第二章 翠竜の舞う夜
13.風吹く里へ
ある夜明け。
細く
しかし、世は移り変わった。
聖都の栄華は、炎神の古き誓約があってこそ。
『未来永劫、この地を護り続ける』
魔物が聖都の領域を侵すことは不可能。結界魔法が一種、「聖なる紅炎」によってたちどころに燃え上がり、魔石を遺して滅するのみ。
炎神が神域……「裁きの塔」の
ゆえに夜明けの光跡については、
最早、有り得ないのだ。
聖都の空を、魔物が翔けることは。
【第二章 翠竜の舞う夜】
《アルラズ・スノウ》
シェールグレイ神聖王国は、母さん……七属性神が一柱、『正義』を司る炎神の加護を受けし大国だ。
世界地図上に長く横たわり、南北に連なるラウヴァ山脈によって東西に二分される領土には、東は王都、西は聖都を中心として自治体が数多く存在し、それぞれ独自の文化を開花させている。
弟のアルヴィンなら、この国の面積も、自治体の数も、そのひとつひとつに住民が何人暮らしているのかも余さず把握してるんだろうけど。双子の片割れながら役割の違う俺は、各自治体へ赴いた経験が自分に有るのか無いのかさえ覚えていない。十回以上有っても
ま。王都より北東の方角、
「いち、に、さん、し、ごー……ん、すげー器用に積んであるなー。全部の民家の玄関先にあるみたいけど、これって何なの?」
「ああ……そちらはですね、使者様。その……」
「なあ
チリンチリンと、到着したときから絶えず聞こえてくる音が沈黙を埋める。木槍で武装した門番に挨拶してから、里長の屋敷を目指して坂を登ってくる間に、木造の飾り気ない民家の軒下で、
この里に吹く風は、涼やかで気持ちいい。それに今のところ、里の住民達よりずっと雄弁だ。
「
お。案内役の背の低い方、今回の依頼主ことフウさんが援護してくれた。
そういえば彼女の声は、この風鈴の音色とよく似ている。高く硬質で、感情の起伏が
「……長が伝えられないなら、私が」
「いいや、分かった。大丈夫……大丈夫だ、フウ。僕からお話ししよう」
案内役の背の高い方、里長さん。
「そちらは我々が『
俺は立ち上がり、振り返った。
おーおー、石垣の外から俺達の様子を
『里の人々は最初、兄さんに協力的な態度を示さない。兄さんだからじゃなくて、外界から訪れる客人そのものが珍しいからだ。でも、壁の内側の存在……フウ殿が一緒なら大丈夫。里の存続に関わる緊急事態なんだから、
成る程。閉鎖的ではあるが過激ではない……「王都からの使者」に敵意を抱く程じゃあないらしい。流石は可愛い我が弟だ。あの子が書いた脚本の、数ページ先の
ふと見遣ればフウさんが、蜂蜜色の瞳でこちらをまっすぐ射抜いていた。縦に細長い瞳孔をした、
「……共生、してきたというのに……」
二十代後半という若さで里長の座に就いている痩躯の青年は、「嵐鳴り」とやらを睨み続けていた。わざわざ水辺で拾ってきたような丸くて平たい石を、絶妙なバランスで高く高く積み上げて作られた……
街々を繋ぐ糸が次第に太く強固になっていく時代に、山奥でひっそりと孤立する里。依頼主にとって何よりも大切な場所。護る為なら、命を賭しても構わない程に。
吹き抜ける風は優しく、駆け巡る水は清い。文明は前時代的ながら、人々は貨幣や魔力の色・量といった価値基準に縛られることなく、協力して日々の暮らしを営んでいる……と依頼主から聞いた。
この里は今、滅亡の危機に瀕している。
少なくとも、里の民達は皆、そう信じている。
外界から
『次に月が満ちる夜、竜は怒り、不義理な里を滅ぼすであろう』
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