第11話 乱世の奸雄
エルム男爵はエメール公爵に会いに行くため数名の護衛を付けて出かけていった。エメール公爵領の領都までは1日で済む道のりだけど雨続きだったためか5日後に帰って来た。
その間ゼノビア様が領主代理をしていた。
エルム男爵と貴族学校で主席を争った才媛は家臣たちに信頼されているらしく、書類を片付けテキパキと命令を出している様子が見て取れた。
フローラ嬢は、雨で出かけられない事と、ゼノビア様が仕事が忙しく、相手をしてくれない事がつまらないらしく、僕とマリア母さんのいる客間でままごとをして遊んでいた。
今日は僕が母親役でフローラが使用人役で、ウサたんが父親役で、チーたんが娘役という貴族の家らしい組み合わせだった。
配役はマリア母さんが作ったクジで決めたので滅茶苦茶だった。けれどフローラには、使用人がエルム男爵とゼノビア様にペコペコしていて、自身には小言を言いまくる存在を演じていて、、普段どういう風に見えているのか分かって楽しかった。
「ナザーラ夫人、宜しいか?」
「はい」
客間の扉がノックされエルム男爵の声が聞えた。マリア母さんが返事をするとエルム男爵が部屋に入って来た。
「フローラと遊んでくれているのか」
「おにいたんとなかよちなの」
「アニー嬢はお兄さんではなくお姉さんだぞ」
「おにいたんなのっ!」
僕は男の子だとフローラ嬢に言っているので、フローラ嬢は僕とおにいたんと呼ぶようになっていた。
「アニーは自身を男の子だと言うんです、女の子らしくと思っているのですけれど、髪を短くしてズボンを履いて・・・申し訳ありません」
「なるほど・・・確かに綺麗な顔立ちではあるが、精悍で少年と見えなくもないな・・・では非公式の場ではアニー殿と呼ぶようにしよう」
エルム男爵はなかなか理解のある御仁のようだ。ヨウムお爺ちゃんにエルム男爵の爪の垢を俺が前世で死ぬ前に飲んでいた痛み止めの錠剤のような丸薬にして、毎食後に3錠づつぐらい飲ませたい気分だ。
「この子は将来は冒険者になりたいと言う事を聞かなくて・・・」
「冒険者の中には女である事を隠す者もいると聞く、女の独り身で出歩くのは何かと危険なのだろう」
「はい・・・加護が「日」でなければそれも良いと思いますが、今ではそうもいかないでしょう」
加護によっては冒険者になれないの?「日」の加護って正直に言う前に聞いてれば、別の選択肢もあったのに。
「学園に通いながら冒険者をする事は出来る。王都の貴族学校ではダンジョン実習もあるしな。私も外出の理由付けのために冒険者登録はしていた。周囲が許せばアニー殿が冒険者として活動する事はできるだろう」
「そうですか・・・女の子なのであまり危険な事はして欲しくないのですけれど・・・」
なんだ・・・冒険者にはなれるんだ。それならひとまず安心した。
「アニー殿は「日」の加護を得ている、魔術の熟練をすれば誰かに後れを取る事もないだろう」
「そうではありますが親としては・・・」
「それもそうだな・・・私もフローラが冒険者になりたいと言ったら反対するな・・・」
エルム男爵は、プクッとむくれているフローラの脇から手を入れて抱っこしながらそう言った。
「おとうたま嫌いっ! 放ちてっ!」
「私はフローラが好きだぞ? だからフローラに嫌われたら悲しい」
「おにいたんをおねえたんというおとうたまが悪いのっ!」
「それは私が悪かった、許しておくれ」
「もうゆわにゃい?」
「あぁ言わない、約束しよう」
「じゃあゆるちてあげゆ」
エルム男爵はフローラ嬢に甘い父親らしい。
「それでエメール公爵は何と・・・」
「ナザーラ夫人とアニー嬢は、エルム領で過ごされた方が良いと言われた」
「そうですか・・・そちらの方が私も安心します」
他領からエルム領に来るまでにはエメール公爵領を通らなければ未開拓の土地を通るしかない。僕やマリア母さんに何か工作しようとしてもエメール公爵が抑止する位置関係にあるのだろう。
「エメール公爵からアニー殿の後見人になっても良いと言われている。他の貴族の誘いと同じだが、エメール公爵はお優しい方だ。私もそれが良いと思う」
「お願いしたく思います」
「それとナザーラ士爵の殉職の経緯については、エメール公爵様が、王宮に再調査を行うよう具申するようだ。グリフォンはクゾルフの功績により、僅かな犠牲だけで討伐されたと王宮には報告されているそうだ。だがオルク・ナザーラ士爵の英雄的な行動あってこそという声は平民出の騎士達の間で噂になっているそうだ。そのため貴族派と大衆派の貴族達との仲が険悪になっているらしい」
「大衆派ですか?」
「あぁ、エメール公爵が筆頭となっている国王派閥、マグダラ公爵家が筆頭となる貴族派閥、ヒルローズ侯爵家が筆頭となっている大衆派閥が王国の3大派閥だ。他にもルーベンス辺境伯爵家が筆頭となっている聖教派閥やキャンサー侯爵家が筆頭となっている中立派閥があるがな」
「国王派閥と貴族派閥があって対立している事しか知りませんでした」
「元々エメロン王国には大衆派閥や中立派閥や聖教派閥というものは無く全て無派閥と言われていたんだ。王権を強固にして国王の強いリーダーシップにより国はまとまるべしと考える国王派と、王権を弱め貴族による合議制にすべしと考える貴族派閥に対し、ただ自領と領民の安寧のみを追求す無派閥という感じの構図だな、ヤハイエ聖国に近い領地ではヤハー様への信仰が強かったり、逆にリンガ帝国に近い領地ではヤハー様への信仰が薄かったりする、他にもヤハー様を人を堕落させる邪神といい魔術を使わない生活を送る国民もいた」
「なるほど・・・」
要は2つの派閥と、後は烏合の衆って感じかな。
「先代陛下の御代に当時の貴族派閥のトップだった前マグダラ公爵様が、資金力に物を言わせて無派閥を強引に自派閥に引き込む事を始めたそうだ。それによって国内政治が荒れてしまってな、西の隣国であるリンガ帝国に付け入られてしまい戦争が起きたのだ」
「それが3年戦争ですか」
「そうだ」
3年戦争は、約10年前にリンガ帝国の侵攻から始まり、僕が産まれる1年前に終結した戦争だ。宮廷魔術師になったばかりのオルク父さんは最前線に行き、ガイお爺ちゃんやローズお婆ちゃんもそれを助けるため、傭兵として参戦したと聞いている。
ヨウムお爺ちゃんとアンナお婆ちゃんも参加したかったそうだけど、村に出没するオークの群れの討伐に追われて行けなかったと言っていた。
「王都近郊まで攻められたと聞いた事があります」
「あぁ、手柄に焦って無秩序に戦闘を仕掛けて連戦連敗し王都近郊まで迫られたそうだな。ヤハウエ聖国から支援を受けた事と、国王派閥と貴族派閥が手を取り合った事と、当時皇太子だった現陛下、エメール公爵様、ソード伯爵様、ポット伯爵様の快進撃があり押し返す事が出来てな、なんとかリンガ帝国と停戦する事が出来たのだ」
「ヤハウエ聖国ですか?」
「北東の隣国である、ヤハー教の総本山がある国だな。リンガ帝国はヤハー教を認めておらず、我が国を挟んだ南西の隣国であるリンガ帝国とは犬猿なんだ。だから当時の全ての街の中心部にヤハー教の教会を建てる事と、ヤハー教の布教を認めさせる事を条件にエメロン王国を支援したんだ、それを仲介したルーベンス辺境伯様が現在聖教派閥を作っておられる」
「なるほど・・・」
それで基本的に全ての街の中心部に妙に立派なヤハー教の教会があったんだ。べヘム村のような開拓村にすら教会があるぐらいだしね。ヤハー様の声が聞こえる祈りの間は無いけどさ。
「そして戦後に先代陛下が、また強引な派閥の引き抜きが行われて国内の政治が荒れないよう、当時宰相だった先代ヒルローズ侯爵様に無派閥の貴族達の後ろ盾になるよう命じて作らせたのが中立派なのだ」
「それだと3大派閥は国王派閥と貴族派閥と中立派閥という事になるのでは?」
「いや、先代陛下と宰相様が相次いでお亡くなりになったのだが、現在の陛下が宰相に指名された陛下の御学友だったキャンサー侯爵様は貴族派寄りの方らしくてな、中立派閥から脱退者が続出したわけだ」
「脱退した貴族様方が作られたのが大衆派閥という事ですか・・・」
「先代ヒーロイック侯爵が筆頭となってな」
なんかマリア母さんとエルム男爵がややこしい話をしているな。頭がいいらしいエルム男爵はともかく、マリア母さんは良くついて行けるな。あぁでもマリア母さんは男爵代理的な立場になるし勉強しなければならないのかな。
「聖教派閥というのはどんな派閥なんですか?」
「エメロン王国派先の戦争でヤハウエ聖国に助けられた事でヤハー教に傾倒する国民が増えた。特にヤハウエ聖国に接する領地と前線で戦った貴族や騎士や兵士や宮廷魔術師にな。そのためエメロン王国の国教としてヤハー教を布教すべきという派閥が生まれたわけだ」
「なるほど・・・」
戦争で大変な思いをした人が救いを求めて宗教にハマるってのはありそうだな。実際にヤハー様は存在するし、信仰しやすいだろう。
「今生陛下は先王陛下と同じ才のみを挙げよという方針を継いでおられる。男爵令息であった私が学校で上級貴族の令息達を押しのけ首席になれたのも、王宮魔術師や騎士団に平民が登用されているのも、先王陛下の意向を継がれた陛下によってらしいのだ」
「そうだったのですか・・・」
魏の曹操の求賢令みたいな事を言う国王なんだな。もしかして国王じゃなかったら乱世の奸雄となっていたのか?いきなり他国を侵略するとか言わんよな?
「ナザール士爵の功績を王宮が認めたのなら、エメール公爵はナザール士爵を男爵に昇爵し送るべきと陛下に具申すると言っておられた」
「それにはどんな意味が?」
「もしナザール士爵が男爵に昇爵したのなら、オルク殿は自らの功績により永代の爵位を賜ったナザール家の開祖だと認められる事になる。そうなれば男爵となったナザーラ殿を悪しざまに言う貴族は恥をかくことになるのだ。なぜなら全ての貴族の開祖は平民から功績をあげて貴族になった者だ。ナザーラ殿を貶める言葉はそのまま自らの家の開祖を貶める言葉になる。それにナザール殿は「日」の加護を受けたアニー殿の父上だ。アニー殿という国の宝をもたらしたナザール殿はそれだけで国へ多大な貢献をしたことになる」
「もしそうであるなら主人も浮かばれます」
確かに貴族だとしても元はたどればただの平民だよな。政治、経済、軍事など違いがあっても、初代になる誰かが国に認められて爵位を得て貴族になるんだもんな。
「とはいえ他国の間者によりアニー殿がさらわれる恐れは残る。エメール公爵様が腕利きの護衛と使用人を派遣してくれるそうなので、それまでは狭い屋敷ですまないが逗留を続けてくれ」
「ありがとうございます」
ベヘム村に帰れないのか・・・まぁ屋敷はエルム男爵が言うような狭さを感じないし居心地が良いしいいか・・・フローラ嬢が可愛いくて離れがたいしな。
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