第3話 恐怖の信号

 学校に着いた俺は、あらためて学校を見上げた。


 受験に来た時も思ったけど、やっぱり大きな学校だな……


 少しドキドキしながら正門から入っていくと、クラス分けの大きな表が張り出してあった。


 えーっと、俺は……あ、あった、1-Bクラスか……他に知ってる奴はいるかな?  げっ! 深雪も同じクラスじゃねえか! マジかよ……


「めぶっちゃーん! 久しぶりーっ!」


 不意に、俺の背中に抱きついてくる奴がいた。


「……久しぶりだな、真悟しんご


「あれー? どうしたの、めぶっちゃーん、テンション低くない? 今日、これから入学式だよ? しかも、あの冬村深雪ちゃんと同じクラスだよ? テンション爆上がりじゃなーい?」


「……ははは……そうだな……って、あれ? ってういことはお前も同じクラス?」


「そうだよー。俺も1-B。一年間よろしくねー、めぶっちゃーん!」


 今、俺の背中に抱きついているのは、田川たがわ 真悟しんご


 首が隠れるまで伸ばした茶髪のロン毛と、人なつっこい口調が特徴の、俺と同じ中学出身の男だ。


 一見チャラ男だが、実は成績が良く、中学の時は常に五位以内には入っていた。


 裏表のない性格で、俺の親友だ。


「よろしくな、真悟」


 俺と真悟が話していたら、もう一人、横から俺に握手を求めてくる奴がいた。


「よう、芽吹。卒業式以来だな。俺もお前と同じ1-Bだ。よろしくな」


「おおっ、洋一! 久しぶりだな! お前も1-Bか!」


 俺に握手を求めてきた男は、進藤しんどう 洋一よういち


 こいつも俺と同じ中学出身で、毎日、一生懸命授業でノートをとり、家に帰ってからも予習復習を欠かさず、努力に努力を重ねてきた秀才だ。


 その真面目な性格がみんなに好かれ、厚い信頼を得て生徒会長を務めていた。


 俺もその性格が大好きで、親友の一人だ。


 俺は洋一とがっちり握手を交わし、喜びを分かち合った。


「いやあ、実は、クラスに知ってる奴がいなかったらどうしようかって、少し不安だったんだよ」


「それは俺もだよ! めぶっちゃーん! よろしくねー!」


「俺も不安だったけど、真吾やお前を見て安心したよ。有意義な高校生活を過ごそうな、芽吹。さあ、そろそろクラスに入ろうか」


「ああ、そうだな」

 ―――――――――――――――――――――――


 クラスに入って席に座ると、他の男子のひそひそ話が耳に入ってきた。


「おい、誰だよ、あの子……めっちゃかわいいじゃん……」


「名簿を見ると冬村ふゆむら深雪みゆきっていうらしいぜ……このクラスにあんな可愛い子がいるなんて、俺達ラッキーだよな……」


 男子の注目の的になっている深雪を見ると、周囲のクラスメイトと早くも打ち解け、楽しそうに話している。


 背中まで伸ばしたダークブラウンの髪、大きくパッチリ二重の目、スッとした鼻筋、桜色の唇、高校一年生とは思えない見事なスタイルは、確かに見たものを魅了するだろう。


 それに加えて、スポーツ万能、成績抜群と非の打ち所がない。


 性格もいたって温厚で、とても人に優しい。


 俺以外には。


 まあ、別にいいんだけどね……


 俺は深雪から目を離し、ポケーッと天井を見ながら、明日からの弁当をどうしようか、そんなことばかり考えていた。


「あれー? どうしたの、めぶっちゃーん! やっぱりテンション低くない?」


「そうだぞ、芽吹。何か心配事でもあるのか?」


 俺がボケーッと締まりのない顔をしていたら、真悟と洋一が心配して俺の席に集まってきた。


「はは、大丈夫! 心配事なんて何一つねーよ!」


 急に大きな声で否定した俺を見て、真悟も洋一も驚いて、顔を見合せていた。


「それならいいけどさー、ねえねえ、めぶっちゃんはどの子が好み? やっぱこのクラスでダントツなのは深雪ちゃんだけど、このクラスって結構可愛い子、多いよねー」


 真悟の可愛い子談義に、洋一も食いついてきた。


「ほう、さすがだな、真悟、もうそこまでチェックしているとは……実は俺も、このクラスはレベルが高いと思っている。だがやはり、ダントツで可愛いのは冬村だな」


 真悟も洋一も、二人揃って『深雪推し』なのを聞いて、俺はげんなりした。


 おそらく、クラスの男連中すべてが、深雪推しなんだろう。


 その可愛い深雪ちゃんがイケオジ好きで、しかもそれが俺の親父だと知ったら、みんなどんな顔をすることか……


 そんなことを考えながら何気なく深雪に視線を向けたら、深雪もじっとこちらを見ていた。


 俺と目が合うと、深雪はすぐに視線を女子友達に戻してガールズトークを再開したので、気のせいだと思っていたら、深雪の席から怪しい音が聞こえてきた。


 トーン、ト、トーン、ト、ト、トーン、トーン……


「ねえ、めぶっちゃん、あのさ――」


「しっ! 真悟! 静かに!」


 深雪はさっきから変則的なリズムで、机の上を人差し指で叩きながら、女子と話している。


 俺はその音に神経を全集中した。


 間違いない! あれはモールス信号だ! 昔、俺が教えてやったやつだ!


 なになに……『キョウ オマエノイエヘイク コウモンデマテ』


 怖っ! 何!? 怖いんですけど!


 俺が深雪を見ると、深雪は俺に視線を向け、ニタァ~と笑いながら最後の信号を打った。


「ニゲルナヨ」

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