Ⅵ星旗をその手に

 母マーガレットからの手紙は、俺の身を案じる内容がほとんどだった。

 俺が第四次試験に合格したことを報告した手紙の返事が返ってきたのであった。手紙はお祝いの言葉から始まり、エルアドロス王国では俺が第五次試験に挑む話題で、大騒ぎとなっていること。アーシャ女王が各国の使者ししゃから、俺に関することの質問攻めを受けているようで、辟易とする毎日を送っていてるとのことだ。

「もう本人に聞いてくれ」と毎晩飲んだくれては、くだをまいているらしい。

 他にはエアリアル学園の休校期間で里帰りしているフィーナが、予定を切り上げてエアリアル学園に戻ろうと準備していることがアーシャ女王にバレて、「試験の邪魔になるからダメ。それより貴女は自分の昇位試験の勉強をしなさい」と言ったことで親子喧嘩にまで発展してしまっていることなどが、「毎日にぎやかにすごしてます」の一言で締めくくられていた。

 そこからは、ひたすら「ちゃんとご飯は食べてる?」「試験で怪我とかしてない?」「誰かから嫌がらせなどは受けてない?」「悪い女に騙されたり、変なことされてない?」など、何枚もの紙につづられていた。

「どこの世界であっても、親とは同じようなことを書くんだな」

 前世で兵士になりたてだった頃、まだ母が生きていた頃に、俺の身を案じるメールが毎日届いたことを想い出す。

「アーシャ女王には、更に苦労をかけることになりそうだ」

 俺は先日届いた第五次試験の合格通知を見ながら、彼女の奮闘の日々に手を合わせる。無事全ての試験が終わって帰省する際には、アーシャ女王へのお土産を奮発しようと心に決めた。

 第五次試験の合格通知と共に、第六次試験の詳細と『スタート地点の座標』を記した紙も同封されていた。

 第六次試験は今夜行われ、エアリアル学園を中心とした、半径約10キロ圏内の学園都市を舞台として開催される。この街の中心街で試験などを行えば、街に住む市民達の生活に不便をかけるのではないかと思ったのだけれど、そもそもこの学園都市はエアリアル学園の学生こそが主役で、そこで暮らす市民は学生をサポートする義務を果たさなければならないということらしい。

 なので今夜、第六次試験は夜鐘やしょうが鳴った以降は、次に試験の終わりを知らせる鐘が鳴るまで外出禁止となるそうだ。試験範囲の約半径10キロ圏内にはおびただしい人数の魔導師が試験官として配置されており、この決まりを破った者は拘束され処罰を受けるという話だ。如何いかにエアリアル学園が、この大陸においても重視されているかうかがえる。たかが学生の入試試験に、膨大な費用と強大な権力が注ぎ込まれているのだ。

 街ひとつを機能停止させる規模で、いったいどのような試験が行われるかというと、端的に説明するなら所謂いわゆるビーチフラッグである。もちろん砂浜を走って競争相手より先に旗を取れば勝ちなどという単純な試験ではないけれど、やることはビーチフラッグのそれと同じなのだ。

 第六次試験は以下の通りである。受験者はに試験開始前に到着し、試験官に受験番号を伝えること。

 定められた時刻に試験官からスタートの合図を聞いた後にスタートを切ること。

 受験者はチェックポイントを第一から第五まで数字の順番通りに通過すること。

 第一チェックポイントは一階位層学舎正面入り口に設置してある。

 第二チェックポイントは二階位層学舎正面入り口に設置してある。

 第三チェックポイントは三階位層学舎正面入り口に設置してある。

 第四チェックポイントは四階位層学舎正面入り口に設置してある。

 第五チェックポイントは五階位層学舎正面入り口に設置してある。

 第一から第五までのすべてのチェックポイントを通過した者のみが、六階位層学舎正面入り口に出現するⅥ星旗ゼックス フラッガーを獲得することができる。

 ただし、Ⅵ星旗ゼックス フラッガーは先着240本であり、Ⅵ星旗ゼックス フラッガーが無くなり次第、第六次試験は終了となる。

 これらが第六次試験の大まかなルールである。他には受験者は当日試験官から現地で渡される〝白マント〟を着用し、試験終了まで脱ぐことが禁止されている。この白マントは魔法攻撃に触れると赤く染まりだし、三回ヒット目で赤マントに変る。赤マントに変わった受験者は、その場から地球の時間単位で五分くらい動けなくなり、赤マントの状態でチェックポイントに触れても無効である。もちろんⅥ星旗ゼックス フラッガーを獲得することもできない。赤マントは約五分の時間経過で白マントに戻る。

 空を飛ぶ魔法の高度制限や、受験者同士の戦闘の禁止、チェックポイントとⅥ星旗ゼックス フラッガーを護る〝ガーディアン〟の存在。

 あと試験範囲の至る場所に様々な種類の魔導トラップが仕掛けられており、受験者が負傷した場合試験官の判断で試験続行不能を言い渡されることなどが書かれていた。

 面白いのが、受験者同士の戦闘は禁止されているのに、協力は禁止されていないところだ。つまり行く手の邪魔をするトラップやガーディアンに対してチームプレイで攻略することも想定されている試験で、そのことに対する制限等はルールブックに記載されていない。

「でもなぁ、そんな旨いだけの話なんてないよな」

 たしかにチームプレイをすれば己の弱点を補ってもらえるし、怪我をした際に回復も可能かもしれない。でもあくまでこの試験は入試試験であり個人戦なのだ。

 つまり合格の〝席〟は限りがあり、友達と「一緒にゴールしようね」の約束は果たされない恐れがある。疑念が生じる。チームメイトに出し抜かれるリスクを伴う。

 それにチームメイトの一人でも赤マントになってしまうと、チーム全体が約五分間もその場所から動けなくなる。さらにスタート地点が受験者それぞれ全員違う場所だというのも考慮が必要だ。つまり合流するのにも時間が取られることになる。

 このルールブックを読むだけでも、チームプレイのメリット・デメリットを考えさせられる。

「どのみちの俺には関係ないけど」

 俺は一人ぼっちなのでやることは単純なのだけれど、例えば〝勇者〟とかならどうだろうか。三大魔導国家の威信を背負う三勇者は「試験に落ちました。てへ(ペロ」では済まないのだ。そう考えると当然、今回の試験には勇者をサポートする役割の優秀な受験者たちも居ると考えるのが自然で、この第六次試験まで残っていると仮定するべきだろう。

 第五次試験の合格者数600人のうちⅥ星旗ゼックス フラッガーを手にできるのは240人だけど、その内の上位入選は三勇者が指揮するチームが独占する可能性もある。

 サポーターたちはおそらく〝勇者を合格させる〟を最優先で行動し、もし自分が赤マントになれば切り捨てて先へ進んでもらうつもりだろう。そうすれば、デメリットよりメリットが上回るかもしれない。

 フィーナほどの天才魔導師が二年前に第六次試験を突破できなかったのも、当時の第六次試験も協力することの利点が大きかったからなのかもしれない。なにせエルアドロス王国のような小国では、第六次試験まで残れる者はフィーナ一人だけだったのだから。

「純粋な魔法の能力だけではなく、組織力や指揮力、判断力や決断力なんてものも、この試験には関与してくるかもしれないな」

 そこで考えるべきは、俺はなるべく速くチェックポイントを通過してⅥ星旗ゼックス フラッガーの獲得に、全力を尽くした方がよさそうに思う。なぜならできれば三勇者の攻略の邪魔をしたくない。俺が余計なことをしたばかりにイレギュラーが発生して、三勇者の誰かが脱落することになってもマズイ。それこそ変な恨みでも買おうものなら、入学後に仲良くなれないかもしれない。

「あの女子もまだ試験に残っているのだろうか」

 先日、俺が大変な辱めをしてしまった碧髪蒼瞳の女子だ。あの日あの五階位層学舎域に居たということは、第五次試験を受けているはずなのだ。

「それじゃ、シュウくん、またね」と言って帰った以来、尋ねてくることも真っ暗な俺の部屋で待ち伏せされることもない。ということは、第五次試験を落ちてしまってすでにエアリアル学園から退去している可能性もある。

 Ⅶ星ズィーベン魔法を使えるのはすごいけれど、全く制御できていない感じだったので、もしかしてあの本番で上手く実力が出せなかったのかもしれない。

「名前も知らない女子の心配をしている場合じゃないんだけどな…」

 俺はこの学園に入学するために、この七年間を捧げてきた。絶対に一歩でも勇者の近く行けるところを目指さなければ、あの努力の日々が徒労に終わるのだ。

 まぁ、第四次試験までは確実合格しているなら、入学後に学園で会うこともできるかもしれない。今は目の前の試験に集中しよう。





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■





 夜鐘やしょうの音色が美しく響いてから、一時間ほどが経過した。

 街からは人の姿が消えて、いつもよりひんやりとした空気が頬を撫でる。先ほどから霧も立ち込めてきていて、時間と共に視界は悪くなっている。

「この霧は魔法か……」

 霧魔法だな。輝撃シャイン具現イマジナリーは分からないけれど、これも試験のギミックのひとつなのだろう。

 俺が立つスタート地点は試験範囲域の10キロ圏内ギリギリの位置だった。一番遠い場所を引いてしまった。これが作為的なものか無作為なものかは、知りようがないのだけれど、与えられたカードで戦うのが兵士の心得なのだ。

 そんなことを考えていたら、霧の中から一人の女性が現れた。

「貴様がシュベルト・ウォルフスターだな。受験番号をべろ」

 夜がそのまま溶けたような真っ黒な黒髪。血のように赤い瞳。青白い肌。この女性ひとが俺に付く試験官か。二十代半ばくらいだろうか。男の俺と目線が合うくらい身長が高い。でも服装が今までの試験官たちとは大きく違う。なんていうかゴテゴテしているというか、魔導師というより鎧を脱いだ貴族騎士のように見受けられる。

 俺が自分の受験番号を伝えると、「では、これを着ろ」と純白のマントを渡された。ほう、これが今回のヒット判定をしてくれるマントか。おそらくこれは具現イマジナリー魔法だな。これを受験者全員分用意するのは、もの凄い魔力リソースを使っているんだろうなと関心してしまう。なぜなら魔法の欠点は、なのだ。

 魔法は科学と比較するととても神秘的で、科学で何千年とかけて到達した領域に数年で辿り着いたといっても過言ではない。しかし科学では簡単にできることが、魔法ではとてつもないコストを支払らわなければならないこともある。

 それがまず距離である。魔法は自分の身から離れた場所へ作用させるほど、難易度が跳ね上がる。五百Mメートル先の標的を、輝撃シャインでぶち抜ける者は、この大陸に何人くらい居るかというくらい、距離が離れると魔法の威力・精度・効果のすべてが減衰するのだ。科学ならば、大陸間ですらミサイルを撃ち込むこともできるし、人工衛星からの質量兵器の投下なども可能だ。

 そしてなにより魔法の大きな欠点は、低コストの長距離魔法通信が確立されてないのである。魔法での通信は可能だけれど、せいぜい数百メートルが限界だ。大国間同士で通信したいなら、途中に中継する魔導師を無数に配置する必要がある。コストパフォーマンスは最悪といえるだろう。

 あと持続時間も、コスパを考えると非常に悪いという感想を抱いてしまう。魔法を発動中は常に魂に負荷がかかる状態で、俺のようにアテナのサポートなしでは、女性でもそれだけで疲弊してしまうことは、想像に容易いことだ。

 なので、本当に簡単な光源魔法ですら、不安定で朝まで保たないことも多々ある。科学を知る自分の視点ではあるのだけれど、便利な部分と不便な部分がアンバランスに感じる。

 しかしそれは、この世界に生きる人々が改善したいと思うならば、研究を重ねて進歩していけばよいだけなのだ。他所の宇宙から転生してきた俺が、とやかく口を出す話ではないと思う。

 とにかく今回の第六次試験は、広範囲を網羅している上に、試験時間も短くはないだろう。もしかしたら千人を超える一流の魔導師を、試験官として雇入れているのかもしれない。俺は黒髪の試験官の顔をちらりと見る。

「なんだ? 我に言いたいことでもあるのか?」

「ああ、いえ。ジロジロ見るつもりはなかったのですが、小国育ちなもので、なんていうかにお会いするのが初めてでして」

 俺がそう言うと彼女は「フン」と、顎をげてうえから見下みくだすような仕草をする。

 彼女の出身国はおそらく、〝夜帝やてい〟ルシュノヴァース皇国であると思われる。なぜなら彼女は────

吸血鬼ヴァンパイアは物珍しいか? 低能なる人の子よ」

 そう、彼女は外見的な特徴からして、吸血鬼ヴァンパイア族と呼ばれる種族だ。前世の世界では吸血鬼ヴァンパイアは魔王側の魔族にカテゴリーされるであろう。しかしこの世界では、吸血鬼ヴァンパイア族は人族の味方なのだ。これには単純明快な理由があり、吸血鬼ヴァンパイアは数千年前に人族と同じように女神エアリアの祝福を受けているのだ。それ以降、吸血鬼ヴァンパイア族は人族の大陸で暮らすようになり、それこそが大陸の北側を統べる〝夜帝やてい〟ルシュノヴァース皇国なのだ。

 ルシュノヴァース皇国の女神エアリアへの信仰は他のすべての国を凌駕するといわれており、万が一女神エアリアへの不敬な言葉でも吐こうものなら、死刑さえありえると恐れられている。

 ただ最近ではルシュノヴァース皇国に多くの人族が暮らしており、歴史と共にヴァンパイアと人族との混血児も増えて、見た目も人族に近づいてきているといわれている。

 しかし目の前の試験官は明らかにヴァンパイアのな印象だ。純血のヴァンパイアほど人族を見下す傾向にあるというし、変なことを言って機嫌を損ねないように注意をはらうとしよう。

「いえ、そうではなくて、お美しい方だなと思いまして」

 えへへ、とおべんちゃらを言ってみたけれど、ゴミ虫を見るかの視線を返されてしまった。女性の扱いってどこの世界も本当に難しいなぁ。

「人間の男子だんじで第六次試験まで残ったというから、どんな者かと思えば締まらん顔だ。貴様のようなものが、エアリア様の祝福の証のような瞳をしていることが不快でならん」

 彼女は吐き捨てるように言い放つと、俺の虹色の瞳を睨みつけた。なるほど、俺は最初から嫌われていたのね。だったら気を遣う必要はなさそうだ。

「今回の試験についてひとつ確認しておきたいことがあるのですが、試験官である貴女が俺の試験に同行するように、ルールブックには書いていました。これって貴女を置いていかない速さでゴールを目指すことも、テスト内容に含まれていますか?」

「は? どういう意味だ?」

 彼女は俺の質問を、様子だった。

「ぶっちゃけて申し上げると、貴女ではたぶん俺の移動速度についてはこれないでしょうから、その辺のもテストの内容ですかと、尋ねているのです」

 彼女の表情は秒の経過と共に鬼のように変形し、放出される魔力は周囲の霧を渦巻いて、彼女の衣のように形どる。

「よもや、この誉れ高い〝聖跋十字隊グランド クルス〟の隊長たる、ルエル・サラマンデラが、貴様のような男児ガキ虚仮こけにされるとはな!」

 彼女は俺を嚙み殺すかのように、犬歯を剝き出しにして吠えた。

「安心せよ。貴様は纏閃フォースが得意かもしれぬが、我の具現イマジナリー魔法は〝黒稲妻狼フェンリル〟の二つ名を持っておる。我が雷光は、ルシュノヴァース皇国においても最速だと断言してやろう。置いていけるというのならば、やってみせるがよい。もし、本当に我を置き去りにしてゴールに辿り着けたら、我の純潔しょじょを貴様にくれてやろう」

 彼女は自分の胸を手で撫でながら、とても面倒くさい提案をしてきた。出会ったばかりの、しかも他種族の人の純潔とか本当に要らない。価値観の違いとかも考えると付き合うとかも大変だし、けっこう年上っぽいし。それに絶対にフィーナ様は怒るだろうし。あの人は俺にとっては、吸血鬼ヴァンパイアより怖いんだぜ。

 彼女の提案を辞退しようとした時、試験官が持つ懐中時計からアラーム音が鳴り響く。

「お待ちかねの試験開始に時間だ。さぁ、自慢の健脚けんきゃくとやらを見せてみるがいい」

 彼女はそう告げると、「スタートせよ」と声を上げた。

 仕方ない。純潔の辞退は試験が終わってからにしよう。

 (アテナ、最短最適ルートのナビを頼む)

 アテナからの情報が頭に流れ込む。同時に一歩を踏み出す。

 

俺の超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルは、

       ────




◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■





「受験番号21番。シュベルト・ウォルフスター。ゴールを認める」

 俺が全てのチェックポイントを通過し、ゴールのⅥ星旗ゼックス フラッガーを獲得したのを確認してくれたのは、ゴール地点に待機していた白髪の試験官だった。

「キミの担当試験官はどうした?」

「あー、いやそのうち来るんじゃないですかね」

 試験官の声はスタート地点で遠ざかり、二度とその声を聞くことはなかった。置き去りにした。聖跋十字隊グランド クルスやら〝黒稲妻狼フェンリル〟やらと、のたまっていた女性ひとを、大人を、吸血鬼ヴァンパイアを、置き去りにしてしまった。

 もしかしたら今頃泣いている可能性もあるから、彼女が追い付くまで少しここで待ちたいなと思ったのだけれど。

「シュベルト・ウォルフスター。キミは後続の受験者の邪魔になるから、こちらのルートから帰りなさい」

 白髪の試験官にさっさと帰れと言われてしまったので、仕方なく六階位層学舎正面入り口から立ち去ることにする。まさか家まで押しかけてこないよな、あの吸血鬼ヴァンパイア試験官。

 とにかく、かなり上位入選できたと思う。それも全てたるアテナ様のお力なのである。

 当然のことだが第六次試験は、ただ速く走ればいいというものではなかった。まずはトラップの数が凄まじかった。俺はアテナの最適ルートナビがあるので、それらのトラップ攻撃魔法さえもかわす道筋を駆けることができた。

 更にはチェックポイントを守護するガーディアンの攻略は、魔法知識と実践魔法を練り合わせて挑まなければならない内容だった。難解なパズル解きながら、適切な纏閃フォース輝撃シャイン具現イマジナリーの三種魔法を組み合わせて、ガーディアンの対処をしなければチェックポイントは踏めない仕様になっていた。

 だ。

 アテナはそれらのプロセスをすべて一手ですっ飛ばして、チート攻略してくれたのである。俺がガーディアンの攻撃を一度躱しているうちに全てが終わっているので、ガーディアンを無視してチェックポイントを踏める。なので、次のチェックポイントへとサクサク進めることができた。

 そしてそれはⅥ星旗ゼックス フラッガーを獲得する時も同じだった。きっとガーディアンの難易度は上がり続けていたはずなのだろうけれど、俺には違いが分からなかった。第一チェックポイントの時と変わらず、一手で終わった。六階位層学舎正面入り口に設置されていて、最後のガーディアンのボスみたいな奴が護っていた魔法陣の真ん中に、旗が出現したのでそれを手にしたら白髪の試験官にゴールを宣言してもらえたのである。

 すべては全知たる我らが女神様のお力なのだ。アテナ様はクールビューティーなのだ。

 (それほどでもありまん)

 いやいや、どっちだよ。でもマジぱねっス、とアテナによいしょをしていると、「帰る前に白マントを返却しなさい」と白髪の試験官に呼び止められた。危うく借りパクするところだった。

「一度の被弾も無かったのだな、、、」

 彼女は俺が渡したマントに目を落としながら呟いた。

「分かるんですか?」

「うん? ああ、被弾記録も確認できるようになっておるのだ」

 ほう、よく出来ているなと思った。もう少しこの白髪の試験官と話がしたいなとも思ったのだけれど、下方の階位層が騒がしくなってきた。どうやら、次の受験者たちが少しずつ近づいてきているようだ。俺は邪魔にならないように、ゴール地点から立ち去ることにする。

 

 その後の話は必要だろうか。宿泊施設に帰ってゴロゴロしていたら、ドアがノックされたから開けてみると〝黒稲妻狼フェンリル〟の異名を持つ吸血鬼ヴァンパイアが、モジモジとしながら立っていた話なんてのは聞きたいだろうか。

「純潔を捧げにきました」

 から始まり、「貴方様は女神エアリアご本人なのでしょう?」やら、「あの神々しいまでの身のこなしは、女神でしか成し得ぬ御業みわざ。我が今日まで恋焦がれてきた女神のお姿そのものでした」やら、「貴方様の光は、我の全てを満たしてくださりました。我は貴方様に出逢うためにこの世界に生を受けたです」やら、「もう〝聖跋十字隊せいばつじゅうじたい〟には脱退届を送付してあります。今日からは貴方様の犬としてお使いさせていただきます」やら、俺の話はまったく聞かずに、玄関先に居座りこんな世迷言よまいごとを並べ続けた。

 そしてとうとう着ていた服を脱ぎだし下着姿になって、自分の首に具現魔法で生成した鎖がついた首輪をはめてしまった。

「さぁ、この鎖を握って下さいまし。飼主様マスター」とほざいた瞬間、俺はブチ切れて彼女に手渡された鎖で彼女の身体を振り回すと、ルシュノヴァース皇国の方向に向かってぶん投げた。

 せめてもの情けで、空気との摩擦と着地の衝撃に耐えれるように防御フィールドだけは展開してやった。本当は一度死んだ方が本人のためなのだろうけれど、ともかく二度とこの地には帰って来ないでほしい。


 そんなことがあり、変に寝つきが悪くなってしまった俺は、気分転換に夜の街を散歩することにした。

 第六次試験が終わり街には人の活気が戻っていた。俺が産まれたエルアドロス王国にはこんなに大きな繁華街はない。そして前世ではこんなに安全が確保された環境など、世界のどこにもなくなってしまっていた。

 こんな平和な夜を、満月に照らされた明るい街を、アリシアと手を繋いで二人歩くことができたなら、どれほどの幸福なのだろうか。彼女のあの美しい声で名を呼んでもらえたら、どれほど幸せなのだろうか。歌が上手かった彼女に俺の好きな歌を唄ってもらえたら、いったいどれだけの、、、

 世界最高の科学者。いや、人類の長い科学の歴史においても史上最高の科学者であったアリシアだが、とても唄うのが好きで俺と二人にきりの日は、いつも唄って聞かせてくれた。

「音に神が宿り、歌こそが真理への到達の足掛かりだよ」

 そんな哲学じみた言葉を照れ隠しにするように語り、いつも美しい歌声を奏でてくれた。


 そんなことを考えながら、く当てもなく街を彷徨さまよい歩いた。どこを探しても彼女アリシアが居るはずもないのに。

 繁華街を抜けると、そこには聳え立つように巨大な時計塔が、満月を頭に乗せて街に影を伸ばしていた。第六次試験の夜鐘やしょうもこの時計塔から響く鐘の音色だった。

 その時だった。風に乗って微かに音色メロディーが流れてきた。俺はその音色に、〝歌声うたごえ〟に耳を奪われた。いや、すべての意識を奪われてしまった。

 アリシアだ。アリシアの歌声だった。何度も聴いた。俺が彼女にせがんで、何度でも聞かせてもらった、アリシアの歌声がこの夜の街に流れていた。俺は声の発生源を探す。

「アリシア!! どこに居るんだ!?」

 この声は、、、、上からだ!

 夜を讃えるように建つ時計塔の頂上。満月と時計塔が重なるその場所に誰か居る。アリシアが居る。アリシアが唄っているんだ。

 俺は時計塔の頂上まで一気に飛翔して着地した。そこには一人の少女が街を見下ろしながら、時計塔の屋根の端に座り歌声を響かせていた。至近距離で聞くともう間違えようはない。アリシアの歌声そのものだった。

 俺が彼女の背後に立つと、その歌声はピタリと止んだ。美しい音色の讃美歌さんびかだった。でも酷く退屈そうに唄っているようにも聞こえた。これほどまでに美しい音色であるにも関わらずだ。

 俺はその後ろ姿に声をかけた。転生した世界でやっと出逢うことができたんだ。

「アリシア……、俺だ……」

 俺は彼女に自分の前世の名を告げようとしたその時。

「いきなり現れて、違う女の名前呼ぶとか、超失礼なヤツじゃん」

 満月の光を反射するかのような長くなびく銀髪。瞳はあかく光り、左耳にはピアスがいくつも付けられていた。そして犬歯が見えるほどにニヤリさせて俺に言い放つ。

「マジでないわー」

 

 ギャルだった────

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