第6話 2人の時だけなら(エカテリーナ視点)

「君には「雲」の加護を・・・ってあれ?「海」って加護も持っているね・・・うーん・・・前にもこんな事があったな・・・」

「あの・・・」


 6歳になり加護を授かったったので、領都にある聖堂でヤハー様から神託を受けたのだけれど、ヤハー様の言葉はゲームでの事務的な声でではなく、かなり砕けた感じがした。


「あぁ・・・変な事を言ってしまったね・・・でも「海」って誰の加護だろう?君、僕以外の神様に会ったことある?」

「いえ・・・でも私、前世の記憶があるんです」

「前世の記憶?」

「はい・・・私は地球という星に産まれて大人になり死ぬまでの記憶があります」

「そういのを前世っていうのか、なるほど・・・君の様な存在って僕たちみたいな力があるんだねぇ、それも「海」の加護による力なのかな?」

「何の事ですか?」

「あぁ・・・君たちは神と呼んでいる僕たちは不滅だと思っているようだけど寿命はあるんだよ、でも記憶を持って生まれ変わるんだ、そこで力をつけてまた今みたいに世界を創造して神をするんだよ。生まれ変わった時に以前持っていた力を保持するというのは、本来僕たちだけが持つ力なんだよ」


 聞きたい事とはズレた回答だけど、神がどういうものか少しだけ分かった気がした。


「あの・・・「プリンセスエデン」って知ってますか?」

「君に加護を与えた神の名かい?聞いたことが無い名だね」

「いえ、この世界が「プリンセスエデン」という乙女ゲームの世界なんです」

「うん?この世界の創造と観察は僕にとっては遊戯みたいなものだけど、特に名前をつけては無いよ、強いて言うなら世界は僕の名と同じヤハーかな」

「そうじゃ無いんです、前世には、この世界を舞台にしたゲームがあって、それが「プリンセスエデン」という名だったんです」

「へぇ・・・面白いね、僕の事を知ってる神が君の世界で作ったのかな?」

「分かりません・・・でももしそうなら、私を殺さないよう、その神様にお願いしたいです」

「神が人を殺す?何でわざわざ?人なんて100年も経てば勝手に死ぬのにさ」

「そうじゃ無いんです、そのゲームの中で私は必ず殺される運命にあるんですっ!」

「どういう事?」


 どうやら1から話さないと理解してもらえないようだ。ヤハー様はこの世界を創造した神様のようだけど、人の心を読めるほど全知全能って訳じゃ無いらしい。


△△△


「なるほど・・・そういうゲームを乙女ゲームっていうんだね」

「それで私には死なない運命があるのでしょうか」


 私はゲームの内容を知っている限りなるべく詳細に話し、現在いかに狭い選択肢の中で苦しんでいるのかを伝えた。


「それは君の努力次第じゃないかな・・・確かに君にはそういう運命があるのかもしれない。矮小な存在が大きな力に流されるというのは普通にある事だからね。だけど聞く限り、君を死に導く力は君が逃れられない程大きな力じゃないよ。逃れられない運命というものは、星に物体が落ちて人が全て焼け死ぬとか、火山の噴火で寒冷化して人が全て凍え死ぬといった事だけど、それは君が生きている間には起きないよ。君だけの生き死にというものは世界にとっては小さいものだ。だからそんな小さな事に関して世界はそんな狭い選択肢しか与えたりなんて事をしない。例えばゲームの中の君は僕とこうやって話はしなかったんだろ?既にゲームとは違う選択肢を取って君の死という未来の確率は変わっていると思うよ。僕達神が他の世界に直接干渉するなんて聞いたことが無い。もし君の周囲を恣意的に干渉する神がいたら、僕が防いであげるよ。この世界では間違いなく僕の力のほうが強いからね。でも君に肩入れして優遇する訳じゃ無いから勘違いはしないでね?」

「分かりました、自分の手で抗ってみようと思います」


 この世界の神様から自らの行動で運命を変えられるというお墨付きはとても嬉しいものだった。運命力とか強制力というもので抗えないと言われたら、私は無気力に生きるしかなかっただろう。


「でも「加護」を渡して送り出すなんてすごい神もいたものだね」

「どうしてです?」

「「加護」というのは僕の力の一部だよ、君たちが死ねば、その力が成長した状態で僕に返って来るんだ。「加護」を渡して他の神の世界に送り出すって事は自らの力を他の神に譲渡する事だ、そんな自からが消滅する可能性がある事をする神がいるなんて僕は知らなかったよ」

「なるほど・・・」


 私に加護を与えた存在はこの世界の神様から見たらとても特殊な存在らしい。地球の神様は絶望し滅びたがっているとでもいうのだろうか。


「たまに祈りの間に来て報告してくれると嬉しいな、君みたいな存在は、僕にとってはとても刺激的だからね」

「はい、必ず」

「じゃあ頑張ってね」

「ありがとうございます」


 ヤハー様の声はそれっきり聞こえなくなった。


△△△


 祈りの間を出て礼拝堂に行くと、マグダラ公爵夫妻だけではなく、貴族派閥の貴族たちや、公爵家お抱えの騎士や魔術師が一斉に拍手をして出迎えてくれた。


「どうだった?エカテリーナ」

「ヤハー様より「雲」を与えたと言われました」

「でかしたぞっ! さすが私の娘だっ!」

「ありがとうございます」


 「雲」の加護は「日」の加護ほどでは無いけれど稀有な加護だ。ゲーム中でも「日」の加護を持つのは、国王と皇太子とルメール公爵とヒロインの4人だけ、そして「雲」の加護を持つのは国全体でも私を含めて21人しかいないと言われていた。


 私の言葉に列席者達から「おぉ!」や「おめでとうございます!」や「貴族派も安泰だ!」という声があがる。ケバい化粧の今世の母親であるマグダラ公爵夫人が「あなたが生まれてくれて嬉しいわ!」と言って抱きしめて来た。


「エカテリーナ良かったな」

「クゾルフ兄さま、ありがとうございます」


 長兄のクゾルフは私に祝福する言葉をかけていたけれど、悔しそうな顔をしていた。「雲」より1つ劣るとされる「嵐」の加護を持っているそうなので、嫉妬しているのだろう。


「父上や婚約者殿もさぞ喜ばれるだろう」

「はい、そう思っていただけるのなら嬉しいです」

「エカテリーナは非常に謙虚だな、次代の王妃になんだ、もっと女帝の様に振る舞えるようにならんといかんぞ」

「はい・・・」


 王妃になりたいなんて望んでない。それは私が将来殺されてしまうフラグなのだから。


「さぁ屋敷に戻りお披露目だ、「雲」の加護で得意な雷魔術がどうなるか是非見せておくれ」

「はいお父様」


 マグダラ公爵夫妻の傲慢さや強欲さには辟易していて家族としての愛情は既に感じて居ない。けれど今の私はまだ6歳の小娘だ。今は従順なフリをするしかない。


△△△


 強烈な光と共に空気が震え「ビシャ!」っという音と「ドーン」と弾けるような音がして、屋敷の庭にある最も大きな大木が裂け燃えだした。木の周囲に居た人達が大勢倒れており、阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。


「な・・・なんだその魔術は・・・本当にただの雷撃なのか?」

「た・・・助けてくれ・・・」

「急いで治癒士を呼べ!」

「ママーっ!」


 昨日使った時は、ピリッと相手に静電気を感じさせる程度の魔術だったはずなのに、お披露目で唱えたらとんでもない魔術になっていた。これが「雲」の加護の効果なのだろうか。


「エカテリーナ・・・本当に「雲」なのか?「日」じゃないのか?」

「いえ・・・ヤハー様から「雲」だと聞きました」

「そんな筈は無い! 「雲」の加護を得たばかりでこんなになるわけない!」

「加護を偽ったら死罪なのでしょう? 嘘はつきません」

「「日」なのに「日」じゃないと申告しても死罪だっ! どう考えても「日」でしかあり得ないのに「雲」だと申告出来るかっ!」

「嘘はついておりません・・・」

「聞き間違いをしただけだろう、皇太子殿下と同じ「日」の加護を貰った謙虚なお前は、遠慮して「雲」だと思い込んでしまったんだ」

「・・・」

「エカテリーナの魔術は「日」の加護を得ている国王陛下の魔術よりすごいんだぞ?だから間違いない」

「はい・・・」

「よしよし良い子だ・・・」


 雷撃を使う事を宣言していたので、屋敷の庭でのお披露目会の参加者がある程度衝撃があると心づもりをしていた事と、水魔術が得意な治癒士達がいたおかげで死者は出なかった。

 ただ頭髪が焼け焦げてしまった御婦人や、服が裂けてしまった老紳士や、失明してしまった少年などが出てしまった。

 マグダラ公爵夫妻は私に気にしなくて良いと言うけれど、私はそんなに薄情な存在じゃない。

 私は少年を引き取って側仕えにしたいと言った。マグダラ公爵家と仲が良いマクレガー侯爵家の分家であるマクレガー男爵家長男のエバンス・マクレガー君だ。

 今回の件で失明してしまった事と、「火」の加護であった事で、マクレガー男爵はエバンス君を廃嫡し「土」の加護を持つ弟を嫡男にした。


「僕のような者を傍に置いて下さりありがとうございます」

「私のせいであなたなら明かりを奪ってしまったのだもの、謝るのはむしろ私の方よ」

「エカテリーナお嬢様・・・」

「これから私たちは兄妹になりましょう?エバンス君が2歳年上だからお兄ちゃんだね」

「いけませんお嬢様っ! クゾルフ様を差し置いてそんな事をっ!」

「2人の時だけならいいでしょ?エバンスお兄ちゃん」

「っ!」


 あの日轟いた雷撃による空気を引き裂く音は、公都どころか隣領まで聞こえたらしい。

 私はその日から周辺国まで「雷公女」と呼ばれる事になった。

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