第12話 夕飯が美味しい(エカテリーナ視点)

「グレンの奴め! 巫山戯おって!」


 夕飯時、家宰から渡された王宮からの封書を読んだマグダラ公爵は、食卓を思いっきり叩いたあと、まだ食事が乗っている食器をそのまま手で払って床に叩き落とした。

 平民が1ヶ月は食べる事が出来る価値がある食事が床に散らばり、平民が1年は食べる事が出来る価値の皿が何枚か割れ、平民が一生食べていける価値の絨毯にシミを作った。


「あなた、何があったんです?」

「グレンの奴がクゾルフのグリフォン討伐にいちゃもんをつけよった!」


 グレンというと、ゲームの攻略対象であるブレイブ・エメールの父親であるグレン・エメール公爵だろう。

 国王陛下の学園生時代のご学友で、正妃の兄で、「日」加護を持っていて、先の戦争で多大な戦果をあげた英雄という人物だ。

 

「いちゃもんですか? 平民上がり1匹の犠牲だけで討伐したという功績は高く評価されていた筈ですか・・・」

「あの戦いはオルクの戦果で、クゾルフは成果を掠め取っただけの卑怯者だとほざきよった」

「まぁっ! お友達を集めて王妃様に抗議をしないと」


 私は心の中で「ざまぁ」と喝采を上げていた。

 さすが正義感が強く民衆の味方でもあるブレイブ・エメールの父親だ。ゲームで登場するロマンスグレーの姿に手を合わせたい気分だ。

 実は愚直過ぎて痛々しい行動もあるブレイブ・エメールより、ちょい悪気質で親分肌のグレン・エメール公爵の方がキャラ人気投票という魅力的なキャラだ。

ブレイブ・エメールの攻略ルートでNPCとして登場するけど、その強さとカッコよさから、有料DLCでも良いから操作できるキャラにしてくれという声が高かった。


「無駄だ、既にオルクの奴に男爵位が渡されたそうだ。オルクは新たな貴族家の開祖だと認められた。これを貶める事は、儂ら自身の開祖を貶める事と同じになる。オルクの女も男爵夫人となり開祖の妻だ。操を立てて独身を守る事が推奨される」

「それではクゾルフの名誉が・・・」

「これは陛下からのお叱りの手紙だ、クゾルフは第1大隊長をの職を解かれ謹慎させられている。儂も呼ぶまで領地経営に専念しろと書いてある。つまり王都に来るなと言うことだ。命に反すれば下手すれば反逆罪となる」

「そんな・・・」

「金をバラ撒き支持者を集めて説得するしかない。下手すれば数年はほとぼりを冷ます必要がある。お前も軽挙妄動は控えろ。友人を呼ぶのは良いが、王族意外に呼ばれた場合は欠席しろ」

「王都で観劇するのも許されませんの?」

「当たり前だろうっ!」


 めちゃくちゃ夕飯が美味しい。最近食が細くなって痩せて来てしまっていたから少しは戻りそうだ。


「エカテリーナ! お前も街に出たら駄目だぞっ!」

「はい、お父様」


 せっかく久しぶりに味のある夕飯を美味しく食べていたのに、てめぇの汚いツバが飛んで食えなくなったじゃねーかっ!


「ショックだと思うが我慢しなさい、欲しいものは商人を呼びつければいい」

「はい、お父様」


 もうだめだ、完全に汚染された。


「お腹いっぱいなので出ます、エバンス行きましょう」

「はい、お嬢様」


 エバンスお兄ちゃんは、血の滲むような訓練により、屋敷内を歩くだけなら、手を引かなくても付いてくる事が出来るようになっている。

 大器晩成型の「火」の加護なのにこんなに成長するって、どれだけ努力をしたのだろうか。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「2人っきりの時はリーナって呼んで」

「リーナ・・・」


 前世での私の名前はリナだった。だから皆がいない時は愛称でもあり前世の名に近いリーナと呼んでとお願いしていた。


 エバンスお兄ちゃんは、目が見えない分、気配を察する力がものすごく上がっていた。廊下や窓の外など、部屋の声が漏れる範囲に人が居るかいないか瞬時に察知する事が出来る。だからエバンスお兄ちゃんが大丈夫という時は2人っきりと思って良い。


「今日はいい話を聞けたわ」

「リーナ、喜びの気配を感じてるよ」

「クソ親父とクソ婆ぁざまぁ!」

「大声をあげるとさすがにきこえちゃうよリーナ」

「うん・・・」


 エバンスお兄ちゃんはこの家で唯一の味方だ。エバンスお兄ちゃんがいなかったら、今頃私は発狂していただろう。


「早くこの家を出たい」

「屋敷の外に出られなくなったから準備が難しくなったね」

「そうねぇ・・・せっかくだし屋敷内での訓練にあてよう」

「僕はまだ、身体強化は覚えたばかりだ、手加減頼むよリーナ」

「そんな事必要無いよ、エバンスお兄ちゃんは呪文もすぐに覚えるし、そして無詠唱をすぐものにしちゃうからすごいよ」

「リーナは目に頼り過ぎだよ、俺みたく耳に集中すれば呪文はすぐに覚えられる。魔力もそうだよ、暗闇の状態の方が体を流れる魔力の動きが良くわかるんだ」

「それはエバンスお兄ちゃんが天才なんだよ、「人」の加護は成長が遅いけど、育つと最強っていうのは、本当の事なのかも」

「半信半疑だったけど今は信じられるよ、リーナありがとう」


 エバンスお兄ちゃんは、マクレガー男爵家いた時に加護が「人」であったため、無能呼ばわりされていたらしい。最初の頃に少し卑屈だったのは、6歳で加護を貰ったあと2年もの間家族から厄介者扱いされていたからだ。

 失明させた私が責任を感じて側仕えに欲した事を、好都合だと考え廃嫡するなんて、家族の情は与えられいなかったのだろう。


「私の家族はお兄ちゃんだけよ」

「リーナ・・・」


 私もこの家では家族に情なんて感じていない。自分の身体に同じ血が流れていると思うだけで虫唾が走る。

 この世界では私の家族はエバンスお兄ちゃんだけだ。

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