第24話 一騎当千(エカテリーナ視点)

 私がエルム領に来て2ヶ月、かなり周囲の状況にも慣れて来たところで、兄貴とフローラが魔の森でキャンプするという気狂いではないかと思われるような事を言い出した。

 ゲームで魔の森といえば魔王を倒したパーティでもザコ戦で死ぬという高ランクの魔物が徘徊する領域で、さらには奥地にエンドコンテンツと言われる裏ボスがいる深層ダンジョンがあった。

 ただ兄貴とフローラの様子からそこまで緊迫した様子は見られない。別の場所に魔の森と呼ばれる場所がもう一つあるのかもしれないと思い同行する事にした。もしかしたら魔物を倒してレベル上げ出来るチャンスかも知れないからだ。


 兄貴の祖父母は昔ミスリル級冒険者として活躍した人たちなんだそうだ。ゲームでミスリル級冒険者といえば、ダークドラゴン討伐戦のレイドボス戦に傭兵として同行させられるレベルの猛者だ。

 「プリエデ」ではレイドボスはオンラインの協力プレイで討伐するものだけれど、チーターに荒らされMVP報酬が独占されてしまったため、そのためチーターが排除されるまでお金でNPCを雇ってオフラインでも討伐が出来るようにアップデートされた。

 それがフレを作らず野良パーティだけでレイドに参加している人に好評で、永続的なシステムにされていた。

 NPCの傭兵はお金を払えば来てくれるだけのキャラで、ストーリーには絡まず装備を変えたり成長させたりが出来ないけれど、個別装備やスキルがいちいちカッコいいので立ち絵が無いのに結構人気になっていた。

 攻略サイトの掲示板にはDLCの追加要素で個別ストーリーを用意したり攻略対象にしてくれという要望が結構書かれていた。

 ミスリル級は、英雄と言われるオリハルコン級や、一騎当千と言われるアダマンタイト級程では無いけれど、常人の枠では無いという意味では同じ人種の人達だ。攻略対象を外してまで入れる程の強さは無いけれど報酬額の割に強いので、攻略対象と友好関係を築けなかった際にはコスパが良い傭兵として結構使われていた。


 兄貴の父方の祖父母であるガイさんとローズさんがエルム男爵の屋敷に来たとき、私の護衛騎士団長であるザック・パーディス騎士爵が、直立して立ち上がり近づいていった。


「静風殿! 堅土殿!」

「おー! ザックか! 随分とお硬い挨拶だなっ!」

「騎士になったと聞いたけどマグダラ公爵の所だったのねぇ」

「一応騎士爵になって部下を持つ身なので冒険者時代のようにはいかんのですよ」

「へぇ・・・「粉砕」と言われたお前がねぇ・・・」

「昔とは別人みたいね」


 「清風」と「堅土」と言えば、ミスリル級でコスパ最強と言われた傭兵の二つ名だ。私はフレと遊んでいてあまり傭兵を使わなかったので気が付かなかったけれど、ガイとローズという名だったと思い出した。

 騎士団長はお硬いイメージがあったけど知り合いだったようで随分と砕けた話をしている。


「エカテリーナ・マグダラです、随分と私の護衛騎士隊長と親しいようですけど・・・」

「あんたがマグダラの姫さんか・・・」


 私の護衛騎士隊長と話していた時とはうって変わって睨みつけるような目線を私に向けて来た。エバンスが私の前に立ちはだかって杖の仕込み部分に手をかけ、周囲の護衛が剣の柄に手を置く音が聞こえた。ザック体調も私の前で両手を開いて2人の前に立ちはだかっている。


「お爺ちゃん! お婆ちゃん! やめてよっ! リーナは僕の友達だよっ!」

「こいつはオルクを殺した男の娘だぞ!?」

「そんなの幼子であったリーナには関係無いだろっ!」

「だが・・・」

「がだもクソもないっ! お父さんの件にリーナは関係ないっ! そしてリーナは優しい子っ! それだけだよっ!」

「・・・」


 兄貴の剣幕に一触即発だった空気が一気に変わっていくのが分かった。 


「すまなかった・・・確かにお嬢さんに当たるのは筋違いだった」

「私も止めなくてごめんなさいね」

「いえ・・・私の父や兄が許されない事をしたのは知っています。不用意に話しかけて良い立場ではありませんでした。申し訳ありませんでした」


 私は思慮が足りなかったと反省した。私の護衛騎士隊長が仲が良くても、私自身は彼らの息子の仇のようなものなのだ。


「君はマグダラ公爵や嫡男とは随分と違うようだな、まぁ俺も彼らに直接あった事は無いので噂程度でしか知らんがな」

「本当ねぇ・・・鳶が鷹を産んだのかしら?」

「やはり父や兄の評判はあまり良くないようですね・・・」

「あぁ・・・俺達一般の平民にとってはな」

「一部の貴族達や商人には金銭的に援助をしてくれるとか、羽振りが良い客と評判のようね」


 兄の事は知らないが、マグダラ公爵は上級の貴族達に取っては悪い男では無い。むしろ気前がいい男と慕われて見える。それが派閥を維持するのに役に立ってもいる。それが金の切れ目が縁の切れ目となる儚い繋がりだったとしても、現在はお金のあるマグダラ公爵家の力はとても強い。


「そのお金は領民から搾り取ったものです、父や兄はいつか報いを受けると思っています」

「そんな事言っても良いのか?」

「彼らはマグダラの騎士なんでしょう?」

「平民出で冷や飯を食っていた方達だけ指名し連れて来ましたの、父には実力がありそうな方から指名したと言っておきましたが」

「なるほど・・・お嬢さんは人をみる目が確かなようだ」

「アニーもいい知己を得たのね」

「えぇ、仲良くさせて貰っています」


 父の罪は赦されるものではないけれど、私に対する怒りは収めてくれたようだ。


「まじ勘弁して下さいっすよ! 本気で死ぬかと思ったっす!」

「あはははっ! お前はやっぱりその口調じゃないとなっ!」

「やべっ!」


 どうやら私の護衛騎士隊長の素はこっちらしい。


「今後、公の前でなければその口調で許すわ」

「お嬢さまも勘弁して下さいよ、やっと口調が板について来た所なんですから」


 周囲の空気は完全に弛緩していた。しかしエバンスお兄ちゃんだけは警戒を続け仕込み杖に手をかけていた。


「ほぅ・・・なかなかだな・・・目が見えてないようなのに大したものだ」

「その年で頑張ったのねぇ」

「えぇ・・・私の自慢の従者ですの」

「彼はヨウムとアンナに指導して貰った方がいいかもな」

「えぇ・・・この子はまだまだ化けるわね」

「ヨウムとアンナですか?」

「あぁ・・・アニーの母方の祖父母だな」

「昔私達と「森の蹂躙」というパーティ組んでいたのよ?」

「ミスリル級だったというパーティですか」

「随分と前に解散してるんだが良く知ってるな」

「アニーが教えたのかしら」

「えぇ・・・少しだけ聞きました、「雷轟」の方達全員と戦えるレベルだと聞いています」

「それは相性の問題だな、正面から戦ったら勝ち目はさすがに無いぞ、「雷轟」の団長は冒険者ならアダマンタイト級だし、各隊長もオリハルコン級やミスリル級だ。人数だって総勢で千名を超えてる。それに俺達はドラゴンには勝てなかったし全身鎧で身を固められたらパワー不足で負ける。だが森や建物内という局地戦であれば俺達に分があるだろうな」

「ドラゴンに勝てなかったからオリハルコン級への昇格が見送られたのよねぇ」

「ドラゴンは集団戦で戦う魔物ですよ?」


 レイドボスとパーティ単位で戦うというのが間違っている気がするのだけれど、出来ないのが恥ずかしいみたいに考えてるような言い回しだな。


「ビッグコカトリスとかテトラバジリスクとかカースフンババとか、同難易度の奴なら結構倒したんだがなぁ」

「森は罠を設置し放題だから倒すのが簡単なのよね」

「軍隊規模で戦う敵じゃねぇか・・・」


 私達の様子を見ていた「雷轟」13番隊の隊長の隊長さんがボソッと呟いた通り、全てゲームのレイドボス戦で戦うものだ。 ミスリル級以上じゃ無いと足手まといになる光輝竜や炎の巨人戦クラスほどではないけれど、どれも1パーティで挑むようなものではない。


 エルム男爵が兄貴やフローラを魔の森でキャンプさせても平気だと考えた理由が良く分かった。兄貴の祖父母達は森では一騎当千レベルの化け物だからだ。

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