・」


 ベンチに座りポロポロと涙を流す彼が哀れな小動物に見えて、胸がキュンとなって庇護欲が駆り立てられてしまった。


「私も父も不正で公爵から伯爵に降爵しているし、貴族の面汚しって言われているのよ」

「そうなの?」

「あら知らなかったの?」

「うん・・・あまりそういった人の悪い噂は聞いちゃ駄目だって母様から言われてるんだ」

「そうなの・・・いいお母様なのね」

「うんっ!」


 彼は幼い時に母親を失っている。小動物のように人に甘えるのは、母親の愛を何かに置き換えているからというのがゲームでの設定だった。


「是非お会いしたいわね」

「母様はもういないんだ・・・僕が小さい時に病気で無くなっちゃったんだ」

「まぁ・・・」


 ゲームユーザーの中では「今でも小せぇじゃねーか」と突っ込まれていたセリフだ。ゲームとはシーンが違うけれど、ゲーム設定通りの会話になっているようだ。


「ポット君のお母様がどんな方だったのか教えて貰える?」

「うんっ!」


 なんかフローラの小さい時に、似ているわね。小さな頃のフローラのような舌やらずではないけれど、兄貴の周りをピョンピョン跳ねながら、自分の楽しい事を満面の笑顔で喋っている感じがそうだ。でも彼はその笑顔なのに泣いている。嬉しい話だけど悲しい思い出に繋がる話だからだろう。


「エカテリーナさん・・・何?」

「辛かったら話さなくても良いわよ」


 私はいたたまれなくなって彼を抱きしめていた。エバンスお兄ちゃんの顔を見たけど批判的な目は向けていなかった。むしろ顔を歪めて目に涙を溜めていたのだ。


「マギ君にはお姉ちゃんはいる?」

「ううん、僕は一人っ子なんだ」

「じゃあ私があなたのお姉ちゃんになるわ、お母さんにはなれないけどそれぐらいにはなれるもの」

「良いの?」


 マギ君は、エバンスお兄ちゃんの顔を見ていた。多分私とエバンスお兄ちゃんがカップルなのを察しているのだろう。


「エバンスお兄ちゃんはあなたのお兄ちゃんよ、私たちは3人兄弟なの。1番上がエバンスお兄ちゃん、私が2番目で、マギ君が3番目よ。良いでしょ?」

「あぁ、リーナがそういうならそうしよう」

「うんっ! 嬉しいっ!」


 この世界の私の推し3人の内2人は中身が別人だったけど、最推しだけはそのままでいてくれた。ゲームのセリフ回し記憶を頼りに会話をして籠絡したような形だけど彼が好きである事には変わりない。

 

 私は何となくヤハー様が「世界はそんな狭い選択肢しか与えたりしない」と言っていた事を思い出していた。

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