第15話 将来は強大な敵と戦う運命にある(エカテリーナ視点)

 私は外出を制限されているため、出かけられない日々が続いている。仕方ないので魔術の鍛錬を続けている。

 この場合の鍛錬は出力を小さくする事を意味する。何故なら加護の力が強すぎて熟練度に対して威力が大きいためコントロール出来ないからだ。


 魔術は魔力量が足り、呪文を正確に唱える事が出来れば発動自体は誰でも出来る。 繰り返し使うことで魔力の動きを体で覚え、詠唱無しでも同じ動きをさせることで少しずつ詠唱のリキャストタイムを減らし魔力の消費量を低減させていく。最終的には無詠唱で詠唱時と変わらない効果を戦闘の合間に任意で出せるようになったら、その魔術は完全に身についた事になる。


 威力を抑える方法はいくつもあるけれど、簡単なのは乱れを生じさせ魔力を拡散させて魔術の発動を不完全にする事だ。魔力消費はそのままだけど、威力だけは小さくする事が出来るからだ。


 難しいのは魔力消費を抑えて魔術の威力を抑える事だ。私は魔術とは魔力を波にして操る事だと感じている。魔術の詠唱をすると魔力がタンクから配管に通っていき、その際によって起こる波による音色によって魔術が発動するという感じなのだ。

 加護によって魔術の威力があがるのは、魔力を貯めるタンクと魔力を通す配管が大きくなったと想像すれば分かりやすいだろう。

 例えば同じ形のベルでも小さなものは短い波長の高い音が出て大きなものは長い波長の低い音が出る様に、魔力の配管も小さなものは波長の短い音色がしやすく、大きなものは波長の長い低い音色がしなすいようだ。

 そのため大きな配管で高い音を出すためには大量に魔力を流す必要があるようで、詠唱をすると自然と大量の魔力を大きな配管に流して無理やり高い音色を出す感じになり、自然と魔術の威力が上がってしまうようなのだ。


 私は体の中にある魔力の配管を細くしていくイメージをする事で威力を押さえる事に成功した。これは威力と共に魔力消費量も抑えられるのだけれど、膨らもうとする配管を無理やり押さえる感じになるので集中力が必要だった。しかし繰り返し使用し熟練度を上げる事で、段々と押さえる事が楽になっていった。


 私は最近の蒸し暑い気候を何とかするために、桶の中に小さな氷を作っている。そしてどんどん細かくしていって遂にかき氷に出来そうなパウダースノークラスまで小さくする事が可能になった。


 エバンスお兄ちゃんは部屋の中で無詠唱で身体強化をしながら丸めたタオルで優しくお手玉をするという物凄い事をしていた。目が見えないのに自由自在に不安定な丸めたタオルをコントロールが出来ていて、私でもすごい技術だと分かった。


「エバンスお兄ちゃんは才能あるなぁ」

「いつまでもリーナの足手まといになりたくないしね」

「そんなにうまく身体強化をコントロールされたら近接戦で勝てる気がしないよ」


 木剣を使った試合では私はおエバンス兄ちゃんに全く勝てない。またエバンスお兄ちゃんは、「人」の加護で火魔術の適正が高いためか、身体強化が非常にうまく、マグダラ公爵家の騎士達にもついて行けている。

 私は身体強化の威力を抑える事に苦心していてまだうまくコントロール出来ていない。へたに使うと暴走して大けがを起こすので、少しづつ慎重に行っているからだ。


「気配の薄いものにも対処出来るようになならないと・・・」

「それは目が見えたとしても無理だよ」


 お兄ちゃんは耳で音を感じて対処しているので、遠くから飛来する攻撃に対処が出来ない。

 私がボールを投げてそれを避けるか木剣ではたき落とすという訓練をしているけれど10m以内なら全て完璧に回避できるのに、それを超えると私の体の動く気配を察知しにくくなるのと、ボールが空気の流れで動きが変わる事に対処できずに当たる。

 魔術による攻撃も相手が近ければ相手の魔力の流れを察知して避けたり切ったり出来るようだけど、10mを越えると察知出来ず、遅い水弾でも当たってしまう。

 その代わりお兄ちゃんに背後から忍び寄って攻撃しても避けられてしまう。目が見えない分、察知する力が前とか後ろとか関係なくなっているらしい。


△△△


 マグダラ公爵が調べさせたらしく、「日」の加護を受けた少女の事を知る事が出来た。

 こっそりと執務室に入り、投げ捨てられていた報告書を見る事が出来たからだ。


 名はアニー・ナザーラで、男爵令嬢であることが分かった。

 エルム男爵の屋敷で暮らしているそうだけど、母親が再婚しなかったためかフローラ嬢との仲が良好らしい。

 ちなみにフローラ嬢は白い聖獣を連れていて、好事家に目を付けられているそうだ。


 ゲームではフローラ嬢も悪役令嬢だ。もしかして私と同じように転生者で、破滅しないようヒロインと仲良くなるようにしているのかもしれない。

 フローラ嬢が連れている白い聖獣とは、ヒロインが連れていた小鳥型の聖獣のチーちゃんだろう。

 フローラ嬢がヒロインの力を削ぐため聖獣を確保したのだとしたら、私の同士のような存在かもしれない。お互いに破滅回避の為に相談し合えるとしたら今後心づよいだろう。


 フローラ嬢はゲームでは所謂寝取りキャラだった。ヒロインの攻略対象に色仕掛や夜這いなどを仕掛け、既成事実を作って奪おうとする。

 一定のタイミングまで一定以上の好感度に達していないとフローラ嬢の企みは成功してしまう。避けるには好感度を上げてフローラに寝取られないようにするか、フローラ行動を予測し先回りして阻止する必要がある。

 寝取られると味方キャラへの親愛度が落ちるため、TRPG戦闘では、味方への治癒や強化の支援系魔術の効果が落ち、さらに攻撃魔術や武技を一定割合でミスをするというデバフ状態になる。またフローラと敵対する戦闘では敵になり、離脱してしまう。個別ルートに入った状態でその攻略キャラまで寝取られたら、魔王戦の直前に全キャラが敵の状態でのフローラ戦という負けイベが発生する。トドメをさされず逃げ落ち故郷に帰るけど、人類は魔王に敗退し、さらに裏ダンジョンから溢れた魔物に襲われて、故郷の人達の死を見ながら殺されるというバッドエンドを迎える。


 私はフローラ嬢に手紙を書く事にした。同じ歳の女性同士仲良くしましょうという簡単な内容だ。ただサインの後ろに意匠をした文字で「SOS」と書いた。この世界にアルファベットの文字は無いので意味が分かれば反応があるのではと思う。


△△△


 約1ケ月後に手紙の返事が返って来た。フローラ嬢が書いたという家族と聖獣らしいものが描かれた絵が入っていた。書かれている人数がとても多い。どうやら屋敷にいる人全員を描いたようだ。

 フローラ嬢と1番仲が良いのは女の子と手を繋いで描かれている短髪の少年だろう。使用人の子供だろうか。

 2枚目にフローラ嬢は文字がまだ読み書きが不完全なので代筆したという手紙が入っていた。

 代筆したのはヒロインであるアニー・ナザーラ男爵令嬢だった。そして最後にサインの所に意匠した文字で「OK」と書いてあった。


 どうやらフローラではなくヒロインの方が転生者だったようだ。ヒロインはフローラに嫌われないよう立ち回っているのかもしれない。仲が悪くならなければ寝取られは発生しない。それにフローラは魔王戦の前哨戦に登場するようにかなり強い。フローラは加護が「虫」という大器晩成型であるため、物語の終盤頃に強くなるキャラだからだ。


 ヒロインがゲームの内容を知っていてうまく立ち回っているなら、ゲーム内で嫌がらせを続ける悪役令嬢である私と敵対しないように動くだろう。私が悲惨な末路を辿る事を知っていて、その回避に協力してくれるという意味の「OK」であればとても心強い。


「返事の内容はどうだった?」

「フローラ・エルム嬢はまだ文字の読み書きが出来ないみたいね。だからアニー・ナザーラ男爵令嬢が代筆して返事をくれたの」

「アニー嬢は随分と賢い子なんだね、リーナのように「日」の加護を持つだけはあるのかな?」

「そうなのかしら?」


 ヒロインが転生者だとしたら、物心ついた時から勉強を頑張った可能性がある。将来は強大な敵と戦う運命にあるのだから抗おうとするだろう。

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