第39話 幸運からは取り残された訳では無かった(エカテリーナ視点)

「えーっと・・・つまり魔王は誕生しなくなったって事?」

「話し合いの余地が出来たというだけだけだよ」


 バーナード殿下・・・いや今はバーニィか・・・が私に会いに来たと思ったら、森の妖精と言われていたドライアドに招かれて魔の森の巨大なトレントの所に行き、チーたんの力でコカトリスに石化された多くのトレントやドライアドを助け、その見返りに、迷いの森のトレントの長老に渡りをつけて貰ったという話をしてきた。

 さらに迷いの森に行ってトレントの長老と話し合いを行い、新たなトレントの繁殖地を提供することで、ドライアドが人に攫われた場合に話し合う事を約束したらしい。

 ちなみにドライアドは木を通じて空間移動する力が使え、バーニィにも迷いの森のドライアドが精霊となって宿った事でその力が使えるようになったそうだ。


「アニーって本当に面白い人だね」

「あなたもそっち側の人になったのね・・・」

「そっち側?」

「何でも無いわ・・・」


 バーニィが前世の兄貴の周りにいた仲間たちと同じ雰囲気になっていた。前世の兄貴もこうやって仲間を増やしていったのだろうか。


「裏ダンジョンの事も解決したよ」

「なんですって!?」

「ダンジョンってトレント達がテリトリーの外によけた老廃物から産まれたものなんだってさ、泉も魔の森の長老の生えている場所が水はけ悪くて根腐れしそうだから避けてる水が沸いたものらしいよ」

「は?」

「エメロン王国のダンジョンは帰らずの森にいるトレントの老廃物、リンガ帝国のダンジョンは迷いの森のトレントの老廃物、ヤハイエ聖国のダンジョンは禁足の森にいるトレントの老廃物、裏ダンジョンは魔の森のトレントの老廃物だって」

「老廃物・・・」

「僕も前世では園芸部に所属していたんだけど、その時に聞いた根腐れという言葉を、この世界でも聞くとは思わなかったよ」

「根腐れ・・・」


 私も前世では部屋でサボテンを可愛がっていたから、水のやり過ぎで起きる根腐れを知っている。


「ダンジョンはオーク級の魔物を1日10体以上のペースで倒し続けるとだんだん魔物が弱くなっていって枯渇するらしいね、だけど裏ダンジョンは5000年以上放置されてきたからほぼ無尽蔵に溜まった状態らしいよ」

「そうなのね・・・」

「じゃあ僕もアニーの手伝いする事になってるから行くよ」

「えぇ・・・って裏ダンジョンに挑むの!?」

「僕もプリエデやり込んでたし、裏ダンジョンの事は良く覚えているから大丈夫さ。空間移動でダンジョン入口までひとっ飛びだしね」

「チート・・・」

「だねぇ、リーナにアニーの事を教えて貰えたおかげで、色々貰えたし片付いたし、ラッキーだったよ」


 この人は帝国の皇子なのに、なんてフリーダムなんだろう。本当に前世の兄貴と重なって見えて来た。


「じゃあまたね」

「えぇ・・・」


 バーニィは軽く手を振って部屋を出ていった。


「はぁ・・・」

「ため息をつくと幸せが逃げるんじゃなかった?」

「何故かしら、私以外の破滅だけが兄貴の周りでどんどん解決されていってる気がするのよ」

「アニーさんが意図して何かした訳じゃなさそうだけど」

「殆ど偶然でそうなるのよ。近くに居ると私だけ幸運から取り逃されている気がしてイラついてしまうのよ」

「俺からするとリーナも充分幸運だけどね」

「そうね・・・血筋最高、頭脳明晰、容姿端麗・・・経済的に恵まれていて、加護に恵まれ、皇太子の婚約者よ。この国の誰もが羨む非の打ちどころが無い令嬢だわ」

「分かってるじゃないか」


 そう私は、この国の女性なら誰もがなりたいと願うような立場にいる。だからこそその裏には多くの怨嗟があり、ざまぁされる悪役に相応しい存在となっている。


△△△


「私もベヘム村に行きたいわ・・・」

「あっちは楽しそうですね」

「えぇ・・・第3層のボスを撃破したそうよ」


 バーニィは私より「プリンセスエデン」をやり込んでいたらしく、効率的なレぺリングポイントやボスの行動パターン解析による低レベル攻略の方法を知っているらしい。

 裏ダンジョンは経験値の宝庫だ。だから魔物を倒す事が出来ればどんどん強くなっていく。

 元々2つの加護を持つアニーとバーニィは勿論、同行しているフローラもどんどん経験値を得てレベルアップをしているらしい。

 経験値だけでは熟練度は上がらないけれど、それは魔物を倒さなくてもあげられるものなので、いかようにも取り戻す事が出来る。


 裏ダンジョンの3階層のボスは魔王より強かったりする。つまりそれを撃破出来たと言う事は魔王を倒せてしまう強さになった事を意味する。

 間引きも順調に行われているという事なので、裏ダンジョンのスタンピードの心配は無くなったとみて良いだろう。


「お嬢様宛てに荷物が届きました」

「入って頂戴」

「失礼致します」


 部屋の扉がノックされたので入る許可を出した。


「誰からの荷物ですか?」

「エルム子爵令嬢であるフローラ様からとなっています」

「中身は見たのかしら?」

「はい、箱に入ったシンプルな装飾品でした」

「そう、ありがとう」


 エバンスお兄ちゃんが荷物を受け取ると、使用人は外に出て行った。


「装飾品って何かしら・・・ってこの見た目・・・もしかして収納リング!」

「シンプルな指輪だね、魔道具かい?」

「闇魔術の収納のような効果があるリングよ、この中にかなりの荷物が保存できるわ」

「は?」

「・・・しかもこのリング中身が入っているわ・・・」


 身に着けて頭の中で出そうと思うと収納に入って居る者が頭に浮かんでくる。凄い性能だ。


「嘘・・・」

「何かあったのか?」

「ポントスの槍・・・」

「ポントスの槍?」

「装備すると水魔術が無尽蔵に使えるようになる槍よ」

「は?」

「うまく使えば洪水被害を無くせるわ、川の流れをコントロールして変えたり、水没した土地の水を引かせる事が出来るのよ」

「・・・」


 エバンスお兄ちゃんはもう言葉がないようだ。


「バーニィの手紙が入っているわ・・・エロスの弓はフローラが、ウラヌスの大鎌はアニーが、ウーレアの剣はバーニィが使うそうよ」

「それはどんな効果が?」

「エロスの弓は光魔術、ウラヌスの大鎌は風魔術、ウーレアの大剣は土魔術を同じ様に使えるようになるわ・・・」

「なんだその滅茶苦茶な武具達は!」

「あとあなたにタルタロスの曲刀よ・・・」

「えっと・・・それはどんな効果が?」

「闇魔術を同じ様に使えるようになるわ、影に潜ったり闇の霧を出したり出来るのは気配を察知する力の強いエバンスお兄ちゃんとすごく相性良いわね、リングの性能より劣るけど収納も使えるようになるから買い物も楽になるわよ」

「・・・無茶苦茶だな・・・」


 それでも攻略が難しいのが裏ダンジョンだ。ちなみにこれらの装備は神話級と言われている。ゲーム中に出て来る他の神話級の装備は3種で、エメロン王国の盾、リンガ帝国の双剣、ヤハー教の総本山があるヤハウエ聖国の杖だけだ。魔王戦前に攻略対象に合わせた1種だけ取る事ができる。攻略サイトでは道中戦がサクサクすすむ杖、魔王戦で有利な双剣、裏ボス戦で有利な盾と言われていた。


「あと収納リングもエバンスお兄ちゃん用に入っているわ、タルタロスの曲刀を収納するためでしょうね」

「これってとても貴重品だよな?」

「裏ダンジョンの宝箱から最大で8個手に入るわ」

「貴重品・・・だよな?」


 複数見つかると聞いてエバンスお兄ちゃんが混乱していた。ゲームでは通常戦闘パートでは最大5人しか配置できないけれど、オート戦闘行動をしてくるNPCカードを除き、最大で仲間は自身と攻略対象7人の合計8人であるため、収納リングも8個手に入れば全員に装備させる事が出来る。


「カオスの短剣とガイアの細剣はアニーとフローラが予備武器として使うそうよ」

「雷魔術と火魔術を使えるようになるものか?」

「えぇ・・・」

「裏ダンジョンのアイテムって事?」

「えぇ・・・特にカオスの短剣は最終階層のボスを倒さないと手に入らないものよ」

「っ! ダンジョンを踏破したって事!?」

「そういう事ね」

「滅茶苦茶だ・・・」

「えぇ・・・無茶苦茶よ・・・」


 エメロン王国ではダンジョンの最終階層のボスを倒す事どころか到達すら100年以上出来ていない。こんな短時間でダンジョン攻略するなど無茶苦茶だと言わざるを得ない。バーニィは私より「プリエデ」をかなりやり込んでいたのだろう。


 手紙にはバーニィの字で、ダンジョンの裏ボスは倒したけれどしぶといからレベリングに向かないと書いてあった。

 レベリングに向く場所だという4階層のメタル系の敵が沸くポイントの紹介と、今度レベリングに協力すると書かれていた。

 そして手紙の最後は「これでアニーへの貸し1つ分は返せたよね?」と締めくくられていた。マグダラ公爵家で知り得た呪文を兄貴に教える代わりに貸し3つと言った件の1つだと言うのだ。


 これは1つ分の貸しの代わりどころではない。既に何十倍の利息がついて帰って来た感じだ。私の不幸は既に没落後に暗殺者に狙われるという部分だけになっている。そしてそれはレベリングをして強くなれば恐れる必要が無くなる。私はどうやら兄貴の周囲の不思議な幸運から取り残された訳では無かったようだ。

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