第58話 悪だくみをしている時だ
「しばらく厄介になるわね」
「狭い所だけどゆっくりしていきなよ」
エバンスを事前にバーニィに案内されていた王都にあるマグダラ公爵家の屋敷の庭に戻したあと、誘拐されたという体のリーナを僕の部屋の専属使用人控室に案内した。
領主館を作った際に使用人控室を作ったのはいいのだけれど、本宅に居るのは僕とマリア母さんと祖父母達4人とバーニィだけなので、実質専属使用人控室は空き室で誰もいなかった。
敷地内に使用人用の別宅があり、使用人たちはそこから毎日通って来ているため使用人自体がいないわけではない。広い屋敷であるため、客間や応接間や廊下や玄関や庭などの手入れをしてもらわないといけないからだ。
けれど領主家のプライベートスペースとなっている3階以上の立ち入りは使用人達には基本的に許していない。なぜならみんな平民出か前世が庶民で、自分たちの事は自分で出来る人たちばかりで、周囲に他人が居て見られている生活に慣れていないからだ。
フローラも、最初の頃は使用人がついてきて専属使用人控室を使っていたけれど、今は僕達にならって使用人用の別宅の部屋から通わせている。
見回りとかいないと危険じゃないかと言われたけれど、ウサたんの監視を超えて侵入出来る人間なんていない。エバンスのもつ刀の力で影に入った人でも簡単に見つけてしまうからだ。
むしろ普段は他人と距離があいていた方が接近される前に察知できるので安全なぐらいの状態だ。祖父母4人はドラゴンの皮を越えてダメージを与える攻撃力が無かっただけで、柔らかい相手ならオリハルコン級を超えた強さをもっている。だから領主の館に侵入したら、祖父母4人にすぐに察知されて御用となる。特にそこら辺は「静風」と二つ名があるガイお爺ちゃんに任せればかなり安心らしい。
「あっ・・・卵どれぐらいな感じ?」
「まだ8割ぐらいよ、そっちはどうなの?」
「僕も8割ぐらいかな、バーニィも同じ感じだけどフローラは半分もいってないって」
「やっぱり魔力量が多いと早いのね」
「それだとエバンスの卵も半分以下な感じ?」
「そうらしいわ」
リーナは部屋にあるソファに腰を下ろしたあと、収納リングから光輝竜の卵を取り出して魔力を込め始めた。
随分と派手な衣装を着ているけれど、先に脱いで楽な格好になった方が良いのでは無いだろうか。
「バーニィが用意した着替えがクローゼットにあるから、あとあそこの部屋が風呂場になってるからね」
「ありがとう兄貴」
スカイドラゴンの卵は常人が1年魔力を込め続ければ孵ると言われているのに、光輝竜の卵は5年も魔力を込めているのに孵る様子は無い。ただ着実に進んでいるのは感覚として分かるため、魔力に余裕がある時に込めながら孵化を待っている。
「僕の卵は黒くなったけど、リーナのは白い色のままだね」
「殻の色が変わったの?」
「僕の卵だけ黒く変色しているんだよ、バーニィからは温泉に漬けたのかって言われてるんだけどさ」
「邪竜が産まれて来たりしないでしょうね」
「邪竜?」
「裏ダンジョンのボスよ」
「あれってブラックドラゴンじゃないの?」
「あれは邪竜カオスっていうのよ」
「ふーん・・・この短剣と同じ名前だね」
僕は収納リングから切れ味が良すぎて普段使い出来ない、ただの稲妻発生装置な短剣を取り出した。
「邪竜カオス倒したあと行ける部屋にあった宝箱に入ってたでしょ?」
「そうだっけか?バーニィについて行っただけだから良く分からなかったんだよ」
「それゲーム中で1番攻撃力が高い短剣よ?」
「そうなんだ、切れ味良すぎると思ったんだよね」
なんせ鉄製の盾も切れちゃうからね。相手の剣と鍔迫り合いなんて出来なくて逆に危ないんだよ。
地面に落としたら自重で永遠にズブズブ沈んでいくかと思ったけど、手から離れると切れ味が悪くなるようで刺さらない。原理が不明だけどうっかり手から落としただけで紛失する短剣ではない事だけが救いだ。
「それでいつまでここにいるの?」
「すぐじゃないかしら?王宮でのパーティに参加している時に誘拐されたから、私は傷物扱いである事が周知になってるもの、私が生きていると認定されるまでは婚約解消の手続きはされないの」
「生きている?」
「不幸な事故で死んだ公爵令嬢の婚約者だったという方が収まりが良いのよ」
「それって見つかった時に密かに消されない?」
「えぇ、だから私は大勢がいる前で無事に解放されるの、そしてすぐに元々入る予定になっている学園の寮の部屋に入るわ」
「なるほど・・・」
誰かに安全に解放された事を大勢に見られていれば安心なのか。
「でも忽然と解放されたら変じゃない?」
「王家と公爵家に身代金を要求しているわ、それの回収後に解放される予定」
「ふーん・・・公爵令嬢の身代金なんて高そう・・・」
「えぇ、もちろん結構高いわよ?」
リーナが何かを含む事があるような笑顔を見せた。前世の妹もこういう表情をする時は僕の知らないところで悪だくみをしている時だ。
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