14.二つの茶会
聖都のありふれた、一度きりの朝。
雑踏の中を、彼女はひとり、歩いていた。
腰までを覆う深緑色の髪を静かに揺らして。蜂蜜色の双眸で、ただただ爪先と同じ方向を見つめて。流れに従うことも逆らうこともせず、淡々と歩き続けていた。
すとんと落ちるようなデザインの、飾り気ない
彼女は立ち止まり、頭ひとつ分身長が違う男の顔を見上げた。
「私はフウ。あなたは?」
お、先手を取られたか。ま、いーや。
「アルラズ、アンタの依頼を任されに来た。
というわけで、お急ぎのところ大変恐縮ですが、」
左手を背中に隠し、右の手のひらを仰々しく差し出す。
「ささやかなお茶会にご招待。依頼の詳細、聞かせてくれる?」
「ごめんなさい、礼儀作法を知らないわ。それでも構わないのなら、喜んで」
重ねられた手は小さく、ひやりと冷たかった。
俺は
真ん中に一本脚の円卓が置かれた、木造の四角い小部屋。床と柱と天井だけがあり、壁や扉はない。部屋の外には見渡す限りの青、
流石に風まで再現しちまったらお茶会に差し支えるんでやめといた、が。代わりに
「ど? お気に召しました?」
「……ええ。空を、飛んでいるみたい」
囁くような声で
『ふふ、光栄だな』
俺と賓客は同時に振り返った。
声の
銀のティースタンド、
それらが上品に彩っている、純白のテーブルクロスの
『はじめまして。やむを得ぬ事情の為、声のみの出席をお許しいただきたく。どうぞ、お掛けください。兄が、おもてなし致しますので』
声の主は当然アルヴィンで、ここにいない理由は勿論、情報の摂取を控える為だ。
おもてなし、ねー。ちゃんと
他でもない弟の判断だ。不満? んなもん、あるわけがない。それに俺達双子はあんまり似てねーからこそ、お互いの真似が得意なんだよな。間違えそうになったら、アルヴィンが頭の中でそっと囁いて、軌道修正してくれるだろうし?
「さあ、どうぞ
お帰りについてはご心配なく。一瞬で、済みますから」
俺はアルヴィンっぽい洗練された仕草で、背面と座面に
〜✴︎〜✴︎〜✴︎〜✴︎〜
里長の住まいは良い意味で、権力者の邸宅という雰囲気じゃあなかった。
ここに至るまでに見てきた建物と比べて、外観が遥かに立派に見えたのは、住人全員が
手編みのタペストリーが、壁を覆い尽くすようにびっしり飾ってあるのにはちょっと圧倒された。表された独特の紋様……何となーくではあるけれど、シェールグレイというよりは、隣国フェオリアの
窓には無色透明の良質な
巨木を輪切りにして磨きましたーって感じのローテーブルを囲むようにして、乾き
この人、目の下の
「あの予言についてお話しする為にはまず、我々の先祖とツジカゼ様が交わされた、約束について知っていただかねばなりません。その、フウからは……?」
独特の
里長の家族は、多分ちょい歳上の、ふくよかで大らかそーな奥さんだけらしい。彼女が妙に平べったくてザラザラした手触りの器に淹れてくれたのは、透き通った緑色の苦ーいお茶だった。
んー、砂糖は用意されていないし、多分入れたら
それはさておき。
「聞きましたよ、勿論。だが極めて重要なお話なので、里長さんの口から再度聞いておきたい。『ありのまま』を、話していただけます?」
ローテーブルに右
里長は
彼らの先祖が山林を切り拓いて里を作り、生活を営みはじめてから
帰還した探索部隊は誰も欠けていなかったし、負傷者もいなかったが、全員が酷く動転した様子だった。そして彼らの報告により、里の民達は恐るべき事実を知ったのだ。
『深い森の中に脈絡もなく、
体毛の真白い狼のような頭部、額から突き出た円錐形の角、風に柔らかく
里の誰もが、遭遇した経験を持たなかった。
にもかかわらず、誰もがその魔物の名前を知っていた。
竜。魔物の王……
この世界は、七色の魔力で構成されている。火炎の紅、水の碧、氷の白、雷の紫、大地の橙、風の翠、虚無の黒で七色。この分類は万国共通だ。
で。魔物は、世界を巡り続ける七色の大いなる
竜と呼ばれる魔物は、各属性ごとに存在する。つまり竜と一言に言っても、属性の色を冠した七種類が存在し、それぞれが異なった形態と性質を備えているということだ。
里長が告げた特徴は全て、天空の王者の
「『翠竜』。我々が現在、ツジカゼ様とお呼びしている存在でございます」
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