第72話 大事じゃないって思えるところがすごい(エカテリーナ視点)

 アニーがやらかした。

 無自覚にカール殿下に気に入られてしまったのだ。


「あんた、カール殿下に気に入られたわよ」

「なんで?」

「この前の事を思い出しなさい、カール殿下を落とすのはどんな女だった?」

「えっ?間違いを指摘してくれる奴だっけ?」

「今朝の学園でのあなたがそれよ」

「えっ?・・・あっ!」

「気がついたようね、「お前のような相手は初めてだ」からの「フッ・・・」は、プリンセスエデンのヒロインとカール殿下の出会いのシーンそのものよ」

「マジで!?」


 兄貴って天然でヒロインしてない?大丈夫?


「どうしよう・・・」

「自分で蒔いた種でしょ?」

「そうなんだけど・・・」


 くそぉ・・・しおらしい兄貴が妙に可愛い。最近男っぽい態度をしても女の色気を感じるようになっていた。さすがヒロインの体だわね。


「バーニィと婚約しているし大丈夫だとは思うけど気をつけてね。プリエデには逆ハールートは無かったけど、実装を望む声は高かったし、私が死んだ後にDLCで追加さててるかもしらないからね」

「DLC?」

「ダウンロードコンテンツ。ゲームに新しい要素を追加する事よ。裏ダンジョンの追加やレイドボス戦とか新規マップが沢山追加されていったのよ」

「そうなんだ・・・」


 逆ハーは知ってるようだけどDLCは知らなかったらしい。兄貴ってゲームするの苦手だったし、ゲームの追加要素を楽しむまでやり込むなんて死ぬまで無かったんだろうな。


△△△


「勘違い野郎がウザい・・・」

「ご愁傷さま」


 アニーは何かにつけカール殿下に声をかけられるようになった。バーニィが警告しているけれど、どこ吹く風で「アニーを譲れ」とまで言っている。

 バーニィは帝国の大使館を通じて警告したそうだけど、学園への不介入を理由に自己解決しろと返答が来たそうだ。

 こうなると出来るのは決闘で解決というのが通常だ。カール殿下は「日」の加護を持ち、さらに周囲からヨイショされているため、実力以上に自身を過信している。


「アニーがカール殿と結ばれると、王家にとっても都合が良いっていうのもあるんだってさ」

「誰から聞いたの?」

「うちの寮長から。王家はオルクダンジョンの権利が欲しいんだって」

「なるほど・・・不介入っていう回答もそれが理由なのね・・・」


 王家が学園に介入して来ることは普通にある。まず学園長は王家が指名しているし、実技講師は王宮魔術師団や騎士団から派遣されて来ている。だから王家の意向に沿った裁定が行われる事は普通にあり得た。


「何かいちゃもんをつけて、バーニィの留学を取り消しにしたりするかもって」

「そんな事をしたら、帝国との仲が険悪になるわよ、また先の戦争みたいな事をしたいのかしら?」

「オルクダンジョンはそれ以上の魅力があるんだって」

「なるほど・・・そう言われればそうね・・・」


 ダンジョンにはそれほどの魅力がある。特にオルクダンジョンから産出される物が知られるにつれ、多くの者の欲を刺激している。

 しかもそこの跡取りとなるのが帝国の第二皇子とあり、奪われると言い出す貴族が出るのは当然だった。

 それに北部領を統括する立場のエメール公爵家は代々国王派で、正室が現国王の妹という王室との縁の深さもある。

 ナザーラ男爵家と蜜月だし、正義感溢れる堅物という評価される人物ではあるけれど、王家が本気でナザーラ領の奪取に動きた時に掌を返す可能性はあり得た。

 そうなるとナザーラ領の唯一の出口であり門番をしているエルム子爵家が重要な意味を持つ。アニーやフローラに対する親愛と、エメール公爵に対する恩義の板挟みという事になるのだけれど、エルム子爵は心情的には前者を取るだろう。けれど貴族的に考えるなら後者を取るはずだ。鼻薬を嗅がされてナザーラ領と敵対する可能性がおおいにあった。


「もしエメール公爵やエルム子爵がナザーラ男爵家に敵対したらどうする?」

「どういう事?」


 私は先程まで考えていた事を兄貴に伝えた。


「やっぱリナは賢いなぁ・・・僕ではそんな事は思いつかないよ」

「それでどうするの?」

「ダンジョンが欲しいならあげたらいいんじゃない?」

「えっ?」

「だってもう一生食べるのに困らないぐらいのお金稼いでいるじゃない?だったら別にもう稼ぐ必要無いし、ダンジョンなんか手放して、自由に生きたほうが良くない?」


 表情から兄貴が本気でそう考えている事が分かった。


「兄貴はそういう所は前世から変わらないんだね」

「何の事?」

「面倒そうなら価値があるものでも簡単に手放しちゃう所」

「面倒なものを持ってて何が楽しいんだよ」

「そういう所だよ、人には欲があるから価値のあるものを手放さないんだよ」


 兄貴は小学校の頃から勉強は得意じゃ無かったけれど少年野球は結構真面目にしていた。中学校2年の時には全国出場もしていた。でも3年の時に急に野球を辞めて不良たちと付き合いだした。


「大事なものなら手放さないよ」

「ダンジョンの価値が分かっているのに大事じゃないって思える所が凄いのよ」


 なんか考えるのがバカらしくなってしまった。

 野球で全国出場を果たして唯一の2年生スタメンだった兄貴は注目されていたそうだ。当時の両親も鼻高々だった。

 けれど兄貴は友人との付き合いより大切じゃ無いからとその野球を捨ててしまった。兄貴を応援していた両親は落胆し「あいつのようになるな」と私に言うのも仕方ない事だった。


「それよりあの勘違い男を遠ざけるアイディアを一緒に考えてよ」

「はいはい」


 兄貴はダンジョンの所有権より、カール殿下をいかに遠ざけるかの方が重要な事のようだった。

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