~母体(はは)と息子の奈落の底にて~(『夢時代』より)

天川裕司

~母体(はは)と息子の奈落の底にて~(『夢時代』より)

~母体(はは)と息子の奈落の底にて~

 悉く世に阻まれながらも俺の思惑(こころ)は時制を越え行き生きる為のノルマを手にして小さな〝羽〟をぴくぴくちかちか羽ばたかせた後(あと)、九州の名月ではない中秋の名月でも見ようか算段しながら過去を洗った三日(みっか)の日々に彷徨い始めて、俺の思惑(からだ)は夜雲を越え行き満月(ひかり)を横切りすいすい泳いで、南は果て、九州の地へまで遠い周辺(あたり)を旅したようだ。過去とは誰か俺より別人の過去かと思いきや、ひっそり佇む俺の過去でありつつ、記録も言葉も輝(ひか)って俺の記文(きぶん)は暫く後世(あと)まで確立して居た。唯、憶測尽くめで理詰めの浅慮にほとほと愛想が尽きて憎んでさえ居て、何故人は解り易い文章でなければ〝面白くない〟と唯一刀(いっとう)の下(もと)に切り捨てるのかを散々憂慮しながらとぼとぼ独歩(ある)いて夜道を巡り肢体(からだ)を支え、彼(か)の作家の独歩(ある)いた哀しみ等にも配慮させられ、俺は異国文化を体好(ていよ)く支えて現在(いま)も活き行くプーシキンの有体を知りつつ、又太宰の夜道にふと目を止めゆらゆら動いた葦など無頼の肢体(からだ)を大事としながら、「我が悲しみ」にぽつんと置かれた理詰めの様相(プライバシー)の程度(ほど)を体好く収めて狂々(くるくる)泣いて、月光(あかり)の下(もと)にて如何(どう)でも〝進む〟時の力に圧倒されつつ芥の皮膚(かわ)などくるりと抓(つね)って目覚めを待った。兎角、鍍金(めっき)が剥がれ掛けた俺の体動は慎ましやかに音も発(た)てずに流動して行く人渦(ひとうず)に紛れて頭(かしら)を出さず、遠くへ寝そべる自由の火柱(かちゅう)に己を見立ててえっちらおっちら、独創(こごと)を組(く)べては希望(ひかり)を奪(と)った。奪(と)られた天空等には明日(あした)を見知らぬ生命(いのち)が返って自転を知りつつ、地球(ここ)で生き行く人の快感(オルガ)にどれ程姿勢(すがた)を射止めて喉も枯らして独走(はし)って行っても、未熟を愛して成長出来ない小僧の不甲斐は、連動して行きそれでも他(ひと)の同様(おなじ)に一連(ドラマ)を紡いで生き行くものだ、と並の覚悟と酔狂等にもつい又ぽつりと紅く成って、俺の独身(からだ)は〝仕方が無いさ〟と日の目を見る為何処(どこ)ぞの死地まで訪ねて行って恐怖を手土産(みやげ)にそそくさそそくさ、還って来たのだ。

 もう随分以前(まえ)に観た夢の話であって、俺の故郷は此処に在るのに事在る毎に、特に何かに対する覇気を見る都度俺の振舞う本拠は此処には無いで、もっと離れた、もっと微かな、誰にも知れない、それでもきちんと現実(うつつ)に並んで息する生地と独創(こごと)を忘れて駄弁(だべ)って居る為、俺の感覚(ゆめ)には如何(どう)でも解けない生命(いのち)が生れて地団駄踏みつつ、夜毎に膨張(おおき)く成りつつ夢想の誘(さそ)いに阿る我が身は思春を知らねど熟知して居り、誰もに懐いた一思(いっし)と成り得た。俺は中央大学法学部の受験を目指そうかとして居る夢を見る。場面は夜で、自分の部屋にて転んで在りつつ夢を包(くる)む布団の白色(しろ)には着色され行き、そうして躰を上へ下へと伸ばして行きつつ自分の御殿(ベッド)で緩く微笑(わら)って、あれやこれや、受験の準備やその他(た)の事など画策して居た。俺の帆(かお)には如何(どう)にも赤く成れない白色(いこく)の峠に自分が並んだ新(あらた)を知りつつ漱石等には小言を詠える資質が在ったとメスシリンダーの底に溜まった炭の粒子の置かれ役がとぼとぼ還元され行く態(てい)にて俺の弄(あそ)びに付き合い続けて、俺の笑顔(かお)には遠くへ遣られた夢の温存(ぬくみ)が嫉妬(ねたみ)を知りつつ自転しながら泳いで来るのを俺の将来(さき)には提唱されつつ結えて在って、柄も拳も通れ通れと異天(いてん)に芽咲いた人の群青(オルガ)は一重(ひとえ)に生き行き言葉に咲き得た思春の変形(からだ)を背後(あと)に遊んで、俺の寝室(ねむろ)は繁々泣いては孤独の内でも強い独りを構(つく)って行った。慌てて背後(うしろ)を向きつつまるで幼子(こども)に居たのが十年前にて、桜が散るのは二十歳(はたち)の前後、俥(くるま)に乗り込み夕日に対して自我を見たのが三十年前、知らない間(あいだ)に吹雪が過ぎ行き俺の眼(まなこ)は又もや桜と解(かい)した桃色(ぴんく)を観て居る。もう十一月だ。旧い暦(こよみ)で十一月など冬の盛りで桜の芽吹きを芽咲(めさ)きを知らない筈が俺の周囲(まわり)をくるりと見遣ればまるで四季を一望したまま感慨知るまま夢の感覚(オルガ)を手中に収める人と成るのが自然と言う程、孤独の境地は無人の幻想(せかい)に活き活きして行き、自体(おのれ)の闊歩に恥を知らない。

 誰かを探して俺の右手は肩から外れて夜雲の下(もと)から繁華(はんか)の隅にも自体(からだ)が延び行く姿勢(しせい)に合せて何処(どこ)にも辿り、俺の目先(めさき)をつい変えないまま他人(ひと)に知られぬ秘密を講じて密室(へや)へ籠って、俺の背中は自分で見得ない恥を偲んで正義を奪回(うば)い、真実等には達者に成る功徳を憶えて自炊していた。何者からの奪回なのか、〝正義〟はきょとんとした儘お髭を生やし、悠々生(ゆ)くまま寝間着へ着替えて、日本だけ知る鵜呑みに呑まれた似非正義など大事に採りつつ冗談言いつつ、俺の目前(まえ)には、それでも変らず臨時に通してくれ得る生命(いのち)をくれ得る、俺を大目に見つつも魂与る守護神様を誰にも知られずちょいと司(きど)って、俺の夢(うえ)には遠くへ行けない体温(ぬくみ)の欠伸がこれでもそれでも如何(どう)でも小声で、俺の生命(ゆくえ)を密かに打った。泥濘(ぬかるみ)からの〝正義〟の奪回などには丁度旧帝時代の被洗脳者(プランクトン)が自分の肢体(したい)を如何にかこうにか大きく掲げて自体(おのれ)の死地を求めた〝似非正義〟が活き、俺の背中(からだ)は誰に知られず戦下(せんか)も潜(くぐ)らず、如何(どう)でも闘い慣れない独創(こごと)の一糸が終ぞ起き得ぬ様相(ジャンル)を知りつつ脱会しながら、自然が置き遣る各所の群れから具に感じた自制を憶えて奔放(じゆう)を期して、女に会えない孤独の男像(わがみ)に照明(ライト)を当てつつ俺の体温(ぬくみ)は明日(あす)の死地へと自動(うご)いて行った。それでも〝死ぬ〟のは絶対如何(どう)でも俺は嫌だ!と烈しく否んで棘を引き抜き、この世の柵(からみ)に如何(どう)にも知れない余裕(ゆとり)を採りつつ自滅を避けて、生気を発する生きた場面を紡いで静かに、俺の骸は手中に収めた希望を叫んで天下へ知らしめ、一度は信じた神への行進(いのち)を丈夫に丈夫に、この世の樞(しくみ)に向かって活きた。明日を知るのが何故(なにゆえ)怖くなるのか、生命(いのち)もこの世も他人も神も、その正体(あかるみ)を知らずに何故俺は躊躇しながら向かって活きて行くのか、強気に弱気に強面拵え他(ひと)に観せつつ、今夜(きょう)を眠って行くのに夢の在り処を携え捜して、俺の自然(からだ)は大きく延(ころ)がり幸福(ぬくみ)を待った。孤独なれども孤独ではなく、見えない天国(くに)には俺の還りをじっと見守り待機している時を抑えた主人(いきびと)達がじんわりやんわり、俺の感覚(いのち)に埋れながらも確かに在る、と、俺は独身(こどく)を謳歌して居る。

 「顔を掻き毟る一定の評価基準に、星空を織り成す童顔を知っていた。」とか言う、井伏鱒二成らぬ安部公房を着た人身(ひとみ)の骸が自体(おのれ)を建て替え、老年成らずも〝中年〟観せつつ俺の目前(まえ)にてずらりと座居(ざい)して、俺の良く知る自室の窓へと全体向けつつ丈夫に居座りペンと覇気とを取り上げながらに何やら独語を呟き活きて、今日を生き行く手段を講じた。天変地異など起りはしまいか、俺は密かに安堵しつつも日本の古来に聞き知り感覚(こころ)に憶えた未熟に活き飛ぶ関係(ひと)を知りつつ無闇に燥いで、〝自分も一緒に孤踏(おど)ってみたい〟と孤島に咲き得た小さな自然(ゆうき)を何にも頼らず大事と抱えて二人へ跳び付き、凡そ一身(ひとり)に咲き得た複数(ひと)の賛歌に進行(いのち)を見ながら俺の無言(しせい)は和らいでいた。回生(いのち)を連呼するまま自体(おのれ)の運命(さだめ)に一寸した暇(すきま)を狙って操(と)りつつ俺の自体(からだ)は往年(ちから)を宿して活きて行ったが、俺の母親らしき肉塊(むくろ)を着飾る仄かな人影(かげ)が俺の真横に居座り人声(こえ)を挙げつつ活生(かっせい)して行き、少々卑猥な自足(あし)の臭気を俺へ目掛けて顔など体(からだ)の隅々にも擦(なす)り付け行き、ねちねち細々、女の牛歩(ちから)を具に見立てて他人を呈する母親(はは)を演じた。如何にか努力への恐怖を失くすようにと幼い頃からずっと握った拳を入れ続けている懐へと背伸びをしたまま俺の士気には酷く単純に映って消える明日(あした)の灯(ひ)が在り、如何でも〝懐き〟を知り得ぬ無教(しぜん)の活力(ちから)が不断(ふんだん)成るまま脚力(あし)を携え俺の孤独は根城へ着いた。中央大学の法学部へ入るとなるとそれ相応の努力は要するながらに華(あせ)とも涙(みず)とも知れない自然(じねん)の発熱(ねつ)等、遠(とお)の昔に廻転(かいてん)していた努力の内にて知って居ながら省みながらに、一向、そうした努力の麓へ居座れないのを成長した後(あと)俺の年季は呑気を携えほとほと知り得て、今度の努力も総じて自分に〝耐えられないか〟と一言ぽつり、呟いた後(のち)、時計を見ながら今日の日暮れを術無く待った。焦ってゆっくり、焦ってゆっくり、こうした孤独な労費を肢体(からだ)へ認(したた)めながらに、つい明日(あす)の努力が諸々に浮ぶ噂を連れ添い自分へ来るのが俺には既知であれどもやっぱり嫌で、夜なべを終えつつ掴んだ徒労を仄かに丈夫に仕立てて鑑賞用の雛型に上げれば勉強等にはひっそり灯った策士が登場(で)て来る。この「策士」、向きに成りつつ勉強(どりょく)をすれども如何にかこうにか日記に成る程度(ほど)経験(ちしき)は承けるが、それでも自立を企図した仕業(しぎょう)等には滅法以て華(はな)を飾れず倦怠(あらし)も過ぎて、学士と成るのに常人から観て数倍以上の経過(とき)を要して、俺へ独歩(ある)いた学士の群象(すがた)は口内(くち)に含んだ微熱(ゆめ)を謳えずくっきり白々、俺の部屋にて空気へ解けた。

 俺を取り巻く経過(とき)の素顔は夜を呈して、俺の肢体(からだ)は思う以上にあれこれ試算していた計画行動(うごき)に具に独歩(うご)いて体温(ねつ)を発して、ベッドに寝そべり机に向かい、黒く照輝(てか)ったオフィスに似合う皮の椅子にて胡坐を掻きつつ資料を貪り、今の倦怠等から脱(ぬ)け出る心算(つもり)を独りで笑って繰り広げて居た。誰もそうした俺の窮地へ、否根城へ来ないくらいは知っては居たが、如何にも折り合い付かずの現実(しぜん)と理想(ゆめ)との同化に立たずに俺の妄想(おもい)は我鳴(がな)りながらに自体(じたい)を消し行き未来(さき)を見据えて、それでも活き行く姿勢を忘れられない俺の哀れで貧しい生活具合(せいかつペース)はうっとりして行き、俺の視野(なか)には独りが見据えた天国(ゴール)が在った。

 先程迄にも俺の見て居た盲想(おもい)の連れには、主(あるじ)の母とベッドの臭気を具に俺まで押し付け反応(へんじ)を待ってた衝動(うごき)が在ったが、俺を囲んだ無臭の壁には母の群象(イデア)を仄かに浮かせた瞬間(かてい)が在りつつ俺の瞳(ひとみ)は既に齧った数段甘さを捉えさせ得る世間が生き行き、当の主人と主従に成り得た俺の骸は屍(かばね)を着つつも傀儡(まわ)され始める廻転(うご)きに明け暮れ未熟を愛して、瞬間(そこ)から如何にも出発(うごき)を見せない孤独の正体(うまみ)が牙を剥きつつ俺へ向かって、展開(うごき)に気熱(きねつ)を呈した俺の良心(こころ)は母体を知りつつ母体を棄てない緩い瞼に憂慮を採っては母を擁する。肉親・近親へ遠慮を束ねた配慮(おもい)を合せる表現(かたち)に準じて一矢を放ち、放(はな)った矢先にほっそり佇む母の孤独に着き得た俺の嫉妬は廻転(かいてん)成るまま展開(うごき)の内にて関係(もよう)を梳くのに、過去に生き得た俺に対する悪魔の恐怖が円らに仄かに、水面(みず)を地にして足場を固めた。



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~母体(はは)と息子の奈落の底にて~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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