第10話 可愛い妹が出来たみたい

 マリア母さんはエルム男爵に手紙を出して面会を申し込んだ。そして面会の約束となっている日の前日にエルムの街に行って宿に泊まり、翌朝マリア母さんは宿で王都に居た頃に着ていた服に着替え、僕はアンナお婆ちゃんが縫ってくれた綺麗なワンピースを着てエルム男爵の屋敷に向かった。


 面会の場所は執務室に呼ばれるのではなく客間に通された。マリア母さんはその事に「貴族として扱ってくれるのね」と呟いたので、こういう扱いされるのはポイントが高い事なのだろう。


「ナザーラ士爵夫人、ようこそ来られた」

「エルム男爵様、面会の申し出に応じて頂きありがとうございます」


 エルム男爵は25歳ぐらいの男性だった。7年前に先代が急逝したという事なので10代から領主をしていたのだろうか。それなのに領民に好かれる領地経営をしているのだとしたらすごい人だと思う。

 話しぶりにかなり貫禄を感じた。見た目より結構年齢がいっている可能性もあるけれど、それだけ修羅場をくぐって来たからなのかもしれない。


「まずは一服しよう、エメール公爵様に頂いた良い茶葉があるのだ」

「ありがとうございます」


 エルム男爵は僕達のお茶を用意してくれていたお手伝いさんに自らのお茶を給仕させたあと、すぐに退席させた。そして一口だけお茶を飲んだあと話を始めた。


「本日はアニー嬢の事で話があるという事で宜しいか?」

「はい」

「私は、寄り親であるエメール公爵様から、ナザーラ夫人とアニー嬢を守るように言われていた。目立って行動すると良からぬ噂が立つと思い、街道の見回りを増やす程度しか出来なかったのだが、何かあったのだろうか」

「ご配慮ありがとうございます、幸い直接的に何かされるような事は起きておりません」

「では本日は何をしに参ったのだ?」

「エメール公爵様やエルム男爵様もご配慮いただいたように、私はアニーの加護の件で周囲で不穏な事が起きないか心配しております」

「ふむ・・・」

「夫が亡くなり、女手だけでアニーを育てる事になりました。けれど亡くなった主人の年金もありましたし田舎の両親もまだ元気だった事からこの子を育てる事に支障が無いと思っていたのです。しかしヤハー様より過分な加護を受けた事で、周囲の思惑からアニーを守れないのではと思っています」

「そうでしょうな・・・」

「アニーの保護を願えば手をあげて下さる貴族の方は多いでしょう。けれどアニーの自由を束縛するような相手にお任せしたくはありません。だから領民思いであると評判のあるエルム男爵様に相談に参ったのです」

「なるほど・・・」


 エルム男爵は少し難しそうな顔をしていた。同じ貴族同士であっても僕やマリア母さんはエルム領のベヘム村に居を構えた領民で保護対象だ。エルム男爵の思惑までは分からないけれど、突き放してしまえば領民を突き放した領主という評判がついてしまう事になる。

 だからといって男爵というのは貴族の中では格が低い、自らが出来る事は少ないと理解しているのだろう。


「ナザーラ夫人は何を望んでおられるのか?」

「夫のオルクは宮廷魔術師となり、私も貴族の末席である騎士爵家の者という事になっております。けれど私は元々はベヘム村の村娘でしかありません。だから貴族達の事情に疎く、頼れる人が誰か分からないのです。ですから人徳が高いエルム男爵様にどうすべきかお聞きしたかったという訳です」


 全てのボールを相手に預けるような言葉だけど、マリア母さんにはそうするしか方法が無かったのだと思う。


「アニー嬢は現在どのような状態であるか教えてもらえぬか?」

「普通の村人と同じ様に元気に過ごせております。けれど貴族の方から私に対して多くのアプローチがあります」

「ナザーラ夫人に対して?」

「はい、こちらに私宛の手紙があります」

「こんなにか・・・拝見させて貰おう・・・」


 マリア母さんは、大き目のバッグに入れて持参して来た自らに宛てられた手紙の束をエルム男爵に渡した。


「ふむ・・・なるほど・・・ナザーラ夫人を迎え入れる形でアニー嬢を手に入れる算段な訳か・・・しかも宛名を見るに王都やその近郊の貴族ばかりだな・・・」

「私も以前は王都で暮らしておりました。この手紙の中には亡き主人や私だけでなく、この子を平民出の下賤な血だと言って叱責した方もおります。主人は宮廷魔術師になってからすぐにリンガ帝国との戦争の最前線に派遣されました。そして戦争が終わり帰還したあとも魔獣の討伐に狩り出され続けました。魔術師なのに帰って来ると靴底もすり減り、服の裾も擦り切れていて、後方から魔術を放っていたとは到底思えませんでした。主人の最後のお務めは、マグダラ公爵家のクゾルフ様の指揮するグリフォン討伐でしたが、帰って来たのは左腕1本だけでした。平民出だからと戦場の最前線の死地に送り続ける様な方の誘いに応じた場合、我ら親子がどんな目に合わされるか分かったものではありません」

「クゾルフか・・・」

「ご存知の方ですか?」

「あぁ、貴族学校で同期だったが、あまりいい印象は持っていない」

「そうでしたか・・・こちらの手紙はマグダラ公爵家からの手紙2通です。1つは御当主様、こちらはクゾルフ様のものです」

「・・・これは酷い内容だな・・・まぁあの家らしいといえばその通りか・・・」


 エルム男爵は顔を顰めていた。そうとう酷い内容が書いてあったようだ。そしてエルム男爵はクゾルフって糞野郎が嫌いらしい。きっと嫌な目にあわされた事があるのだろう。敵の敵は味方って言うし、僕達を守ってくれないだろうか。


「私は貴族学校を出て王宮勤めが決まっていたのだが、卒業の直前に父が倒れた事から、卒業式の出席を切り上げ領地に戻ったのだ。父が倒れて領内の把握も出来ないままあの戦争が起こり、後方地の領主として食糧の輸送をし続けねばならなかった。だからオルク殿やそなたらの置かれていた状況に疎くてな・・・すまなかった・・・」

「そうでしたか・・・」

「エメール公爵様に事情を話そうと思うが宜しいか?」

「はい」

「ではナザーラ夫人は今日より当屋敷に滞在されるが良かろう。決して悪いようにはさせぬ故安心なされよ」

「ありがとうございます」


 その後、エルム男爵の家族と顔合わせを行った。エルム男爵の奥方であるゼノビア様とその子供である僕と同じ歳のフローラ譲だ。


 使用人達の噂からゼノビア様がどんな人か分かってきた。 ゼノビア様はマグダラ公爵と同じ、貴族派であるエーデル子爵家の令嬢らしい。ただエルム男爵と貴族学校で主席を争っている内に打ち解け、話をする内に貴族派のやり方に疑問を持つようになったらしい。

 卒業後はエルム男爵と同じく王宮勤めの予定だったそうだけど、急にエーデル子爵からマグダラ公爵の妾になれと言われたそうで、領地に戻らなければならなくなったエルム男爵に押しかけ女房のようについてきて、そのまま結婚したそうだ。華奢な見た目の可愛らしい人なのに、随分と押しの強い女性らしい。

 ゼノビア様はその件で、エーデル子爵家から勘当されているそうだけど、清々したと言っているらしい。伯爵家以上であればあり得ないけれど、男爵家であれば平民と結婚する事も問題無いらしく、逆に貴族の社交界に呼ばれなくなって清々したと言っているらしい。子爵家も貴族の中では家格が高くない方になるため、社交界で色々気を遣って疲れるそうだ。


 フローラ嬢は貴族令嬢でありながら辺境に近い街で暮らしている事から貴族社会に染まってないらしく、夢見がちなままの6歳児という感じだった。加護は「虫」と闇の魔術の成長に補正のかかる加護だけど、舌足らずであるため呪文を綺麗に唱える事が苦手で成功した事が無いらしい。


「今日は「聖女と七人の勇者様の物語」の第2章からだよ」

「あいっ!」


 寝る前に本を読んであげたら懐かれてしまいねだられるようになった。可愛い妹が出来たみたいでなんか嬉しかった。

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