扉を蹴破って
三人の少女から謝られた。名前も知らない少女たちだ。一度だけの縁で知り合い、短い時間を共に過ごした仲だ。
それ以上でもそれ以下でもないはずだ。なぜなら俺は彼女たちが何を抱えているか何も知らない。事情も知らないのに何もしてやれないじゃないか。
真っ暗な部屋に戻った俺はまたベッドに横たわる。今度こそもう立ち上がることなどできなかった。心を救ってくれる人など居なかった。
それにもう時間がなかった。第七次試験は早朝から一階位層にある巨大な闘技場をで行われることになっている。試験は昼頃には全てが終わる予定ではあるけれど、それではもう間に合わない。
絵を描く魔法が消されてしまう。婚約が結ばれてしまう。ロックが唄えなくなる。
「アリシア……、俺はどうすればいい……」
まだ誰かに頼ろうとしてしまうのか。居ない誰かに。
彼女たちにあんなことをした連中への怒り。しかし同時にそれが彼女たちを想ってのことだということも理解できてしまう。
そうでなければ、彼女たちはあんなにまで苦しそうな顔をしない。彼女たちもちゃんと分かっているんだ。悪役になってでも、自分たちの道を正そうとしていることを。
俺だって分かる。前世ではもうおっさんの年齢だったから、それくらいのことは分かる。
あれは
だからきっと、出会ったばかりで、さらに彼女たちが何を抱えているかさえも知らない俺に、出る幕などない。
「それにもし騒ぎを起こせば第七次試験だけではなく、俺のエアリアル学園の入学まで危ぶまれる」
この世界の裏側でまだ息を潜めているであろう、名状しがたしモノたち。しかし奴らは必ず数年後に闇から這い出てくる。
一日でも早く三人の勇者たちに出会い、俺の修行を受けてもらって限界を超えた強さになってもらわないと、今度はこの異世界が滅びることになる。
俺には大儀があるんだ。
いろんな言葉で自分を納得させようとする。理屈を
夢の世界に堕ちてしまっていた。
そこにはアリシアが待ってくれていた。
苦悩する俺の前に、アリシアが夢まで慰めにきてくれたのだ。
嬉しくて抱き着こうと両手を広げて駆け寄る。
しかしアリシアは情けない俺の顔面を、全力の右ストレートで殴り飛ばした。
直後、ベッドから落ちて目を覚ました。夜が明けて朝になっていた。
ベッドから落ちて床で頭を打った痛みより、夢の中でアリシアに喰らわされた右ストレートの方が痛かった。起きてなお痛みが残るほどに。
「アリシア、怒ってたな、、、」
そして泣いていた。情けない俺に喝を入れてくれた。道を示してくれた。
俺はいつかまた、あの少女が絵を描く姿が見たい。そのモデルが俺の裸であったとしても。
俺はいつかまた、あの少女の手料理が食べたい。プロポーズと誤解させても。
俺はいつかまた、あの少女のロックを聴きたい。俺の下手くそなロックも聴いて笑ってほしい。
それだけだ。理由はそれだけ。
それで十分だ。
エアリアル学園に入学できなくなり、また少女たちに会える日が来るかなんて分からないけど、俺がそうしたいんだから仕方ない。
第七次試験の時間が迫ってきた。俺は着替えて宿泊施設の外にでる。
「アテナ、俺の目標はどこに居る?」
(居場所は特定済みです。三名とも七階位層学舎域に在る堅牢な城砦の最上階の一室に鎮座しています)
さすがは我らが女神様はなんでもお見通しだ。俺がどんな決断をするのかさえも。
「最適最速ルートのナビを頼む」
その熱量は、決して揺るぐことがないエントロピー第二法則さえも凌駕する。
俺の意志はこの異世界に、莫大なエネルギーを解き放つ────
◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇
「こんなことをして、、、ただでは済まんぞ、、、、」
護衛の最後の一人を眠らせた。こちらは
だから、わざわざ正面から入ってきたのだ。夥しい数の魔導師がこの
彼女の右手を破壊した人物が。彼女の身体に無数の
愛ゆえにかは知らんけど、そんなこと俺にはもう関係ない。
「さて、この
この中に居る人たちはきっと大きな権力をもっているだろう。それこそエルアドロス王国のような小国なら潰せるくらいの。
きっと、大魔導師で強い魔法が使えるのだろう。彼女たちにあんなことを
だから、ちゃんと礼節を以って扉を開けないとな。失礼があってはならない。
俺は
扉は術式が崩壊する異音と共に、部屋の奥の壁まで吹き飛び突き刺さった。
「シュベルト・ウォルフスターだ。はじめましてではないかな?」
殴りこみの作法に
三角形のデカい机には三人の女性が座っていた。その傍らには白髪の試験官が立ち俺に問いかけてくる。
「シュベルト・ウォルフスター、、、どうしてこんな愚かなことを、、、」
「ええ、ちょっとそこの偉そうに座っている三人に、用事があるだけなんですよ」
俺の言葉に赤髪の女性が獰猛な笑顔を見せた。
「偉そうなのではない。偉いのだよ、シュベルト。余はアーカス・クニシュ・ガルデリアだ」
へぇ、たしかに女王みたいな偉そうな名前だな。
三角帽子を被った薄桃色の髪の女性は、埃を払う仕草をする。
「第七次試験の当日にこんなことをするなんて、本当に
妹の手を破壊するのは野蛮ではないのか。そんな立派な
銀髪赤眼の幼女は、
「我に対して礼がなっとらんぞ。
幼女が
「シュベルト・ウォルフスター。私はこのエアリアル学園の学園長カタリナ・ブリュンヒルドだ。今すぐその御三方に非礼を謝罪せよ。私も一緒に跪いて詫びる。だから、、、」
白髪の試験官は俺と三人の間に割って入り、場を収めようとする。この人、学園長だったのか。
「俺はあんたら三人がどんな立場の人間かなんて知らない。興味もないし、名乗られてそれを聞いたからといって、今からあんたらに要求する内容に変わりはない」
俺の殺気を込めた啖呵に、学園長を名乗るカタリナは道を開ける。悪いが邪魔は誰にもさせない。
「ほう、要求とな」
申してみよと、挑発するかのようにアーカスが俺を睨む。
「あんたらが、折檻をし、右手を破壊し、顔を殴った少女たちが、自分で自分の将来を決断するまでの、
俺の要求に、三人は顔に怒気を
「シュベルトよ。今、そちが何を要求したのか分かっておるのか。そちは我が馬鹿弟子がどれほどの使命を背負って産まれてきたか、どれほどの宿命を背負って生きねばならぬか、理解してそんな世迷言をのたまっておるのか」
「シュベルト・ウォルフスター。
「ウォルフスター。うちの不良娘にロックなどという、女神エアリアの教えに背く邪教を吹き込みおったな。万死に値するぞ。奴めの歌は皇国のため、女神エアリアのために在るのじゃ。好きな歌など一小節さえ唄う自由はない」
そうか。やっぱりか。この人たちは、、、
「シュベルトよ。そちのことは調べさせてもらった。男でありながら、今年入試を受けた誰よりも強大な魔法を扱えるようだな。それこそ現時点での未熟な三勇者よりもだ。余はそちを買っておる。此度の非礼は全て不問とする。今すぐ闘技場へ向かい第七次試験を受けてくるといい。そちはこの学園に入学するために、幼少期から尋常ではない努力を重ねてきたのであろう? その何もかもを棒にふるつもりか?」
たしかにこの学園に入学できなかったら、俺の七年間の努力は水の泡になるだろう。
「今ここで立ち去らないと、アナタの祖国であるエルアドロス王国もただでは済まないわよ。次の一言はエルアドロス王国の
この三人には、エルアドロス王国をどうとでもできる力があるというのだろう。故郷を人質に取るってわけだ。
「だいたい貴様は彼女たちが何者か知っておるのか? 貴様と話をしていると、どうも嚙み合わんように思える。彼女たちに好きなことなど、させてよいはずがなかろう。彼女たちが使命を果たせなかったら、貴様はどう責任を取るつもりじゃ」
そうだ。これは結局、今回のすべての俺の行動、要求から生じる責任の問題なんだ。
「俺は彼女たちが何者かなど知らない。偶然出会っただけだからな。しかし彼女たちに時間を与えた結果、あんたらの言う大変なことになった場合、俺が彼女たちの代わりにその全ての責任を果たす。それがどんなことであってもだ」
「なっ!?」
「は!?」
「キサマ!?」
三人は言葉を失う。でもこれこそが、、、、、
「できもせんことをほざくでないわ!!!」
「そんなことは私でも不可能なことよ!!!」
「貴様は女神エアリアの祝福に背くというのか!!!」
怒るだろうさ。なぜなら、それは、、、してやりたくても自分たちにはできないからだ。
「あんたらにはできなかろうが、俺にはできる。それを証明してやるよ」
俺はここに喧嘩を売りにきたんだよ。
「あんたたち三人を俺一人で倒す。三対一の勝負だ。もしこの勝負を断るというのならば、俺はあんたらの属する国を滅ぼす。今、空に浮かぶ太陽が沈むまでにだ」
俺の言葉に三人の呼吸が止まる。息をするのも忘れたように目を見開く。
「ははっ、、」
「ばかな、、」
「笑えぬなぁ、、」
三人はそう言いながら、息を吐くように笑った。まさか自分たちが、国家を人質に取られる側になるなど、夢にも思わなかったのだろう。
「シュベルトよ。そちにはできるのか? そんなことが、、、」
「できないと思うのは自由だけれど、断ればあんたの国に
「大量虐殺をするというの? 罪のない人々を」
「あんただって妹の心を殺しただろう。あの子に何か罪があったのか? 同じなんだよ、セリカ・マイネス」
「貴様は女神が与えし神聖な我が国に牙を剥いた。背徳もここまでくれば大したものだ」
「女神への背徳とかぬかしているが、彼女のロックこそが俺の、
俺の啖呵に三人は沈黙する。どこか嬉しそうな顔で。結局そうなんだろう。あんたたちだって、彼女たちから何も奪いたくないし、何も背負わしたくないのだろう。
師だもんな。姉だもんな。親だもんな。
でもそんなこと言えないほどの立場なのだろう。とてつもないほど大きなものを、背負っているのだろう。でもそれは誰だってそうなんだ。大人になるなら大なり小なり背負うものができる。彼女たちだってそうだ。
絵を描くことをあきらめなければならない時がくるかもしれない。
運命の
好きな歌を唄えなくなる日がくるかもしれない。
そんなのはこの世界だけではなく、前世の文明社会であっても同じだったよ。
それでも──── 時間を与えてやって欲しいんだ。
自分たちが大人になって、自分たちの意志で決断するその日まで。
「彼女たちのことは、俺がすべての責任を取る」
この三人には、今日をもって弟子離れ、妹離れ、子離れをしてもらう。
「よくぞ、ほざいた! このアーカス・クニシュ・ガルデリアが極めし
「〝
「貴様は真なる闇をみたことがあるまい。リア・ルシュノヴァースが受け継ぐ
三人は立ち上がり俺の眼前に迫る。
「誰から
順番? そんなの決まっている。
「一人が戦っているうちに、他の二人は大人しく観戦しているのか? つまんねーことを言ってないで、三人で来い。三対一って言っただろ?」
「待て! それは待つのだ! シュベルト・ウォルフスター!」
間髪入れずにカタリナが割って入ってきた。
「キミは確かに強いのだろう。きっと誰にも負けたことなどないのだろう。だがこの御三方は〝別次元〟なのだ。キミはなぜ今この瞬間、魔王がこの大陸に攻めて来ないか分かっているのか? 三大魔導国家の軍力を恐れているのではない。この御三方と戦うことを恐れているのだ。なぜなら。この御三方は十年前、
俺は必死に心配をしてくれるカタリナの肩に手を置く。
「俺なんて負けてばっかりでしたよ」
何度も負けて、友を失い、仲間を失い、戦友を失い、アリシアを失った。
「それでも、その三人には勝ちます」
俺はカタリナににっこり笑って肩から手を下す。
さぁ、喧嘩の時間だ。
「あんたらの全てをもって俺に挑んで来い。託せるだけの力を
魂は加速し、真理に孔を穿つ。
無限にも等しい
俺の瞳を虹色に煌めかせる────
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