第4話 家に来る理由

「――であるからして、本校の生徒になられました君たちには、どうか三年間、健やかに、のびのびと、勉学に、そして運動に励んでもらいたいわけであります。昨今の――」


「ふあ~あ、ねえ、めぶっちゃーん、よういっちゃーん、校長の話、長くね? まあ、校長の話が長いってテンプレだけどさぁ」


「おい、真悟、そんなことを言うもんじゃない。ありがたいお話だぞ。我慢して聞くんだ。なあ、芽吹?」


「はは、そうだな……」


 体育館に集められた俺達は、校長先生のありがたいお話を、実に二十分聞き続けている。


 確かに長い……


 毎朝早起きしている俺にとって、校長の話のトーン、内容のつまらなさは、容赦なく俺を睡眠へと誘おうとする。


 しかし、俺がウトウトしかけると、あのモールス信号の恐怖が俺を呼び覚ました。


『ニゲルナヨ』


 何だよ! 怖えーよ! 学校で女子にモールス信号で『逃げるなよ』なんて送られる奴、日本で俺一人だよ、絶対!


 大体、深雪の奴、俺の家に来て何するつもりだよ!?


 そんなことが、頭の中でぐるぐると回っていたら、いつの間にか校長の話が終わりを迎えようとしていた。


「――であります。これで私の話を終わります」


「一同、起立! 礼!」


 こうして、入学式は不安を抱えたまま、終了した。


 ―――――――――――――――――――――――


 入学式の後のオリエンテーションも終わり、ようやく解放された俺は、真悟と洋一の二人とたわいもない話を喋っていた。


 ふと深雪の席を見ると、深雪は既にいなかった。


 まさか、もう校門で待っている……?


 慌てて窓の外から校門を見ると、待っている深雪の姿が見えた。


 まずい! 急がねば!


「ふあ~あ……やっと終わりかぁ……めぶっちゃーん、この後どうする? ゲーセンでも行く? それともナクドナルドでも行く?」


「あ、いや、真悟、悪いけど……」


「ナクドなら俺も行くぞ、小腹が減ったしな。なんだ、芽吹、お前は行かないのか?」


「いや、ごめん、洋一、その……本当は行きたいんだけど、その、先約が……」


「先約? 約束があるなら仕方がないな。真悟、ナクドは二人で行こう」


「ありゃりゃ、男二人でさみしいなあ……ま、仕方がないか! ところで、めぶっちゃーん。先約って何?」


「あ、いや、その……ごめん二人とも! また今度誘ってくれ! じゃあな!」


 俺は真悟の問いには答えず、謝りながらダッシュで教室を飛び出し、校門へ向かった。


 ―――――――――――――――――――――――


「はあっ……はあっ……ごめん……遅くなった……」


「あたしを待たせるなんていい度胸ね……まあ、いいわ。今日のところは家に上げてもらえるって事で許してあげるわ。ほら、鞄持って」


「はい……」


 深雪は足取り軽く、俺はトボトボと足取り重く歩き始めた。


「おい、あれって1-Bの冬村深雪じゃねえか?」


「本当だ……可愛いなあ……ところで誰だ、あの鞄を持たされている冴えない男は?」


「まさか彼氏か?」


「いや、女友達に聞いたら、まだ彼氏はいないって話だぜ」


「じゃあ、何なんだ、あのいけ好かねえヤローは?」


 俺の背中に知らない男子達からの、鋭い視線と侮蔑の混じった疑問の声が突き刺さる。


 そうです…… 彼氏なんかじゃないんです…… 冴えない奴なんです…… いけ好かない奴なんです……


 俺が自虐的になりながら歩いていると、不意に深雪が話しかけてきた。


「どう? 芽吹。新しい友達はできた?」


「いや、まだ……今日は真悟と洋一とばかり話してたから……」


「ぐずね、あんたは……見た目は悪くないんだから、もっと社交的になったら彼女ができるかもよ? まあ、もっとも、その前に髪型と眼鏡を変えないとダメだけどね。とりあえず、そのアホ毛を何とかしなさい。常に妖気を感じているみたいよ」


 くそっ、人のことを、ちゃんちゃんこを着てリモコン下駄を飛ばすような子供みたいに言いやがって。


 しかし、俺は深雪の言うとおり、決して不細工ではない。


 むしろ整った顔立ちをしている。


 俺の母親も、綺麗な人だった。


 あの親父とお袋の遺伝子を継いでいるんだ、カッコ悪いわけがない。


 身長だって百七十五センチ、体重六十五キロ、立派な体つきだ。


 では、なぜモテないのか?


 それは、この左目が完全に隠れる七三分け(アホ毛付き)のヘアスタイルや、やたらレンズが分厚い黒縁の眼鏡、猫背、そしてこの非社交的な性格のせいだろう。


 どうやら、趣味嗜好や性格までは遺伝しないらしい。


 せっかく高校生になったんだし、思い切ってイメージチェンジしてみようかな……


 そうすれば、深雪が言っていたみたいに、本当に彼女ができるかもしれない……


 そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか家の近くまで来ていた。


「家に来るのはいいけどさ、一体何しに来るんだよ?」


 俺の質問に対して、深雪は下を向いて顔を赤くしながら、何かゴニョゴニョ呟いている。


「うん? 何? 聞こえないよ?」


 俺が聞き直すと、意を決したように、深雪は俺の目をまっすぐ見て言った。


「おじさまの部屋に入らせて!!」

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