第16話 少しだけ大人になった
屋敷にウサたんが来たのは初夏だった。だけど短い夏が過ぎ秋になってすぐに冬になった。
どうやらフローラはウサたんと発音しているつもりでウシャたんになっていたようで、ウサたん自身も自分の名前をウサたんだと認識していた。
あまりにフローラとウサたんがスムーズに意思の疎通をしているので、どういう事かフローラに聞いてみたら、フローラにはウサたんの鳴き声が人の言葉として聞こえる事が分かった。
マーカスに聞いたら、使役している魔獣と心のパスの様なものが繋がる事があるらしく、特に知能の高い魔獣だと心同士で会話が出来るようになるらしい。
すこしヨチヨチ気味に歩いていたウサたんも、秋ごろには歩くのがしっかりしてきて、冬頃には走れるようになっていた。体も若干ふっくらしていて毛艶も良くなっている。
僕とフローラとウサたんは雪が降ると庭に出て遊んだ。雪だるまを作ったり、雪玉をぶつけ合ったり、かまくらで秘密基地を作ってキッチンからこっそり持ってきた、干し果物や焼き菓子を食べた。
エルムの街は山間部にあるべヘム村に比べて標高が低いためか厳冬という感じではなく雪も豪雪という程は降らなかったけれど、庭で駆け回ったり遊ぶには丁度いい量だった。
さすが貴族の屋敷だけあって、べヘム村の木造の隙間風が吹くヨウムお爺ちゃんのあんなお婆ちゃんの家と違い、石造りで気密性が高いため、暖炉のある室内にいるとかなり快適だった。
けれど、冬になると人の活動も鈍るのは変わらないようで、仕事が少なくなったのかエルム男爵もゼノビア様も屋敷のリビングで本を読みながらのんびりして過ごす事が多い。
「雷轟」13番隊のように「寒中特訓だっ!」と言ってタンクトップになって重りのついた木刀を振りまわすような変人は少ないようだ。
普段はオッサンみたいだけど、さすがにその格好になると女の人に見えるね。男爵家の騎士団の人も揺れる胸に興味を持ったのか参加しているしね。
ちなみに普段は鉄製の獲物で振り回しているのに木刀を振り回すのは、鉄に熱を奪われて手の皮が凍って貼りついてしまわないようにだって。
皮手袋を着ければ良いじゃんと言ったら「それじゃあ温かくなっちまうじゃねーか」という返事があった。変人達の考えは意味が分からないよ。
「今年は豊作だったから飢えてる人は少ないみたい、不作の年は食料の配給や炊き出しで忙しいのよ」
「そうなのね・・・」
マリア母さんとゼノビア様は長年の旧友かのように打ち解けている。子供同士が仲が良く、貴族らしい貴族が嫌いという共通点もあるからか波長が合うようだ。
冬の時期に外で遊んでも何も言われなかったけれど、雪解けになり地面がぬかるんだ状態の日にフローラと庭で遊んでいたら服が泥はねばかりになっていてメイド長に怒られてしまった。フローラと共に服を脱がされ風呂に放り込まれて部屋で遊ぶように言われてしまった。
寝る前に入る風呂と違って昼間の風呂は明るくて不思議な感じがした。楽しくなって騒いでいたらメイド長がやってきて、風呂から抱き上げられ、怒りながら体を拭かれて暖炉の前のソファに座らされた。
冬の間は敷地の外には出るなと言われていたので庭にも出られないのは退屈だ。前世の最後は体調がすぐれず動くのがかなり辛かったし、乳児期は自由に動かせない体がもどかしかった。やっと成長し思うように体が動かせるようになった事もあって、動きたいという衝動を抑える事がとても難しかった。
△△△
気温があがり庭の花壇にたくさんのチューリップが咲き始めた。護衛を付ければ外に行っても良いと言われ遊び場の範囲が広がった。
「おにいたん、ウシャたんがでかけまちょうって」
「今日はどこに行きたいって?」
「今日から木苺が美味ちいんだって」
「もうそんな季節かぁ」
雪解けが終わり蕗の薹や春筍などの山菜を楽しんだ。木苺の木には花すら咲いて無かったのにもう実が美味しくなる時期なんだと聞いて驚いた。
ウサたんは命の恩人でもあるフローラに甘えていたけれど、ウサたんはかなり頭が良く、精神年齢もフローラより高い感じがしている。だからか最近はウサたんの方がフローラに遊びを提案して引っ張るようになっていた。
ウサたんは手足にモモンガの皮膜のようなものがありそれで滑空して移動する事がある。図鑑のカーバンクルの説明だと、風を掴んで高く舞い上がる事があると書いてあるので、成長したら空を自由に飛び始めるのかもしれない。
ウサたんは、アルビノであるため視力があまり良く無いらしく、時々目測を誤る事がある。この前は隙間に顔が挟まって抜けなくなり「キューキュー」とないて助けを呼んでいた。
さっきは隣の椅子に飛び移ろうと飛んで届かず手前で落ちて、恥ずかしいのか毛づくろいをして失敗を誤魔化すような仕草をしていた。
けれどウサたんは、額の予見の力や遠くを見通す力を使って面白い事を探すのが得意だ。
また目が悪い分、鼻や耳が良いようで、木の実や花の蜜などが生えている場所や美味しくなるタイミングを的中させる。
雪解けと同時に屋敷の外に出る事が許されたので、僕とフローラはウサたんの案内で「雷轟」13番隊の人と森の散策に出かけたのだけれど、とんでもない量の収穫があって結構楽しかった。
この前は山の名人でも幻と呼ぶ1日で生えて胞子を撒き翌日にはドロドロに溶けてしまうササクレヒトヨタケという非常に美味なキノコが生えるタイミングをピタッと当てて大量に収穫した、その日は美味しいキノコグラタンを使用人も含めた全員が食べた。
「カーバンクルが幸運の聖獣と言われるのは、みなが笑顔になることかもしれぬな」とグラタンを食べながらエルム男爵が言ったが、確かにその通りかもしれないと思った。
ウサたんが獣や魔獣を見つけると、フローラを通して警告を発した。「雷轟」13番隊の人達は時にはそれを追い払い、時にはそれを狩った。追い払うのは危険が少なく味が良くないもので。狩るのは人に危害を加えてくるものや、美味しいものやお金になる角や牙や肝や綺麗な毛皮などを得られるものだそうだ。
フローラは大きな獲物の時は何も言わなかったけど、ある日料理長が、レンゲとシロツメクサの生える草原に仕掛けたはちみつ用の巣箱を見に行くと言ったので、ウサたんが興奮し、「雷轟」13番隊の人達を連れてついて行った日に野ウサギが狩られ、「かわいちょう」と言って泣き出してしまった。
普段食べているお肉はこうやって狩ったものだよと説明したらさらに大声で泣いてしまった。
庭で弱っていたウサたんを助けたフローラにとっては、野ウサギも助ける対象に見えているのだろう。
僕は料理長と助手の人達が巣箱からはちみつを収穫している間、草原で追いかけっこしたり、花の冠を作ったり、四葉のクローバーを探して遊ぼうと思っていたけれど、ウサたんと共にフローラを慰めるだけでその日のお出かけは終わった。
その日の夕飯は、フローラが大好きなウサギ肉のスープだった。フローラは外に出かけたし泣き続けたにで普段よりお腹が空いていた。だけど、パンをスープに浸せなかったので、固くて口に入れたけど飲み込めなくて吐き戻してしまった。
フローラは具だくさんのスープを美味しそうに食べているみんなを見回しながら何を言って良いのか分からないようだった。
僕は何故みんなフローラに何も言わないのか分からなかった。残したら料理してくれた人に悪いし、捨てられてしまう事になるからウサギがもっと可哀想だなと思ったのでそれをフローラに言った。
フローラは、じっとしばらくスープを見つめたあと、恐る恐る口に運び、ポロポロ涙を流しながら食べ始めた。
翌朝のスープには鳥肉が入っていたけれど普通に食べていた。夕方はウサギ肉のはちみつソースがけを食べ、その翌日の森歩きでは、「雷轟」13番隊の人が森で野ウサギを狩っても、じっと見ているだけで泣かなかった。
ウサたんが「キューキュー」と何かを説明していて、それを黙って聞いている感じだった。
その日からフローラは明るさが戻った。天真爛漫さが少しだけ抜け、その代わりズルさが加わった。
おねしょをした日に泣くのではなく僕の部屋にシーツを引きずって来て乾かしてと言ってきたり、食事で嫌いなピーマンを避けるのではなく僕に食べてと言ったり、お稽古の時間に僕の部屋に来て隠れたりするようになったのだ。
大人達はフローラが知恵を付け立ち回るようなった事にあたふたし始めたけど、僕はそれをフローラは心の整理をつける過程で少しだけ大人になったのだと思い、微笑ましく思っていた。
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