20.祈りと呪い
「どうか教えてくれ。僕が
アルヴィンは目蓋を閉じた。黒手袋を
その光景を、気持ちだけでも共に見届けたく、僕は瞳を
ダークグレーのボタンレスジャケット、アイボリーのカーディガン、黒いシャツ。更に内側には能力制御具である深紅の帯が巻かれており、その狭間から清らかな白肌が覗いているのだろう。さながら
「ごめん、ゼイ兄さん。教えない。教えられない、ではなく、教えたくない。これは『記憶』の役割を担う眷属としての、ではなく、アルヴィン・スノウという一人格としての……貴方の弟としての、意志」
「……そうか。謝らないでくれ、君は悪くない」
三日月色の上睫毛がゆっくりと持ち上げられ、あざやかな紅色がまた現れる。
何故であろう。その刹那に見た瞳は、息を呑む程アルラズに似ていた。「意志」が堅固な結晶となり、差し込んだ光を冷たく照り返しているかのような……外側から
しかし、それは
「これから先も、何度ゼイ兄さんが会いに来てくれたとしても、母さんから授かった責務は渡さない。でも……答えの代わりにはならないけれど、せめて、ある『記憶』を貴方と共有したい。今夜初めて、伝えようと思えたこと」
同じ瞳にあたたかな感情をゆったりと泳がせ、アルヴィンははにかんだ。
「本当に『嬉しい』んだよ。ゼイ兄さんに止められて、苦しく思ったこと、一度もないよ。だから、ありがとう」
「…………っ!」
嗚呼。栞を贈った遠き日のアルヴィンが、まるで変わらぬ姿で目の前に在る。
……フ。こうなっては、僕が示すべき表情、伝えるべき言葉は決まっている。
「疑ったことなど一度としてないさ。
タイミング良くと言うべきか悪くと言うべきか。アルヴィンの
やれやれ、刻限のようだ。突き出され、差し出された手はアルラズのもの。力任せに縦に引き裂いたような空間の繋げ方から、最早選択の余地がない状況と窺える。勿論アルヴィンは躊躇いなく、兄の手を強く掴んだ。
火炎が
また、季節の
「……抜かるなよ、アルラズ」
紅蓮の如きマントを
人の、祈りにも似た言葉を。
〜✴︎〜✴︎〜✴︎〜✴︎〜
《アルラズ・スノウ》
ソイツについての詳細を聞いたとき、まず俺が思ったのは、なんで髪色が
『……兄さん、滅茶苦茶なこと言ってるって自覚ある? あるなら公的な場は勿論、私的な場でも二度と言わないで欲しい』
『言葉以外の音が聞こえないから、判別できないわ。あなた達兄弟は、仲が良いのかしら、悪いのかしら』
『仲
『なー、なんて返すわけないだろ、勝手に
雲上に浮遊する茶室にて。フウさんはカップのハンドルを掴まずに、カップ全体を小さな両手で包み込むようにして紅茶を飲んだ。そして赤い水面に視線を落とし、ほうっと小さく吐息してから証言を続けた。
『あの男の銀髪だけれど、腰まで至るくらい長い上に毛量も多くて、後ろ姿はまるで羊のようだったわ。
少し吊り上がった眼に、瞳は翡翠色。まるで夜闇の中で仄かに発光しているようで……何故かしら、その瞳だけが真実だったのだと思える』
瞳だけが真実、か。
フウさんの直感は、まあまあ正しい。
「我が劇場へようこそ、炎神の
対話に必要な分だけ近づいて、止まる。
満月の夜。わざとらしく浮かび上がった黒い糸を
「我が劇場? ここはアンタの国じゃねーし、アンタの用意した悲劇は開演しない」
ソイツはくつくつと喉を鳴らして笑う。場違いな燕尾服を纏った肩が小さく上下し、光沢ある漆黒の鱗に覆われた、爬虫類のそれに似た尻尾が愉しげに
「随分と自信がお有りのようで。クク、そうでなくては。アナタは謙虚にして怠惰な観客などではない……ワタシと共に舞台で踊るに相応しい、傲慢にして刺激的な役者、なのですから」
「どうでもいい」
軽く持ち上げた右の指先に、最初の紅を灯す。
「簡潔に、俺の質問にだけ答えろ。『本件』を未遂とし、隣国フェオリアのエニレー村で行なった罪悪について、
「正当なる裁き、ですか。流石は『正義』の国の眷属、誘い文句が些か強引だ」
「時間切れ、『無い』と
紅色の糸を左の中指に絡めて引き伸ばしつつ、一歩前へ。いつものやり方で刹那に間合いを詰め、痩せた背中を思い切り
ソイツはくぐもった声を漏らし、あまりにも呆気なく片膝をついた。
邪魔な尻尾は片脚で踏みつけて固定。上から覆い被さるように、大きく波打った硬質な毛髪に両腕を突き入れて。ネックレスを掛けてやるように、
「存在で
研ぎ澄ませた糸を引く。
(キィン、って。耳鳴りみたいな音。聴覚への干渉)
ぷつん、と弾力ある何かが切断される感触。
真っ
これで「終われば」がっかりだ。案の定、と言いますか。二つのパーツに分断された
「まあまあ、そう焦らずに」
愉悦に歪んだ声を背に浴びる。俺は黙して振り返る。
「
両手を広げた予言者の姿は、証言から組み上がる像とは掛け離れたものだった。
まず、肌の色。高く
左の横頭、
だが、聞いていた通りの部位もある。眼だ。
夜闇の中で仄か……どころじゃなく、
視覚、聴覚、嗅覚。この三感における対象者への干渉が、酷く扱いにくい「洗脳」という魔法の
「何度も言わせないでくれます? どうでもいい」
幻影その一の首を
「クク、つれない方だ。では、しばし
月明かりをスポットライト、草原に渡る風を背景音楽に、予言者は実にどうでもいい自分語りをはじめた。愉悦が透けて見える、大袈裟で薄っぺらな悲哀を顔面に貼り付けて。
「ワタシはかつて、一度殺され……呪いという名の黒灰の中より
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