月下の魂叫歌

「あーし、ナンパは嫌いだしどっかにいってくれる? キモイし」

 男子なら誰もが怖気おじけづいてしまう恐怖の存在。それがギャルなのである。俺は前世で中学は男子校、高校は軍事訓練学校で男子しか居ない環境だったので、ギャルに酷い目に遭わされることはなかったが、共学に通う友達はギャルに罵倒される日々だとなげいていた。どこか嬉しそうに。なんなら自慢気じまんげに。

 俺もこんな怖い存在と出来ることなら関わらなくはないけれど、尋ねずには立ち去れない。彼女がアリシアの声にそっくりなのだから。歌声だけではなく話す声ですら瓜二つなのだから。

「キミって生まれ変わったりしてない? 前世の記憶の夢を見たりとか。この世界とは全然違う世界で、魔法とかもなくて……」

 俺の言葉に銀髪の女子はどんどん怪訝けげんそうな顔になり、眉間の皺は深くなってゆく。ああ、違うのか。声が似ているだけで、歌声がそっくりなだけで、全くの別人なのか。別の魂なのか。

「お兄さん、マジで必死じゃん。話聞いてあげよっか?」

 彼女はそう言うと、自分が座る左側の屋根の端をポンポンと叩いた。俺はその声に誘われるかのように、出会ったばかりの少女の横に座った。

 そしてマジマジと彼女の横顔を見る。アリシアの面影を探す。しかし違うのだ。全てが違う。この少女も美しい顔ではある。すらりと細い手足。背は少し小柄で胸は横から見ても小さめだけど、そのスタイルは美を奏でている。長い銀髪。朱い瞳。口端からのぞく犬歯。服装は少しだけロックな感じだ。首には黒革のチョーカーを着けている。ただこの世界にロックな曲など存在しないけれど。

「キミは吸血鬼ヴァンパイアなのか?」 

「そだよー。人の身体をジロジロ見てくる悪い狼くんには、噛みついちゃうからね」

 彼女は両手をワシワシさせながら、俺に牙を見せた。おどけるような言い方で。

「そんなに悪い顔だったか…?」

 彼女は澄ました表情に変えて、「悪いというより、、、、」

 泣き出しそうな顔をしていたと、月を見上げながら呟いた。

 彼女はアリシアではないんだ。アリシアと瓜二つの声の持ち主というだけで、全くの別人だったんだ。

「気遣ってもらってありがとう。キミの歌声があまりに素敵すぎて、ついずかずかと声をかけてしまった。無礼を謝るよ」

 彼女は俺の謝罪に「いーよ、いーよ」と手をぶらぶらさせて。

「あーしも退屈だったし」

 と冷たい声で言い捨てた。たしかに彼女はあれほどまでに美しい讃美歌を、退屈そうに唄っていた。

「歌なんて、なんも楽しくねーし。試験のために日課の練習していただけだから」

 試験? 彼女もエアリアル学園の学生なのか。試験が入試なのことなのか、すでに在学していて、定期的に受ける試験のことか。そもそも歌と試験が関係あるのか。歌魔法? そういうものが三大魔導の中にあるのかもしれない。

「試験って入試? エアリアル学園の?」

「そだよー」

 心底ダルそうな返事だった。1ミリも興味が無いとはこのことだろう。

 俺は話を変える。

「キミの好みに合う歌を唄ってみてはどう? ちょっとは楽しくなるかもよ」

 俺の問いかけに、「はん」と笑い。

「そんなのも、この世界のどこにもないし。音楽なんてものは、退屈で魂が凍り付いて磨り減ってくものだし。歌は────」

 呪いだよ。とゾッとするほど暗澹あんたんたる声色で、首に着けた黒革のチョーカーに触れながら彼女は呟いた。

 アリシアと同じ声で。その言葉がたまらなく胸をえぐった。歌が大好きだったアリシアが消えてなくったように思えた。

 だからだろうか、俺は彼女に無茶苦茶な言葉を返してしまった。

「それなら、俺の魂叫歌ロックを聞け!」





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■





 俺は歌った。超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルで演奏に必要なものを全て錬成させて、バックミュージックの調整はアテナに頼んだ。

 歌う曲は、前世の人類が宇宙に創造した偉大な芸術たる、クラシック・ロックの至宝の数々。人類ホモサピエンスが辿りつくことができた、愛の表現。つむぐことができなかった失われた奇跡の名曲メロディー

 俺はアリシアと違って歌が下手くそだ。戦うことだけしか能がない兵士だったから。でもこんな下手くそな歌を何度も唄ったな。アリシアと、友と、仲間と、戦友と、みんなみんな死んでしまったけれど。もう二度と逢うことなどできないけれど。

 こんな月が綺麗な夜に、共に歌を奏でたな。

 何曲かロックを夢中で熱唱して、ふと俺の横に座る彼女が無反応であることに気が付いた。しまった。よく考えたら歌詞がこの世界の言葉ではなく〝英語〟で歌っていた。これでは俺が何を言っているのか、チンプンカンプンである。ただでなくとも下手くそなのに。

 俺が唄うのを止めると、意識を失っていたかのように、ビクンと我に返りゆっくりと俺の方に顔を向ける。気絶するほど下手だったかな。どこかのガキ大将みたいに、、、

「血を吸わせて」

 彼女は無表情のまま、俺にそう囁いた。

「え?」

「お兄さんの血が欲しい! 吸わせて! お願い! 一滴でいいから!」

 グイグイと座ったままで、俺の身体に乗り上げてくるように迫る吸血鬼ヴァンパイア女子。

「い、いや、吸血鬼ヴァンパイアに血を吸われるのって大丈夫なの? 俺がキミの下僕とかになるんじゃないの?」

 俺の言葉に、彼女は一瞬停止して「あー、うーんと」と目線を横にずらす。

「まぁ、普通は結婚ってことになるってゆーか……」

「ダメでしょ」

 出会って一時間も経っていないのに、もう結婚の契りを交わそうなどどうかしている。お互いの名前さえ知らないのに。そういえば出会って数時間で仕事を辞めて俺の犬になりたいだとか、ぶっ飛んだことをほざいたの吸血鬼ヴァンパイアが居たけれど、、、

 吸血鬼ヴァンパイアって、こういうロックな性格の人が多いのかな。

「どうして急に俺の血が欲しくなったの?」

 彼女に問いかけると、「制約だから」と純血の吸血鬼ヴァンパイアのみが密かに受け継ぐ、特別なくさびの存在を教えてくれた。

 吸血鬼ヴァンパイアは対象の血を吸うことで、相手が持つ創造イマジナリーを吸収して我が物とすることができる。しかし代償として、人間のように見様見真似でコピーするなどはできない。

「魂を燃やすような創造イマジナリーを自分のものにするには、相手の〝一部〟を自分に取り込まないといけないの」

「それが〝血〟というわけか、、、」

「うん、お兄さんの〝創造ロック〟が、あーしは欲しい」

 「唄ってみたい」とアリシアの声で囁いた。そんなの断れるはずがない。たとえ出会ったばかりのこの少女と、結婚しなくてはならないとしてもだ。

 俺が意を決してうなずこうとした瞬間だった。

「あーしたちは結婚する相手の血しか吸えないけど、汗とかでも創造イマジナリーを吸収できるよ。まぁ、汗だど薄いからたくさん飲む必要があるけどね」

 汗? 汗でもいいのか。汗なら創造ロックを渡せて、結婚もしなくても大丈夫なのか。

「それなら俺の汗をいくらでもキミにあげるよ。ただどうやって俺の汗を飲むの…?」

 彼女は俺の顔をジッと見て、にんまりとした笑顔をつくる。

「そんなの身体を舐めるに決まってんじゃん」

 彼女は俺に自分の舌をべーっと伸ばして見せつけた。月光に照らされた彼女に舌には、傷があった。疵があった。

 まるで模様みたいな────   疵があった。

「さっさと上の服脱いじゃってくれる? 汗がひいちゃうでしょ?」

 ああ、そうか。ちょうど都合よくせっかくロックの熱唱で汗だくになっていたんだ。でもちょっと思うことがあるのだけれど。上の服をすべて脱いで彼女に問いかける

「その、、、俺の汗を舐めるとか、嫌じゃない?」

「うん、やだよ。キモイし」

 彼女はそう言いながらも、俺を時計塔の屋根に、押し倒すように仰向けに寝かせた。

「だよね。俺もこんな経験ないからちょっと怖いというか、、、」

「あー、大丈夫だよ。やさしくするし」

 彼女は俺の上に馬乗りでまたがり、俺が逃げないように両手を掴んで頭の上で抑え込んだ。やだ、なにこれ。俺、食べられちゃうの?

 彼女は朱い瞳を妖しく光らせ俺の首筋に、唇を這わせる。そしてべろりと舐めた。

「アっ……! ああっ……ぅ」

 俺があええいだのではない。彼女が恍惚の声を上げたのだ。小刻みに震えながら俺の身体にしがみついている。

「やばい…、お兄さんの……創造イマジナリーやばすぎだし、こんなの初めて……」

 彼女は呟いたあと、俺の胸板を脇をお腹を顔までもむさぼるように舐め続けた。嬌声きょうせいを上げながら、時折身体を痙攣させながら、自分の股を胸を俺の身体に擦り付けながら、彼女は舐め続けた。

「イ………っ、……イ……………クッ……!!」

 彼女は俺の上で身体を反らせて、そのあとぐったりと圧し掛かるように倒れてきた。

「入ってきたよ……。お兄さんの熱い〝ものロック〟が。あーしの中に」

 息を切らしながら、俺の耳元で囁く。「それじゃ、あーしとロックしよ」と。





 ◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■






 彼女の音楽の才能は凄まじいの一言だった。前世の世界。こことはまったく違う世界の文化を、まるですべて魂に刻んでいるかのように習得していった。

 まずは前世の楽譜をすぐに理解し、自分で書けるようになってしまった。次は〝英語〟をニ十分もかからずに完璧にマスターしてしまった。すごい。これが純血の吸血鬼ヴァンパイアが持つという特殊能力、吸収ドレインというやつか。もちろん最適な学習指導を俺に指示した、アテナの指導力もあるとは思うけれど。

 楽器も一度弾けば、超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルとアテナの叡智で再現した人類最高クラスの演奏技術を、次々に習得していくのだ。ギターもベースもキーボードも、自分の具現魔法で創り出し、感情表現を自在に奏でる身体の一部のよう演奏すしてしまう。本当にすごい具現イマジナリー魔法だ。

「よし! 唄うよ。お兄さん何が聴きたい?」

「リクエストしていいの? それじゃ、、、」

 前世の人類なら、生涯で何度聞いたのか数えられないだろう名曲。クラシック・ロックの頂点。失った彼女だれかを想う曲。

 彼女はその名曲イエスタデイを唄ってくれた。人間では出せないような圧倒的な声量と音域。魂を燃やすような静熱を帯びたギターの旋律。そして愛を具現イマジナリーするかのような歌声。

「最高じゃんね、ロック」

 彼女は一曲を歌い上げてからそう俺に言ってくれた。

「だから、そんな顔して泣かないでよ……」

 俺は、、、、嗚咽おえつを必死に堪えて泣いていた。滅びてしまった人類。途切れてしまった文化。ついえてしまった想い。もう逢えないキミを……。

 彼女がそれを救い上げてくれた。つむいでくれた。もう一度彼女の声で。アリシアの愛しい声で。あの日の歌を唄ってくれた。

 どうお礼をいえばいいのだろう。この気持ちをなんて伝えたらいいのだろう。

 彼女は俺の頬を伝い続ける涙を優しくキスをするように舐めて、全身をビクリとさせた。

「胸の中が燃えるように熱くなってきちゃった、、、 なにこれ、、、」

 戸惑うように顔を紅潮こうちょうさせて、ギターを奏で始める。そして〝あるがままにすべてを受け入れる〟という意味を持つ名曲let it beを唄ってくれた。 

 夜空に浮かぶ月さえに届けるかのように。別の宇宙まで響き渡るかのように。離れ離れになった誰かと、また巡り合うことができる。そんな奇跡を信じる勇気を彼女は歌に込めて俺に与えてくれた。

 その後も何曲も様々な偉大なるアーティストの名曲を唄ってくれた。俺は今日教えたのとは別の名曲の楽譜を百枚ほど練成して彼女に渡した。彼女がこの先も唄ってくれるように。人類の想いをつむいでくれるように。

 そして俺は唄う彼女の横顔に惚れてしまった。恋というよりこれはたぶん憧憬どうけいだ。この一人ぼっちの異世界で、初めて真に心の支えとなってくれたのが、この少女だったのだ。もう心酔してしまっていることが自分でも分かる。

 アリシアに似たその歌声は、みっともなく涙を流す俺の弱さをすべて受け入れてくれた。俺はこの救われた想いをどうしても彼女に伝えたくなった。

 彼女に知ってもらいたかった。

「キミが居ないと俺は生きていけない」

「へ?」

 唄い終わった彼女の両手を握り締めて、俺は想いを伝えていた。

「俺の名はシュベルト・ウォルフスター。キミのファン1号だ」

「ん、、? ああ、そういう意味?」

 彼女は「なーんだ」と、笑った。いや、俺の気持ちはそんな中途半端なものじゃないんだ。どう言えば伝わるんだろう。

「出会ったばかりでおこがましいけれど、それでも俺はキミに────」

 いつもずっと隣りで唄ってほしい と心からの本心を告白をする。

 彼女のロックは俺に必要なんだ。

「なっ……!? ふふふ、、、そんな口説くようなこと言うなら、血をもらっちゃうよー」

 彼女はグイグイと押す俺に反撃するように、おどけて犬歯をみせた。

「ああ、いくらでも吸ってくれ。毎日でも吸ってくれ」

 それでキミのロックが聴けるなら、こんな血なんて安いものだ。俺は彼女に首筋を差し出す。

「ちょ、、超マジじゃん! あーしこと、、、そんなに好きになったの、、、?」

「ああ、好きだ」

 俺の心を救ってくれた人を、好きでないはずがない。

「あーしが居ないと、、、生きていけない?」

「ああ、キミが居てくれないと死んだような日々になる」

 前世の人類が残した幾億の愛を失うようなものだ。

「じゃさ、、、シュベルトのこと〝Darlingダーリン〟って呼んでもいいの?」

「もちろんだ。嬉しいよ」

 Darlingダーリンはこちらの言葉でなく、英語の発音だった。前世の言語まで紡いでくれるなんて、嬉しいに決まっている。

 彼女の白い肌は真っ赤になっていった。

「なんかあちーね、、、 汗かいちゃって恥ずいわ」

 顔をパタパタと手の平で仰ぎながら、照れるように笑う。ギャルが恐ろしい生物だなんて言ったやつは誰だ。出会ったばかりで、縋るように泣く俺にここまで優しく接してくれる女性ひとなんてそうは居ない。

 俺は感謝の気持ちを伝えるために彼女を抱きしめ、彼女の口を俺の首筋へと寄せる。俺が持つ創造イマジナリーの全てを彼女に差し出すために。

 彼女にもっとたくさんの名曲を唄ってもらえるように。

「ちょ、お願い! 待って! まだ準備ができてないから!」

 思いっきり彼女に突き飛ばされて、時計塔に屋根で後頭部を打ち付けてる。そして痛みで我に返った。どうやら、俺は少し正気を欠いでいたようだ。

「そういうのは、、、いろいろ、、、準備が必要なの、、、」

 彼女は横たわる俺の頭元にしゃがむと、髪を弄りながら口を尖がらせた。そうだ。血を吸うというのは結婚を意味する行為だったことを思い出す。吸血鬼ヴァンパイアにとってこんな大切なことを忘れて、俺は自分の気持ちのままに彼女に対して好き勝手なことを言ってしまった。本当になんて自分勝手で愚かで恥ずかしい人間なんだろうか。

「ごめん、、、俺、キミの迷惑も考えずに、、、」

 俺は身体を起こして、膝をついて謝罪する。きっと気持ち悪いヤツと思われているだろうけど。

「ちょ!? ちがうし! 迷惑とかそういうことを言ってるんじゃなくて、、、」

「いや、、、どうか忘れてくれ。俺の気持ちを押し付けようとしたことを、心から謝るよ」

「待って! 待っててば!」

 彼女は俺に抱き着くと、「お願いだから、、、 一日だけ待って」と耳元で囁いた。一日待つとどうなるのだろうか。あっ! また明日も唄ってくれるということか。

「いいのか? 俺の気持なんか迷惑じゃないのか?」

 彼女だってエアリアル学園の入学試験で忙しいはずだ。ああそうか! 明日発表になる第六次試験の正式な試験結果で、入試が終わって暇になるってことか。でも「落ちたから遊べるよ」と言うと俺が気まずくなるから、さっきから言葉を濁してくれているんだ。

 本当に何から何まで俺は察しの悪い人間で、また恥ずかしさがこみ上げてくる。こんな機微きびなことにまで気遣いができる彼女は、尊敬に値する女性だ。ギャルな見た目というだけで、第一印象を決めた自分が心底情けなくなる。

「うれしかったよ。みんな、あーしの肩書きとかしか見てくれなくて。今まで誰も、こんなに胸の奥が熱くなる気持ちを伝えてくれた人なんていなかったし」

 ダーリンが初めてだよ と抱き合ったまま脳が痺れるような声で言ってくれた。まるで愛しいに囁くかのように。

 いや、さすがにそれは良く取りすぎだな。だってさっき出会ったばかりだし。俺が好きになってもらえるようなことは一切していない。きっと憐れんで慈愛の気持ちで接してくれているんだろう。

「ありがとう。これかもずっと傍に居させてくれ」

 彼女の隣りで歌を聴けるなんて、なんて贅沢な特等席なんだろうか。

「俺は幸せ者だ」そう呟くと、彼女はうっとりしたような瞳で「ダーリン、、、」と、俺の両頬を両の手の平で優しく包む。唇が付いてしまうくらい近い。こんな綺麗な女子のにそんなことをされたら、ドキドキしてしまう。

 ん? もしかしてちょっと俺と彼女の間の認識に、誤解とかはないだろうか。俺は彼女とどんな流れで会話していたかな。彼女の歌が凄すぎて、感動しすぎて俺の中でパッションが弾け過ぎてはなかっただろうか。

 まぁ、大丈夫か。よく考えたらこんな素敵なが、情けなく泣いている姿ばかり見せている俺なんかのことを、好きになってくれるはずがない。ロックを唄ってくれる超綺麗な女子と、仲の良い友達になれた幸運を大切にしよう。

「ダーリンはさ、、、 子供とか、、、何人くらい欲しいの?」

 彼女は俺の身体にぴとりと身を寄せて、そんなことを聞いてきた。将来誰かと結婚したら、何人くらい子供が欲しいかという話か。たしかにこの年齢の女子ならそんな話を聞きたがるかもしれないな。俺は男だが女子会トークというやつだ。

「五人は欲しいな!」

 前世ではアリシアとの間に子供を持つことが叶わなかったから、余計にたくさんの子供たちに囲まれて暮らしたいと思ってしまう。それは叶わぬ夢だろうけれど。

「ごっ、五人も!? がんばらないとだね、、、」

 彼女は驚き、股をぐっと締めるように身体をよじらせた。たしかに五人も子供を養うのは簡単ではないな。朝から晩まで毎日仕事をがんばらないといけない。さすが女子はこういうことに現実的だな。

「ああ! 毎晩夜遅くまでがんばるぜ」

 どうせ、俺にそんな未来は来ないから、冗談ぽく元気のいい笑顔で返す。

「毎晩って!? ダーリン、、、 えっろ、、、」

 彼女は顔を両の掌で隠しながら、何かを呟いた。時計塔の屋根の上はだんだん風が強くなってきて、彼女の言葉は俺の耳に入らず流さていってしまった。

「寒くないか? 上着着る?」

 俺は自分が羽織っていた上着を彼女の肩に被せる。風除けくらいにはなるだろう。

「男子なのに女子を守ってくれるんだ、、、 かっこいいね」

 前世ではごく普通の感覚なのだけれど、こちらの世界では魔法という力の影響で男が女を守るという文化がないのだろう。

「力があるから守るんじゃなく、守りたいから守るもんだ」

 これは兵士として生きて死んだ仲間たちと共有していた想いだ。俺もいつもそう在りたいと心に誓っている。

「やば、、、 あーし、、、愛されすぎ、、、 くるしい、、、 しぬ、、、」

 彼女はだんだん身体を小さくさせて、ぼそぼそとしゃべるようになってきた。よく考えたら第六次試験を終えた夜だった。自分が疲れてないからといって、相手もそうであるとは限らない。胸をおさえていて、少ししんどそうだ。

「眠くなってきた? そろそろ帰るか?」

 俺の問いかけに彼女はばっと顔を上げて「あーし、夜行性だから!」と身を寄せてきた。

「だから、、、まだ帰るとか言わないでよ、、、なんでもするから、、、」

 瞳に涙を溜めて、縋りついてくる。情緒が少し不安定ななのだろうか。いや、俺だって人のこと言えないな。さっきまで彼女の歌に縋っていたのだから。

「隣りでキミの声を聴けるだけで十分だ。俺はどこにも行かないから」

 このまま朝まで楽しい話をしよう。

 俺は昔、兵士仲間の中で語り合った〝鉄板のネタ〟を次々と話した。彼女はお腹を抱えて転がりながら笑ってくれた。トークが面白いヤツと思われるかもしれないが、これは落語みたいなもので、何度も話しているうちにブラッシュアップされていくものなのだ。

 真夜中のテンションも相まって、まるで運命の人に出逢えたかのような親密感すらも、お互いの中に生まれてきたように思える。

 前世の経験上、こういうのはこの場限りのものだ。夜が明ければ覚めてしまう、一夜の淡く甘い夢だ。それでも俺と彼女の間には隔てるものは何もなかった。

 種族も、性別も、地位も、宿命も、どんなものも、俺たちの間には無意味だった。そんなものは無価値だった。ずっと昔からこうして傍に居たような、心が繋がったような、そんな夜を二人で過ごした。


「もうすぐ夜が明ける。また明日の夜ここに来るから」

「うん。ダーリン、あーしも必ず明日の夜ここに────」


 彼女と朝日を浴びる前に笑顔で別れを告げて


   そして約束のに、

       彼女が時計塔に現れることはなかった

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