第43話 お兄たんと婚約しゅるの

 べヘム村に来てからかなり放任されていたけれど、さすがに遊びすぎだと思われたのか勉強をするように言われてしまった。読み書き計算は既に学園入学レベルに到達しているけれど、歴史や文学や礼儀作法は全然なってないと言われてしまったためだ。

 平民出の下賤な血であった時代ならまだ言い訳が立つけれど、代々受け継いでいくような領地持ちの貴族家となったらその言い訳が通用しないそうだ。

 そのため田舎であるべヘム村で勉強させるのは限界があると言われ、フローラと共に勉強しましょうゼノビア様から提案を受けて、またエルム子爵の屋敷の居候となった。


「お兄たん綺麗・・・」

「こんなヒラヒラしたの嫌だ・・・」

「ほら僕が相手してあげるから頑張ろう」


 最近髪を短く切るのが禁止されたし、ダンスの授業では女性パートを覚えるように言われてしまった。だけど男と手を繋ぎ続けるなんて嫌だ。

 そう思いガックリ肩を落としていたらバーニィが協力してくれる事になった。「中身が女である僕なら我慢出来るだろ?」と言われたけれど渋々といった感じだ。

 確かに中身が女であれば、女の体である僕に欲情はしないかもしれない。それならまだ我慢出来るかもしれない。そう言い聞かせてバーニィの手を握った。


「はい! まずゆっくりで良いので姿勢を綺麗に保ちましょう、はい! 背中が曲がっていますね、顎もあがっています、背筋が伸びると顔は上向きになるので顎は引いてください、はい! こんな感じです、はい! 良いですよ・・・続けて・・・はい! あと笑顔であるとなお良いですね」


 なんでこの先生は「はい!」の時だけ元気なんだろうね。


「結構うまいじゃない」

「フローラの相手で男パートを習った事があるからね」

「へぇ・・・全くの素人じゃないんだ・・・でもちゃんと力が抜けてていい感じだよ」

「そりゃフローラに力が入った時に踊りにくくなる事は知ってるからね」

「なるほど・・・」


 エルム屋敷の居候をしていた時に、フローラの勉強に付き合う事はあったのだ。


「学園に入ったら僕もパートナーを選ばないとならないからね、気心の知れたアニーやフローラが応じてくれると嬉しいね」

「それは良い虫よけになりそうだね」

「でしょ?僕も女の子は恋愛対象になりそうも無いし、男にアッチを狙われるなんて恐ろしいからね」

「なるほど・・・それなら頼むよ」


 僕とバーニィの踊りをポーッと見ていたフローラが、僕の前で顔を赤くしてモジモジしていた。


「お兄たん綺麗だったの・・・」

「ありがとう」

「あたしお兄たんをお嫁しゃんにしたいの」

「はい?」


 フローラが急に変な事を言い始めた。


「僕のお嫁さんになりたいんじゃ無くて?」

「しょれはもうなってるの・・・」


 いつの間にかフローラの中では僕のお嫁さんになっていたらしい。


「なんか面白い事になってるね」

「そうなの?」

「アニーはフローラから男としても女としても愛されているって事でしょ?」

「なるほど・・・」


 確かにそういう事になるのかな?


「2人とも僕の婚約者にならない?」

「はぁ?」

「なんで?」

「完全な虫よけになるし、アニーもフローラもずっと一緒にいられるよ?」

「なるほど・・・」

「お兄たんとずっと一緒にいられるの?」

「そういう事」


 良い提案かもしれない、頑張って鍛えているのに全然筋肉がついてくれなくて、将来女っぽくなった僕に欲情する奴が出て来かねないと思っていたのだ。それにフローラに変な男が近づくのも嫌だと思っていた。フローラは可愛い妹だからな。

 実は密かにバーニィならフローラの相手になっても許せるなと思っていたのだ。


「お願いするよ」

「うん、なる」

「じゃあダンスが終わったらエルム子爵とナザーラ男爵夫人に報告に行こうか」

「了解」

「えへへ・・・お兄たんとずっといっしょ」


 普段エルム子爵のいる執務室に行くと不在だった。近くを歩いていた使用人に聞くと、エルム子爵はエーデルに会いにゼノビア様の部屋に行ったらしい。


「お母しゃん入って良い?」

「どうぞ?」


 フローラがゼノビア様の部屋の扉をノックして中に入ったので僕とバーニィも続いて入る。丁度僕とこの屋敷に来ていたマリア母さんもゼノビア様とエーデルの面倒を見ながらお茶会をしていたようで勢揃いしていた。


「お父しゃん聞いて! あたち、お兄たんと婚約しゅるの!」

「・・・はい?」

「だめ?」

「いや・・・アニーとは無理だ」

「えっ!?」


 なんか話が間違った方に進んでいる気がする。


「エルム子爵、ナザーラ男爵夫人よろしいでしょうか?」

「はいバーナード殿下」

「何でしょうか」

「私はフローラ嬢とアニー嬢に婚約を申し込み応じて貰った」

「なっ!」

「まぁっ!」

「血筋的にも申し分ないと思うが・・・」

「そ・・・それは勿論・・・そうですが・・・」

「ナザーラ領はどうなるのかしら?」

「私が婿に入ります、だからフローラ嬢は第二夫人となってしまいますが・・・」

「それは構わないが・・・」

「そうであれば私は何も申すことはありません」


 話はうまくまとまりそうだ。


「フローラとアニー嬢は良いのか?」

「いいよ」

「うん僕もバーニィなら良いよ」

「良かったわ・・・やっと女の子になってくれたのね」


 男の子でいるための偽装婚約だけどね・・・マリア母さん喜んでくれるなら良いだろう。


 話が終わった所を見計らったかのようにヴァイスが泣き始めたため部屋を出た。フローラがヴァイスに構いたいらしく部屋に残った。午後の歴史の授業をボイコットを狙ってかも知れないけどね。


「僕は今回の件を根回しするために帝国に戻るよ、明日のダンスの授業には戻って来るからね」

「怪しまれない?」

「僕一人で動くだけだし大丈夫」

「わかった」


 バーニィが屋敷を出ていき暇になったので、キッチンに行ってお菓子を貰い、庭で追いかけっこをしているウサたんとチーたんを呼んで一緒に食べた。

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