第9話 しーちゃんと同盟

 清水しみずさんは、校舎裏まで俺を連れていき、ようやく俺の襟から手を放した。


「ここなら、誰もいないね……念のために確認、確認っと……」


 清水さんは、キョロキョロしながら、周囲に人がいないか確認している。


 俺はなんで清水さんに校舎裏に連れてこられたのか、さっぱりわからなかった。


 はっ! もしかして告白!? 一目惚れ!? いや、ない、ない……


「春野君!」


 名前を呼ばれて妄想から我に返った俺の目の前には、かなり近づいた清水さんがいた。


 こ、これは……まさかのファーストキス!? いや、まさか……


「な、なに……?」


 清水さんは俺に吐息がかかるくらい顔を近づけている。


 ああ、なんだかいい匂いがする……吐息も心なしかレモンの香りがする……よく『ファーストキスはレモンの味』とか言うけど、こういうことかなあ……


「深雪とはどういう関係!?」


 俺は一気に現実に引き戻された。


 どうやら、告白でも、ファーストキスでもないらしい。


 「『どういう関係』って、ただの幼なじみだよ……」


「本当にそれだけ!?」


 清水さんは俺との距離を保ったまま、まっすぐな目で質問してくる。


「お、おう……ただの幼なじみだよ……」


「付き合ってないの!?」


「ないない! 付き合ってなんかいねーよ!」


「本当に!? 私の目を見て、ちゃんと答えて!」


「俺と深雪は、付き合っていません」


 俺は言われたとおり、じーっと真剣に清水さんの目を見つめた。


 清水さんって、まじまじと見るとかなり可愛いぞ……


 俺の目を見つめていた清水さんは、突然笑いながら俺の肩をバシバシ叩いた。


「いや~ごめんごめん、あたしのカンも鈍ったなあ~」


 清水さんは真面目な顔に戻り、俺に頭を下げた。


「ごめんね、春野君。あたし、春野君と深雪が付き合っていると思ったの」


「なんでそんなこと思ったんだよ?」


「だって、一緒に登下校してるし、今日なんかお弁当渡してたでしょ? あたし見てたんだからね」


 げっ! そんなところ見られてたのか! 全然気づかなかった!


「そ、そんなところを見てたなんて、し、清水さんの家は俺の家に近いのか?」


「ううん、歩いて二十分はかかるよ。あたし、今朝早起きして、バレないように張り込みしてたんだ」


 張り込むなよ……


「でも、なんで付き合ってもいないのにお弁当を渡してるの? お母さんが作ってあげてるの?」


 ギクッ! やっぱり、そこが疑問になるよね……


「あ、ああ……うち、母親がいなくてさ、毎朝俺が親父と自分の分の弁当を作っているんだ。それを聞いた深雪が『私も食べてみたい』っていうから……」


「そうなんだ……ごめんね、変なこと聞いちゃって……」


「いや、いいよ、気にしないで。こっちこそ変なこと言って悪い」


「春野君……あのさ……」


「何?」


「あたしを一発、思いっきりビンタして!」


 ええっ! 何で急にそんな展開になるんだ!?


「む、無理だ! 女の子は殴れねーよ! っていうか、そもそもなんでビンタしなきゃいけねーんだよ!?」


「お詫びと気合いを入れる意味でだよ! バチーンッと! 闘魂注入! バッチこーい!」


 清水さんは目をつぶって歯を食いしばりながら、俺に顔を近づけている。


 こんな時、どうすりゃいいんだ? ええい! こうなったら!


 ペチ。


 俺は清水さんの頬を撫でるように軽く叩いた。


「これ以上は悪いけどできねーよ。俺は清水さんに対して何も怒ってねーしな。これでチャラってことにしようぜ」


「春野君……あんたって奴は……あんたっておとこは……」


「要件がこれだけなら、もう教室いこーぜ。朝のホームルームに遅れちまう」


「待った! 春野君、もう一つ教えて!」


「まだ何かあるのか?」


「春野君は深雪のこと好き?」


「好きとか嫌いとかじゃないな……幼なじみ……っていうか腐れ縁かな」


「そっか……じゃあさ、深雪が好きな人に心当たりある?」


 はい、うちの父親です、なんて言えるわけがない。


「さ、さあ……俺は聞いたことないけど……深雪に好きな人なんているの?」


「いや、それがさ、深雪に『好きな人いる?』って聞いたことがあってさ。そしたらあの子、真っ赤になってモジモジしながら『……い、いないよ』って。これって絶対に好きな人がいると思わない?」


「ど、どうかなあ……」


「絶対いる! あたしのカンは外れたことがないんだから!」


 さっき、思いっきり外れてたじゃねーか……


「そこでだね、春野君、君にも手伝ってほしいんだよ」


「何を?」


「もちろん、深雪の好きな人探しをだよ」


「えーっ! いいよ、俺は……」


 ごめんなさい、もう知っているんです……うちのイケオジです……


「そんなこと言わないで! ほら握手!」


 俺は無理矢理右手をつかまれ、握手をさせられた。


「二人で『深雪の好きな人を探す同盟』結成だよ! あ、それから、あたしのことは『しーちゃん』って呼んでね! あたしも『芽吹君』って呼ぶから!」


「あ、ああ、はい……わかりました、しーちゃん、さん……」


「『さん』はいらない! しーちゃん!」


「はい! しーちゃん!」


「オッケイ! それじゃあ今日から早速行動開始だよ! とりあえず教室に急ごう! 芽吹君!」


 俺は握手をしたまま、しーちゃんと教室まで走っていった。


 面倒なことになったなあ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る