15.望月の予言
翠竜。確かに、厄介な相手ですねえ。
竜は聡明だ。膨大な量の魔力という武器を、知性で
更に厄介なことに、相手は「天空の王者」……大空を自分の
孤立無援の状況。いつ襲撃の時が訪れるか分からない。計り知れない恐怖と焦燥と重圧の中で、当時の里長が下した苦渋の決断は、小さな犠牲と引き換えにその他大勢を護る、というものだった。
「で、求められてもねーのに
「伝承によれば、成人を迎えたばかりの若い
ふーん、好感が持てる。「伝承によれば」なんて言い方、事実が都合よく
「だ、が、」
とん、とん。左手の人差し指でテーブルを叩き、続きを催促。
「その犠牲は未遂に終わったわけだ。翠竜は女性に危害を加えなかったどころか、
里長は緑茶を啜り、
『命など要らぬ。人間どもの施しなど要らぬ。
未来
我を
ちら、と依頼主の方を窺う。
堅苦しい姿勢を微塵も崩さず、無表情に、ただただゆったりと
「……へえ。じゃーさっきの『
「仰る通りです。ツジカゼ様の起こされる風は強く、嵐鳴りを崩れさせます。風が
「風が止むまでの間?」
「言葉通りの意味でございます。ツジカゼ様のご機嫌が戻ったときには、絶えずこの里に吹き続けている風が止む……風鈴の音が止むのですよ」
納得だ。確かにあのオブジェだけじゃ、始まりは分かっても終わりが分からない。風鈴が騒いでるのに「閑寂を献上」してることになんのかなーとは、今は言わないでおこう。
「成る程ねー、よーく分かったよ。ちなみに、アンタらが約束を破ったことは?」
「一度として、ございません。里が存続していることが
込み上げてきた笑いを、辛うじて
閉鎖的な集落を束ねる権力者ーって偏見からそこそこ構えてたけど、この人の価値観は聖都の人達と
「
予言が
予言者は、外界から訪れた若く美しい男だった。
長く緩やかに波打った銀髪、吊り気味の眼に翡翠色の瞳、血の気を感じさせない白肌。痩躯を包んでいた服装について、里長は「つやつやした生地で作られた窮屈そうな格好」と表現していたが、細かい特徴を聞いた限り、オーソドックスな「
男は樹々の狭間から突如として現れた。里の門番は慌てて木槍を構え、
門番に伴われた男は、携えていた小振りな
聴き慣れない音色に、住人達が次々と集まってきた。早くに
予言者は、夜闇の中で妖しく輝く双眸を見開き、民達一人一人と視線を
そして予言者は片手を広げ、陶酔したような表情で月を仰いだ。歌劇でソリストが歌い上げるように、優美かつ堂々たる声で不吉な予言を披露し……煙のように消えた。姿も香りも、完全に。
「消えた?
「ええ。奇妙なことに、あの方がどのようにして立ち去られたのか、その場にいた誰一人として覚えていなかったのです。皆、そのことよりも予言の内容に動揺し……」
視覚、聴覚、嗅覚。やれやれ、徹底してるなー。
俺は乗り出していた身を引いて、予言の文言を喉奥で繰り返した。
『次に月が満ちる夜、竜は怒り、不義理な里を滅ぼすであろう』
満月は明日の夜だ。「竜」が翠竜ツジカゼを、「里」がこの里を示すのであれば、「不義理」というのは両者が交わした例の約束を破ることだと考えられる。里長の言葉が真実で、約束を
「つまり予言が正しいなら、里の誰かがこれから『嵐鳴りが崩れて、風鈴の音が止むまでの間に外出する』か、『ツジカゼの元をこっそり訪れる』必要があるわけだ。だったら、対策なんて単純明快だと思いますけど?」
里長は叱られた
「アンタ、この里に住んでる全員について把握してるんだよな? だったら今から全員を集めて、明後日の朝まで外に出られねーようにすればいい。里の壊滅より、一時的な不自由の方がマシだろ? 全員が予言を信じてる状況なんだから、反対する奴なんていねーと思うぜ?」
「
「はっきり言わせてもらう。アンタらが信じるべきなのは、何の脈絡もなくふらっと現れた余所者なんかじゃない。気が遠くなるほど長い間、
里長は目を見開いた。
暑くもないのにこめかみを伝う汗、ごくりと上下する喉。
「……私もそう思うわ、長」
ずっと黙り込んでいたフウさんが、また援護してくれた。彼女に出された緑茶は、既に一滴も余さず干されている。俺の分も飲んでくれねーかな。
「大事なのは策の複雑さではなくて、その策が事態に寄り添って、きちんと効力を発揮するものであるかどうかよ。それに、一箇所に集まってもらった方が、いざとなったときに護りやすいわ……私ではなく、彼が、だけれど」
ん、護る範囲は狭ければ狭いほど良い。けど、この里で武装してるのは男性ばっかりだったし、わざとらしく強調しなくてもフウさんが戦うなんて思わねーって。
だから、
「お、お待ちください! いざとなったときに護る、と言うのは……!?」
里長が大袈裟な音を立ててローテーブルに両手をつき、腰を浮かせた理由は、有り得ないと排除していた選択肢が、土壇場で急浮上したからに他ならない。
「王都からの使者」は半目になり、
「里長さん、俺が何の為にここに来たと思ってるんです? フウさんから受けた依頼を適切に処理する為、この里を予言の危機から救う為だぜ?」
「ま、まさか……」
「その『まさか』さ。アンタらが予言を従順に信じる
たとえアンタらが約束を破ろうと、この里が滅びることはない。何故なら、俺が翠竜を倒せるから。心強ーい援軍もいるし、絶対に、ね」
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