第8話 貴族って面倒なんだな

「むほぉ! 「日」じゃと!?」

「他の人に喋ったらお爺ちゃんと一生口聞かない」

「何故じゃ!」


 僕が「日」の加護を得たと知ったヨウムお爺ちゃんが狂喜乱舞したけれど、あまり派手に騒いで欲しくない。なんとなく面倒な事が起きそうな予感がしているからだ。どうせいつかはバレるのだろうけれど、それまでは静かなひと時を過ごしたい。才能は高いかもしれないけれど、魔術が使えなければ6歳児並みの力しか無いのだ。早く火魔術の身体強化を覚えて、容易にパウロの股間を蹴り飛ばせるようにならなっておかなければならない。


「お婆ちゃん、体が強くなる魔術を早く教えて」

「そうね・・・早く覚えておいた方が良いわね・・・」


 身体強化は呪文で唱えたあと体がそれに順応するのが難しい。下手に使うと筋肉が引きちぎれたり骨折したりと大怪我をするからだ。効果が薄くなるよう、わざと呪文の発音を間違えたり、魔力を薄くしたりして効果を落としながら、体に効果を覚えていく必要がある。だから身体強化は無詠唱で使えるようになる程習熟しないと実戦では使い物にならないと言われている。そのため身体強化の魔術の呪文は教えて貰えなかった。怪我した体を癒せるよう水魔術の「治癒」の練習を優先した方が良いからだそうだ。けれど一瞬で怪我を癒せるのなら身体強化で怪我しても自分で癒す事が出来るようになったので、アンナお婆ちゃんは問題無いと太鼓判を押してくれた。


「儂も得意じゃぞ!? きっちりと教えてやるわいっ!」

「お爺ちゃんは周囲に自慢しそうだから嫌っ!」

「絶対に自慢するわね」

「孫自慢ぐらい自由にさせて欲しいのじゃっ!」

「そのせいで僕が襲われるかもしれないけど良いの?」

「・・・可能性はあるわね・・・」

「どうしてじゃ?」


 どうやらヨウムお爺ちゃんは状況が理解出来ていないらしい。アンナお婆ちゃんはどうしてこんな頭の悪い男と結婚したんだろう?アンナお婆ちゃんはダメ男を放っておけないタイプなのかな?


「「日」の加護の力は凄いものだったのよ、ガイやローズもオルクが「雲」の加護を得た事で嫉妬を買いいっぱい嫌がらせされたって言ってたでしょ?」

「むぅ・・・」

「悪い奴らが聞きつけて誘拐されるかもしれないのよ?」

「それは嫌じゃ・・・」

「だからなるべく黙っている方が良いのよ」

「分かったのじゃ・・・」


 まず自衛出来る力を得なければならない。この世界は個人情報保護の概念なんて皆無の可能性が高い。役所勤めの真面目そうな男が、公爵家令嬢の情報をペラペラ教えてしまうぐらいだ。そういえばヤハー様もエカテリーナの情報をペラペラ喋ってたな。


△△△


「また来たわよ」

「むぅ・・・」


 加護の届けをした1ヶ月後、マリア母さんの元には手紙が舞い込んで来るようになった。お茶会やパーティの誘いの手紙やラブレター風のものが多いが、中には大貴族から、贅沢させてやるから有難がって来いという感じの命令口調の手紙も来ているらしい。

 ヨウムお爺ちゃんは自らが吹聴した訳では無いけれど、こういう手紙が実際来ている事から、自らが軽率に考えていた事は理解したようだ。


 マリア母さんへの手紙は、上は公爵家から下は男爵家まで様々だ。マリア母さんと結婚すれば僕も子供という事になる。要は将を射んと欲すればまず馬を射よという奴なのだろう。

 貴族の考え方に辟易しているマリア母さんには逆効果のように思うけれど、暗い表情をするようになった事から無視できない何かがあるのだろう。

 マリア母さんは、王都に居た時に交流があった貴族の人たちに手紙を出していた。僕に不味い事が起きる前になんとかしようとしているのだと思う。


「お母さんごめんね・・・」

「良いのよ・・・あなたは悪く無いわ」


 マリア母さんはマグダラ家と仲が悪い派閥の家に保護を求めるつもりのようだ。そのためには自身が気の乗らない再婚をしても構わないと思っているらしい。ただその派閥の事をマリア母さんは詳しくない。その辺の情報を交流のあった貴族の人たちに訪ねているようだ。

 僕は、そんな理由で再婚して欲しいとは思わなかった。母親を取られる気がして寂しい気持ちや、オルク父さんが可哀そうだと思う気持ちがあったからだ。

 けれどいい人と再婚するなら止める理由は無いと思う気持ちもあった。若くして未亡人でいるのは勿体ない気がしていたからだ。お見合い写真がいっぱい来ていてより取り見取りだと思えばその中で一番いい人を選ぶチャンスだと思ったからだ。


「エルム男爵は国王派閥筆頭であるエメール公爵の寄子なのね・・・」

「エルム男爵?」

「麓の街に言った街を治めている人よ、エルム男爵って街の人の評判が良かったでしょ?」

「そうなの?」

「そうなのよ・・・それに領都を見たらそこの領主が領民の事をどう思っているのか大体分かるものよ」

「そうなんだ・・・」


 そうえいば辺境にあるにしてはエルムの街は活気のある街だった。農耕と牧畜が中心の街で、他の領よ優れた特産があるという話は聞かないのにだ。


「ミュラー様は立派な領主じゃよ」

「父さん知ってるの?」

「マリアが王都に行っている時に村に来たことがあったのよ。先代のモーゼス様が急逝して代替わりし、さらに戦争が起こったので色々忙しくて、しばらく来れなかったと謝られてたわね」

「そうじゃ、そんな事を言っておった」

「何で村に来たの?」

「元々オークの群れが村に来るようになっていてそれを訴えていたのよ。ミュラー様が戦地から戻って来た領主軍を編成して巣を潰してくれたわ」

「オークは儂とアンナでも抑えられたが、巣が育ち続けたら手に負えなくなっていたじゃろうな。モーゼス様は訴えればすぐに対処してくれる方だったのじゃが、あの時は来てくれなくて困っておった」

「そんな事があったの・・・」

「エルム領はゴブリンぐらいがたまに巣を作って大騒ぎになる所なのよ。それはモーゼス様とミュラー様が領内の魔物の討伐を積極的にしてくれるからなのよ。おかげで農産物を荒らされたり、家畜が襲われなくなったり、獲物を横取りされる事がとても少ないの」

「儂らは冒険者時代にこの辺りに来て、モーゼス様の領民に対する姿勢を知ったのじゃ」

「そうなんだ・・・」


 ヨウムお爺ちゃんとアンナお婆ちゃんの両親は共に冒険者で、故郷が無いと言っていた。アンナお婆ちゃんがマリア母さんを妊娠した時に冒険者を引退を決めたそうだけど、ここの領主が良い貴族で領地が豊かだと知っていたからベヘム村を故郷にすると決めたのかもしれない。


「もしかしてミュラー様に嫁ぐつもり? 確か奥方様がいたはずよ?」

「事情を手紙で伝えるつもり。エメール公爵を紹介してくれるかもしれないでしょ?」

「この中にエメール公爵からの手紙はないの?」

「エメール公爵と同じ派閥の人からの手紙はあるわ、でも公爵自身からは来てないわよ」

「その人に紹介されるのではダメなの?」

「その人に恩を売ってしまう可能性があるのよ、その人が良い方ならいいけど、違う場合はいつの間にか私は奥さんにされて、アニーを奪われるわ。だから良い方と評判のエルム男爵に相談した方が良いと思うのよ」

「貴族の事は良く分からないけどそういうものなのねぇ・・・」


 貴族って面倒なんだな・・・僕は冒険者になって自由に過ごす方が良いな。

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