第9話 私が仇を取るから・・・(エカテリーナ視点)

「ほぅ・・・オルクの娘が「日」の加護を得たのか」

「はい」

「なんとか我らの戦力に出来ないだろうか・・・」

「母親は現在独り身でしょう。平民出の下賤な女です。旦那様が飼ってやると言えば喜んで応じるのでは無いでしょうか?」

「「日」の加護を持つ娘を産んだ女だとしても、下賤な血の女など、栄光ある我が家の屋敷でうろちょろされたくは無いぞ」

「娘だけ取り上げて配下に下げ渡せばよろしいでしょう。なかなか器量良しだと噂のようですし、下賤な血でも飼いたいというもの好きはいるでしょう」

「クゾルフに外で飼うのなら与えても良いかもな。おもちゃとして痛ぶれば腹の虫もおさまるやもしれん」

「良いお考えかと・・・」

「では早速手紙を送り呼び付けろ!」

「はっ!」


 夕食時間にマグダラ公爵のもとに家宰の男がやってきて下衆な相談をしていた。子供の前でも平気でこんな話を平気でするのだ。ゲームのエカテリーナがああいう性格に育つのも頷ける。

 不快なので、すぐに食事を済ませて立ち去りたいけれど、気になる話題だったので質問をする事にした。


「お父様、オルクとは誰なんですか?」

「あぁ、以前宮廷魔術師団にいた平民出のいけ好かない男だ。下賤な血の癖に「雲」の加護を持っていてクゾルフと同じ大隊長に推薦されようとしていた。だからクゾルフがガドンのグリフォン討伐の際に最前線で戦わせて相打ちにさせたそうだ」


 長兄のクゾルフもこいつと同類だったようだ。まぁこんな親の元で育てばまともな子が育つわけ無いよな。


 ガドンのグリフォン討伐と言えば3年ぐらい前に屋敷で噂になっていた話だろう。マグダラ公爵領内にある鉱山の近くに長年住み着いていたグリフォンが、急に人を襲うようになったので、王宮魔術師だったクゾルフが王国軍を率いて討伐したという話だ。ガドンという地名までは覚えていなかったけど鉱山街の名前とかだろう。



「そのオルクという方はどうなったんです?」

「相打ちだと言っただろ? グリフォンに食われながら魔術を暴走させてグリフォンの頭と共に爆散したらしいぞ」

「っ!」


 なんと酷い事を、領民の蜂起など待たずに殺された方が世界の為じゃないだろうか。

 そういえばゲームのヒロインはマグダラ公爵の指揮した魔物の討伐で罠に嵌められ殺されたと思い込んでいて、娘であるエカテリーナの事に対して悪い印象を持っていた。こんなでっぷりと腹が出ている男が魔物討伐の指揮などしたのかと懐疑的だったけれど、筋肉質のクゾルフが指揮していたとすれば納得だ。

 という事は学園に入る前に現在のマグダラ公爵は代替わりするのか?それなら私はマグダラ公爵令嬢じゃなくマグダラ公爵の妹になる筈だけどそんな言われ方はしていなかった。

 ゲームではマグダラ公爵は領地から出て来ず立ち絵も無かった。領地で蜂起が起き、その軍を指揮して敗走したと出るぐらいだ。


「・・・宮廷魔術師だったという事は貴族なのでは?」

「はっ! あんな奴らに本物の貴き存在である我らと同じ血が流れてる訳なかろう」

「オルクさんの姓はなんと言うのです?」

「えーっと何だったな?」


 マグダラ公爵は、息子が陥れて殺した男の姓すら記憶に残らないらしい。きっと自身も覚えきれないぐらい多くの人をこうやって殺して来たのだろう。

 答えられないマグダラ公爵の代わりに、家宰が耳打ちした。


「・・・で・・・様」

「おおっ! そうだナザーラだっ!」

「オルクさんの奥様はいまどちらにいらっしゃるのですか?」


 マグダラ公爵は、当然分からないようで家宰に「答えてやれ」と命令した。


「エルム男爵領にいるようです」


 やっぱりか、ゲームのヒロインは名前は自由に決められるけど、エルム男爵の娘として登場する。エルム男爵の側室の連れ子で、本妻の娘で妹のフローラと非常に仲が悪かった。

 フローラは加護が「虫」という下から2番目だった。だから、ヒロインが1番優れているという「日」の加護を得てチヤホヤさてる事に劣等感を感じて歪んでしまっていた。

 フローラは学園では、ヒロインが誰を攻略しようと、必ず恋路を邪魔し、攻略対象を略奪しようとする。特に「虫」の加護は、闇魔術に適正があり、夜目が効き、影に潜れる事が可能で、夜間なら風属性より気配を察知されず行動が可能であるため、相手の部屋の水差しの水に媚薬を盛り寝室に忍び込んで既成事実を作ろうとする。攻略対象がヒロインに対する愛情が高く無いとそれに抗えず関係を持ってしまうのだ。


「エルムというと、老いぼれモーゼスの倅のところかっ!」

「老いぼれモーゼス?」

「先代のエルム男爵だ。倅のミュラーは男爵の癖にクゾルフを差し置いて学園で首席を取りおってな。しかも儂が妾として打診していたエーデル家のゼノビアを奪い、さらには嫡男のくせに宰相に媚びを売って、将来の宰相候補として王宮の文官になろうと身の丈に合わぬ事を考えておった。だからモーゼスの老いぼれを退場させて領地へ引っ込ませたのよ」

「退場ですか?」

「あれはどうなったんだっけか?」


 退場とやらは、どうやらマグダラ公爵が家宰に命じてやらせたものらしい。


「愚者の毒・・・銀山から取れるネズミ捕り用の毒です」

「そうだそうだ、愚者には相応しい毒だと思ってそれを盛ったのだよ」


 悪役令嬢であるエカテリーナとフローラはお互いに協力し合うという事が無かった。つまりこういう協力できない理由があったのだろう。


 愚者の毒は前世で読んだミステリー小説で使われていた毒だ。前世でいう砒素の事で、効果が高いけど体内に残留するし、銀を変色させるという方法で簡単に検出出来る事から、毒殺された事を周囲に悟らせてしまう愚か者が使う毒の事だとされている。まさに愚かなマグダラ公爵に相応しい毒だといえよう。


「エルム男爵の領地はどの辺にあるのです?」

「エメールの領地のさらに奥、魔の森に接する辺境だな」

「「日」の加護持ち同士、是非話をしてみたいです」

「それは良いなっ! ヨウムの娘を手に入れたらエカテリーナのおもちゃとして渡してやるぞ! 首輪を着けるなら屋敷に入れる事も許そう!」


 本当にこいつは血の通った人間なのだろうか。


「お腹いっぱいになったので、下がります。エバンス、行きましょう」

「はい、お嬢様」


 私は食卓を出扉を閉めた。それと同時に吐き気に襲われ、エバンスお兄ちゃんの手を離して口に当て駆け出した。私は自室に駆け込んだけれど、備え付けのトイレに入るのが間に合わず、近くにあった花瓶の花を抜き中に全て吐いた。水が底に入っていた分吐いたものが収まり切れずに少しだけ外に溢れてしまった。私はオルクさんとその家族、モーゼスさんとその家族の事を思って涙が出てきた。酸っぱい匂いが部屋中に漂ってしまった。


「ごめんなさい・・・絶対に私が仇を取るから・・・」

「お嬢様・・・」


 手を離して駆けてきたのにいつの間にかエバンスお兄ちゃんが追いついていた。呟きも聞かれてしまったらしい。

 私がエバンスお兄ちゃんを傍仕えにしたために、この家の醜い部分を見せ続けてしまっている。とても申し訳無い気持ちになってしまい、エバンスお兄ちゃんに抱きつき嗚咽を漏らして泣き続けた。

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