第10話 面倒くさい昼休み 

 俺としーちゃんは、朝のホームルーム開始前ギリギリに、教室の中に滑り込むことができた。


 席についたタイミングで先生が教室に入ってきて、すぐにホームルームが始まった。


 俺は、ただただ『面倒なことになったなあ』と憂鬱な気分になっていて、ホームルームの最中も上の空だった。


 頬杖をつきながらボケーッとしている俺を、深雪がにらみつけていることに、俺は気づいていなかった。


 ―――――――――――――――――――――――


「芽吹君……ちょっと来て……」


 ホームルームが終わった後、しーちゃんが小声で手招きしながら俺を呼び寄せた。


「何、どうしたの?」


「芽吹君、スマホ持ってる?」


「ああ、持ってるよ。それがどうかした?」


「連絡先、交換しよ! 私達には情報交換が必要不可欠だからね!」


「ああ、そういうことか……いいよ、交換しよう」


 俺としーちゃんは、連絡先を交換した。


「何か新しい情報をキャッチしたら、すぐに連絡してね。頼んだよ、芽吹二等兵」


「……了解しました」


 何で二等兵なんだよ……完全に部下扱いじゃねーか……まあ、いいけどさ。女子と連絡先交換か……理由は別として、なんか嬉しいな、ウヘヘ……


 にやけている俺を、鋭い目つきでにらんでいる深雪に、まだ俺は気づいていなかった。


 ―――――――――――――――――――――――


 二時間目が始まって少し時間が過ぎた頃、前の席の女子から手紙が回ってきた。


 手紙には『芽吹君へ』とかわいい字で書いてあった。


 明らかに深雪の字だ。


 なんだ? 今日はモールス信号じゃないのか?


 不信に思いながら手紙を開いたら、寒気がする内容が筆ペンで記されていた。


「昼休み、弁当を持って屋上へ来られたし。逃げるべからず」


 何だよ! 怖えーよ! 授業中に女子から回ってくる手紙の内容じゃねーよ!


 内容が、完全に果たし状じゃねーか!


 大体なんで筆ペンなんだよ! 女子高生って筆ペンを常備してんのか? あいつ、授業中に写経とかやってんじゃねーだろうな!?


 俺が怯えながら深雪の方に目を向けると、深雪はニタア~ッと笑っていた。


 ―――――――――――――――――――――――


 二時間目が終わり、憂鬱な気分がピークに達していた俺は、またしーちゃんに呼ばれた。


 またか……今度は何だ?


 俺が沈んだ表情でしーちゃんの席にいくと、俺の気持ちとは裏腹に、しーちゃんは笑顔で俺に誘いかけてきた。


「芽吹君、お昼、一緒に食べない?」


「えっ?」


「お昼を食べながら、作戦会議だよ。普通に聞いても、深雪はなかなか教えてくれないだろうからね」


 俺は答えをもう知っているんだけどな……


 そんなことより、俺には絶対に守らなければならない先約がある……


「ごめん、しーちゃん。先約があるんだ」


「あっ、そうなの?」


「うん。しかも相手は深雪なんだ。すごく良い言い方をすれば『お昼ご飯を屋上で一緒に食べよう』ってさ」


「なんだ、いきなりチャンス到来じゃん! 芽吹二等兵、貴様に命令する! 深雪の好きな人、もしくはその人に関する何らかの情報を仕入れてくるように!」


「りょうか~い」


「こら! 何よ、そのだらけた返事は? 朝、同盟を組んだばかりでしょ? もっとしっかりして!」


「は、はい……すいません……」


 何で謝ってんだろう、俺……


「よし、下がってよし」


「あ、ありがとうございました……」


 俺はいいかげん面倒くさくなりながら、席に戻った。


「めぶっちゃーん、どうしたの? 暗い顔して? せっかくの高校生活、もっとエンジョイしようよ~」


 不意に真悟が、後ろから俺の両肩を叩いた。


 「真悟、悪いけど一人にしてくれないか……俺、何だかとっても疲れたんだ……何だかとっても眠いんだ……」


 そう言い残して、俺は机に突っ伏した。


 ―――――――――――――――――――――――


 そして、待ちに待っていない昼休みがやってきた。


 教室内を見ると、既に深雪の姿はない。


 なぜか、しーちゃんの姿もなかった。


 俺は重い足取りで、弁当を持ってトボトボと屋上へと向かった。



 桜ヶ丘高校の屋上は、高校にしては珍しく開放されていて、昼休みにもなるとカップルがそこかしこで昼食をとっている。


 俺がキョロキョロしていると、背後から聞き慣れた声がした。


「ここよ、遅かったわね、あたしを待たせるなんていい度胸よ」


 こいつ、いつの間に俺の背後を……まったく気配を感じなかった……


「さあ、お弁当を食べましょう。あなたが精魂込めて作った、おじさまと同じお弁当をね。私、楽しみにしてたの」


「あ、ああ。今日の弁当は自信があるぜ。きっと今頃、職場の親父もびっくりしているはずさ」


「それは楽しみだわ。ちょうどあそこが空いているわね。あそこで食べましょう」


「お、おう」


「そう身構えないでよ、芽吹には色々聞きたいことがあるだけよ。ここで洗いざらい話してもらうわ」


 まったく楽しくない昼休みになりそうだな、こりゃ……


 俺がふと右側の方へ視線を移すと、ここからは死角になる遠くの方から、ひょっこりしーちゃんが顔を出して、ウインクして親指を立てていた。


 やれやれ……

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