異世界の中心で愛を叫ぶな
時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たす時。つかの間、俺は自分勝手になり自由になる。誰にも邪魔されず、気を遣わず物を食べるという孤高の行為。この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒しといえるのである。(引用:孤独のグルメ)
まぁ、ここは現代じゃなく異世界なんだけどね。しかも俺は貧乏な学生(予定)の身分なのだけどね。という訳で学園都市の歓楽街で、なるべく安くて量がたくさん食べれそうな店を探し歩く。学園都市なら学園の食堂と違ってじろじろ見られることもない。
夜の歓楽街は腕を組んで歩く男女の姿も多く見られる。前世との比較なのだけれど、この世界の女性たちは男性に対して積極的にアプローチする人が多い。理由はおそらく男女比率のボリュームが女性の方に大きく傾き、さらに男性の平均寿命が短い。
アマンダの安宿のような裏道のホテル街では、女性が男性を少し強引に連れ込んでいるような場面を目撃することもあった。俺も男子ひとりのクラスとかになれば、ハーレムモテモテ薔薇色な青春を過ごせるかもしれない……。
ふぅ、ため息をつく。前世の妻アリシアを想い出す。この異世界に転生したけれど、俺はもうあんなに誰かを愛することはないだろう。生まれ変わって十三年が過ぎるのに、色褪せることがない幸せな時間。耳に残る愛しい声。彼女の和わらかな薔薇の匂い。
俺はもうきっと誰も好きにはなれない。だから────
己の全てを懸けて奴らと、名状しがたきモノたちとの決着をつけよう。今度こそこの魂の全てを焼き尽くしても、奴らを討ち滅ぼそう。
それが叶うなら、俺はこの転生した人生を終えてもいい。この世界で誰とも結ばれなかったとしても、この世界を救えたならば、きっと前世の人類が、歴史が、アリシアが、その全てを懸けた叡智に意味があったといえるだろう。
そんなことを考えながら、飯屋を探していたのだけれど、、、、、、
(30分前から尾行されています。7時方向、距離13.4メートル)
「マジか……、全然分からんかったわ」
アテナからのに警告に俺は後方の気配を探る。気配察知には自信があるのだけれど、教えられた座標に違和感がない。ストーキングの天才とかかな。三十分前というと、エアリアル学園を出た時からだ。見張って情報収集をする目的にしては、俺との距離が近いように思う。俺が
となると、どの勢力が俺の存在が邪魔なのだろう。エアリアル学園五百年の歴史で、男子で初の第四次試験を突破した快挙。これを邪魔に思う勢力は、、、、、
エアリアル学園の上層部なら、俺を不合格にすればいいだけだ。エアリアル学園の運営に大きく影響力を持つ三大魔導国家も、俺を不合格にする権限を持っているだろう。そうなると別の勢力。もっと小規模な…、そう三大魔導国家を取り巻く小国はどうだ。俺の産まれ育ったエルアドロス王国を快く思っていない小国が、今回の俺の快挙の知らせを聞いたらどう思うだろうか。エアリアル学園への入学が確定する前に消してしまおうと、暗殺者を放っても不思議ではない。そうなると、食事は賊を片付けてからがいいだろう。毒を盛られたり俺が入ったお店で襲いかかってきて、お店や周囲の人たちに迷惑をかけられるのは不愉快だ。
そうと決まれば、こちらから誘いをかけるとしよう。
暗い裏路地に入って五十メートルほど進んだ時、人影も誰も居なくなったその刹那。ずっとこの
俺は瞬時に
「しかも姿が背景を取り込んで見えにくい。光学迷彩のような魔法を、自身の肉体にかけているのか」
俺の問いかけに、暗殺者は黙って後ずさる。今の不意打ちで仕留められなかったことに焦っているのだろう。ここで逃げるなら見逃してやらんでもないが。
しかし相手は向かい合ったままこちらの隙を伺っていて、俺の背後に回りたそうにしている。なるほど、あくまで俺を始末するつもりか。でもな、暗殺者は対象に姿を認識されるようなら負けなんだよ。さっさと片付けて飯を食いたいから、今度は俺から仕掛けるとする。
「なっ!? いっ、いきなりそんな、、、、 力強く抱きしめるなんて!!!」
暗殺者の声は思ったより若く、捕まえた身体は腰のくびれと胸の膨らみの凹凸がエクセレントだった。
「ちょっ!! ど、どこを触っている! こんな、、、
何言ってんだ、こいつ。お前がその暗い路地まで
凄い力でめちゃくちゃに暴れるから、安全に光学迷彩魔法を解除するプロセスに、リソースを割けない。仕方がない、ちょっと分からせてやるか。この世界には男子でも女性以上に強い存在がいることを教えて、抵抗心をへし折ってやろう。
俺は暗殺者を体を振り回して、近くにあった壁に圧しつける。瞬時に壁の強度も上昇させて、透明な両手を掴む。そして頭の上まで力ずくで持ち上げ屈辱的な万歳のポーズをさせてから、膝を股の間に差し込む。ふふっ、どうだ。悔しいか。
「そ、そんなことを、、、、、、ッ!! くッ!!」
暗殺者は今にも「くッ、殺せ」とか言いそうに、喘ぐような声を漏らす。
相手の反応の良さに、ちょっと
さて、いよいよ光学迷彩魔法を解除するとしよう。
「おまえの全てを晒してもらうぞ」
「やめろ、、、そんな
彼女が俺の言葉にビクリと反応して、大きく体を捩った時だった。俺の唇に何か柔らかい透明なモノが触れた。少し湿っているモノだった。吐息が触れる感触がした。
唇に触れた透明なモノを頭が理解できなくて、柔らかなモノが触れたまま、俺の時間が止まる。
2秒、3秒、、、
暗殺者から全身の力が抜ける。しかしその直後、尋常ではない魔力の高まりが彼女の身体から、いや正確には彼女の下半身あたりから解き放たれた。
「なっ!!!???」
暗殺者の姿が露わになる。輝く魔力ははっきりを彼女の姿を浮かび上がらせる。
その蒼い瞳は涙で潤ませ、
ああ、そういえば俺がデリカシーに欠けることを言ってしまい、よく彼女を怒らせて殴られたなぁ、と走馬灯のように過去の記憶が流れてきた。
えっ? 俺、死ぬの?
「〝
女神の怒りの如き一撃。俺は夜空の彼方まで吹き飛んだ。
◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
まずいことになった。俺は具現化した棒を杖のように
学園都市の外まで飛ばされる運動エネルギーを相殺する時、うっかり熱エネルギーに変換してしまった。そしたら持っていた鞄が発火してしまって、中の荷物が全部燃えたのだ。
幸い俺の荷物は大事な物なんて入ってなかったんだけれど、他の誰かの大切なノートまで燃えて灰にしてしまったのだ。やらかしたと思ったんだけれど、そこで持ち主が名乗り出たら素直に謝るという選択を取ればよかった。
「ノートの中身がどんな内容だったかは分からないけれど、不注意でノートを灰にしてしまいました」と誠意を込めて頭を下げれば、こんな苦境にはならなかったはずだ。
ノートの燃えカスを手にどうすっかなと途方に暮れていた時、アテナから(焼失したノートは拾得時にスキャン済みです。アップロードして復元しますか?)とクールな助け舟がきた。しかしそれが俺を奈落へと沈める泥船だったのだけれど。
俺が即答でイエスと返すと、燃えカスは昼間俺が拾った時のノートの状態に復元されて手の中に納まった。おお! すごい! と歓喜の声を上げる刹那。
ノートの内容が、一瞬で全て頭の中に送り込まれてきたのだ。
「オエェっ!!!」
吐きそうになった。いや、実際に少し胃液を吐いた。分厚いノートにびっしりと書かれた文字情報の濁流に、少し呑まれて酔ったのもある。しかしこの胸焼けは、肌を泡立たせる悪寒は、ノートの内容にこそあった。
この異世界の中心で愛を叫ぶ──── 妄想自作の恋愛物語だった。
このノートに書かれた物語の主人公ジュリエッタは、十三歳の女子だった。
ジュリエッタは幼い頃に両親を失い、王国の女王
そして彼女は世界を闇に堕とそうと、永い眠りから蘇ったダークドラゴンキングを倒す運命を背負って、日々孤独と重圧に苦しむ少女時代を過ごすのだった。
しかしそんな不幸なジュリエッタにも、転機が訪れる。彼女が十三歳の時、王国の貴族が集うエリート学園の中にある〝その木の下で出逢った男女は必ず結ばれる〟という伝説の木の下で、一人の少年ロミアに出逢う。
ロミアの瞳はまるで星屑のように煌めいていて、いや、描写的に本当にキラキラとした光を
そ、そして、二人は出会ったばかりなのに、なんだかんだあって、ジュリエッタが強引にロミオから抱きつかれたりしていると、なんと偶然のキスをしてしまったのだった────
それから、、、それから、、、、なんとそのロミアは少年にも関わらず、世界最強の
なので、ロミアはジュリエッタに強引なアプローチをして、壁に圧しつけたりすることも簡単なのだ。なるほど、その設定のための少年の強さか。
ジュリエッタはロミアに「キミはもう戦わなくてもいい」「俺の瞳だけを見てろ」とグイグイと迫られて、彼女は遂にロミアの想いを受け入れるのだった。
ここからが本当にしんどい。恋人になったジュリエッタが重すぎるのだ。
それはもちろん体重の話ではなく、気持ちが重い。惚れた男に対しての愛が重い。不安になる気持ちを
まるでブラックホールのような質量の、真っ暗な愛を胸に秘めた少女。それがジュリエッタだった。
いや、このノートにこの物語を描いた女子の内面なのかもしれない。
その後、ロミアをたぶらかす他の
しかしその後、物語は急転直下して、嫉妬に狂った心の醜い
とにかくこんな内容が、すご─く、すご──く、うだうだと書かれていたのだ。
これは紛れもない、
俺は危険なノートを抱えながら、受験者の男子が宿泊している施設に帰ってきた。静まる宿泊施設。それも当然で、現在この施設には俺しか泊まっていない。
俺は考える。もしこのノートが自分のモノだとして、それを落としてしまったらどうするだろうかと。(答:当然、慌てて探すことになる。
俺は考えを巡らせながら無人の廊下を歩く───
そして自分が見つける前に、誰かに拾われて、その人から「これはアナタのノートですか?」と問われたらどう返答するだろうか。(答:「違う」と答えるだろう。
誰も居ない廊下。今日はいつもより少し暗く感じる───
その人がノートを持ったまま、街中をぶらぶらしていたらどうするだろうか。(答:奪い返すチャンスを
一歩、一歩、俺の部屋に近づく。当然周囲には誰も居ない───
対象が
宿泊する部屋の前に着く。足音は俺一人のものしか響いていない───
もし奪い返すのを失敗して、さらにもしかしたらこの内容を読まれた可能性があるとしたら、読んだ人間をどうするだろうか。
(答:──────
俺が宿泊する部屋の前で立ち止まる。背後には誰の気配もない。気配探知を使っても一切の反応は示さない。だから誰も居るはずがない。
俺はゆっくりと、ゆっくりと振り返る。
そこには──── 誰も居ない薄暗い廊下が続いていただけだった
「さすがに、男子の宿泊施設まではストーキングしないよなぁ」
俺は息を
「おかえりなさい」
「うああああああxtxtx────」
部屋の真ん中に置いてある椅子に、彼女は座っていた。ジュリエッタ、、、、ではなく、昼間木の下で会った少女だった。さっき俺を、夜空の彼方まで殴り飛ばした女子だった。
あとを
「ど、ど、どうして、、、ここが!?」
俺の問いかけに彼女は、凛とした表情を崩さずに落ち着いた声色で返す。
「貴公は有名人なようだな。皆、貴公がどこの部屋で寝泊まりしているか知っていたぞ」
「そ、そうなんですか、、、」
みんなって、どれくらいみんな? 女子ってそんな話するの?
「私がお邪魔させてもらったのは、貴公に詫びをさせてもらおうと思ったからだ。さっきは突然殴り飛ばしてしまって申し訳なかった。貴公が噂通りの強さでなかったら、命を奪ってしまっていたかもしれない。すまなかった」
命を奪ってしまってのところのアクセントが、心なしか強かった気もするけれど、彼女が立ち上がり折り目正しく真摯に頭を下げるその誠実さに、俺は少しだけ警戒心を解く。
「いや、こちらこそ、もっと早く気がつくべきだった。これはキミのノートだったんだね」
自然な表情で彼女にノートを差し出す。余計なことは言わない。「大丈夫だよ、中身は読んでないからね」とかは、絶対に言わない。
俺が差し出すノート見て、彼女はしばしの沈黙をする。俺はさわやかな笑顔を崩さない。この沈黙に耐える! 命懸けで!
「貴公には、本当に非礼なことをしてしまった。これは私の大切なノートなんだ。あの時は貴公に中を読まれてしまったのかと思い、気恥ずかしくて言い出せなかった。そのことで、多大な迷惑をかけることになってしまった」
彼女はノートを受け取ると、大事そうに胸に抱きしめてそう言った。ここだ。この一言が勝負だ。
「たしかに自分の学習ノートを他人に見られるのって、恥ずかしいよなぁ。俺は特に字が下手くそだから、その気持ち分かるわ~。でもキミは、雰囲気的に字が上手そうな感じだけれどね」
どうだ…? さり気なく中身を読んでないと判断できるワードチョイスをした。自然だったはずだ。いけるか? いけてくれ!
彼女はノートを抱きしめたまま、蒼い瞳でジッと俺の目を探るように覗き見る。俺も決して目を逸らさずに、彼女の蒼い瞳を見つめ返す。
至近距離でじっくり見る彼女は、
彼女のジャッジが下るまで、俺の思考は恐怖から逃れるように現実逃避をする。
そして────
「いや、私も字は下手なのだ。それでこの学習ノートを見られたかと思ってしまい、動揺して
彼女は堅い表情を、少しおどけさせてそう言った。
よし! いけた!! 切り抜けた! 命を繋いだ!!
「わかる。わかる。そういう気持ちよく分かるし、全然もう気にしなくて大丈夫だから。別にケガもないし、無事にノートも返せたし」
お互い立ち話もなんだからと、俺は彼女に椅子に座るように促す。俺が泊まる宿泊施設は二人部屋なのだろう。少しスペースは広めでベッド一台ずつ部屋の両端に離れて設置されており、真ん中に机と二脚の椅子が置かれている。
彼女を座らせると、俺は紅茶を入れて彼女に差し出す。
「こんな夜分に押しかけたのに、気を遣わせてしまってすまない」
押しかけた? 部屋主が居ないのに忍び込んで、真っ暗な部屋で勝手に待ち伏せするのを、押しかけたというのだろうか。それってもう半分犯罪なような気もする。だがしかし、俺はそんなことを想っている素振りは、一切見せない。ひたすら正解の回答を出し続ける
「キミのような可憐な
彼女はまたジッと俺の目を見て、、、、、
「もぅ、、、 貴公は口がお上手なんだな」
と上目使いのまま照れ隠しをするように、俺が入れた紅茶を飲んだ。よし、このまま少し話して紅茶を飲み終われば、彼女を帰るように
「私はこんな見た目だから男性から可憐だとか、可愛いとか、そんな言葉は言われたことはない。男子は皆、天真爛漫な小動物のような女子が好きなのだろう?」
彼女はカップを置くと、また俺の表情を伺うようにジッと目を見つめてきた。天真爛漫な小動物系と言われて、真っ先に思い当たるのはフィーナだな。たしかに彼女の男性受けは最強だろう。あざといくらいに可愛い
そしてこの部屋まで押しかけてきた名前も知らない女子は、簡単には話しかけられないような隙のない雰囲気で、近づき難い高嶺の花という印象だ。しかしそれをそのまま言うやつは、バカなのだ。戦場では生き残れない。この場合の正解の回答はこれだ。
「まぁ、確かにキミが言う通り、小動物系の女子を好きな男が多いだろうね。ただ俺が一番惹かれるのは、綺麗な瞳なんだ。小動物系とか俺には些細なことだ」
俺はそのセリフと共に、ジッと真っ直ぐ彼女の瞳を見つめる。彼女は俺の
勝った。相手の言葉を否定せずに受けとめて、そして俺は違う価値基準だと提示する。しかも「キミの瞳は素敵だね」とか、IQが低そうな言葉は使わない。
彼女はその後、俺に少し心を許してくれたのか、
彼女は「すまない! こんな遅い時間まで、自分の話ばかりしてしまって」と、慌てて立ち上がる。ああ、よかった。帰ってくれる。やっと解放される。
俺は嬉しさで気が抜けてしまった。彼女の自然な口調に、警戒心を
「ふふふ、でもこんな時、ロミアならジュリエッタの部屋まで送ってくれそうだな」
「たしかに。ロミアは優しいからなぁ。でも俺が女子の宿泊施設まで送るわけには────」
今まで気さくな笑顔で話していた彼女の眼が、氷のように冷たくなる。
「ヤッパリ… ヨンダノカ…」
ああ、ダメだ。何か弁解を、言い訳を、、、、、、ああ、、、無理だ、、、、
「あれを…、よまれてしまったら……」
突如、室内に嵐の塊のような魔力の暴風が吹き荒れる。
「もう…、いきていられない………」
彼女の蒼い瞳はハイライトが消えて、正気さえも失ってしまったようだ。
「わたしは……、もう………」
さっき俺が殴り飛ばされた
彼女は
(対象のすべてのエネルギーを虚数宇宙へ転送するプロセスが完成しました)
アテナからのスーパーアシストが頭に響く。さすがやれば何でもできる子。
「間に合え────!!!」
彼女の下腹部に集約した魔力の塊が、原子崩壊するかのように炸裂するその刹那。
俺は彼女の額に二本の指を押し当てる。部屋を荒らす魔力の暴風は、ピタリと止んだ。一瞬で訪れる静寂。俺の額からどっと汗が流れてきた。
「あっ…、あっ…」
彼女は目を大きく見開いたまま、身体を硬直させて、直後にぐにゃりと膝が折れ曲がり、地面に身体を落下させた。
「危ない!」
俺はその場に膝から崩れ落ちる彼女を、床に身体を滑り込ませて抱き止めて、地面との衝突を回避する。彼女は声すら出せないようで、全身の筋肉が弛緩しているように感じ取れた。
(対象の筋肉を制御するエネルギーまで奪ったようです。22秒で元の状態に戻るでしょう)
アテナさんもかなり焦ったんだな。マジでギリギリだったからなぁ。彼女を床に座った体勢で正面から抱きかかえたまま、俺が大きく胸を撫で下したその時だった。
ジョロジョロジョロジョロジョロ─────
彼女の身体を支えるために、彼女の股の下に入れ込んでいた俺の下腹部に、温かさが広がった。シャワーを浴びるような温もりだった。
「あっう……、うぅ…、ああっ………」
彼女はぶるぶると身体を小刻みに震わせながら、吐息を漏らすように
約三十秒後。彼女から流れ出る温かな液体は止まり、彼女は俺にしがみつくように抱き着いたまま
彼女はまるで、もうどうにでもしてくれと言わんばかりに、俺にされるがままに横たわり虚空を見つめながら涙を
俺は拳を握りこみ、自分の顔面を思いっきり殴打する。血が飛び散り、痛みで頭がスッキリする。まずは今やるべきことをしよう。彼女への
「濡れた服を脱がせるから」
俺はそう彼女に告げると、部屋の明かりのできる限り暗くする。彼女は頷くことさえせず、覚悟を決めたように目を閉じた。
俺は彼女の下半身を包む、ぴったりしたサイズのズボンを脱がせる。濡れて肌にへばりつくズボンを脱がせるのは難しかったが、それでも可能な限り優しい力で両脚から抜いた。
その下には当然、濡れた下着があった。彼女は一切の抵抗はしない。まるで身体に筋力が戻っていないかのように、ぐったりとしながら時々
罪悪感と
ズボンを脱がしたことで、彼女の下半身から漂う匂いが一層濃度を増した。俺は無言で濡れた下着に手をかけた。一瞬だけ彼女はビクッとしたけれど、やはり抵抗することはなかった。
暗闇の中、下着を膝まで下して片足ずつ脚を抜き、彼女の下半身を丸裸にする。その後、手際よくお湯を生成してタオルをお湯で絞り、丁寧に彼女の濡れてしまった下半身を拭く。タオル越しに伝わる彼女の絹肌を傷つけないように、優しく肌に添わせた。
「ハァ、、ハァ、、、」と、彼女の息遣いは荒くなる。
その時、灯りを落として暗闇にしているはずなのに、彼女の下半身がぼんやり光って、薄っすらと肌の色が見えてしまっていることに気が付く。
彼女の
まるで模様みたいな───── 疵があった。
これと似たような形の疵を、どこかで見たように思う。
疵は彼女の息遣いと呼応するかのように、ゆっくりと点滅して暗い部屋に灯りを漏らしている。妖艶な光だった。俺は思考力が落ちていたのか、光に誘われるように疵に触れてしまった。疵をやさしく中指の腹で
「アアッッ……ん──ッ!」
彼女の身体は弓を引くかのように大きく
「ごめん!」
俺はもう一発自分の顔面を殴り、彼女の下半身を拭く作業を再開する。汚れたであろう場所はすべて拭き取った。
その後、
その作業が全て完了してから、俺は部屋を明るくして床に正座をした。
彼女はその時にはもう泣き止んでいた。その蒼い瞳は光を失ったままだけれど、それでもベッドから身体を起こして、力ない視線を俺に向けてきた。
彼女の心の恥部たるノートを勝手に読み、更には失禁させてその下半身にタオル越しとはいえ触れる。うら若き乙女を、これ以上ないくらい辱めてしまった。
その罪には、どんな罰が
だとすると俺にできることは────
「誠に申し訳ございませんでした。防御魔法は全て解除しますから、俺の記憶がなくなるくらい気の済むまで殴ってください。ただ、どうか命だけはご容赦ください」
俺は床に両膝を付いたまま、真っ直ぐ彼女の瞳を射抜く。
そして床に頭を打ち付けて土下座をした。
沈黙。
床から額を上げない俺には、今彼女がどんな
そんな彼女からの
俺は自分が心底情けなくて、土下座をしたまま耳まで赤くしていたら────
「くくくっ、、ふっふっふっ、、、、あははははは────」
ベッドの上の彼女が、突然吹き出すように笑い出した。おそるおそる頭を上げると、お腹を抱えて笑っていた。
「お腹、、、減ったのか?」
彼女は優しい声で俺に問いかける。瞳には少しだけ光が戻っていた。
「は、ハイ」
「そうか、それなら─」
彼女はベッドから降りて、部屋の出口に向かう。えっと、お帰りになられるの? と思った時だった。
「すぐに戻ってくるから、それまでに…、その汚してしまった貴公の服を着替えておいてくれ」
と、恥ずかしそうに向こうを向いたまま俺に告げて、扉から出て行ってしまった。
俺は彼女の失禁で濡れてしまった服を着替えて、椅子に座った。すぐに戻るとは、どういう意味なのだろうか。
彼女の目的が、
慌てて扉を開けると、何か荷物が入った袋を手に下げた彼女が「お待たせ」と微笑んでいた。
一瞬、別人かと思った。後ろで結ってお団にしていた髪をほどき、後ろで一つに束ねていた。服装は上下ともに変わっていて、部屋着のように少しラフで可愛い感じのワンピースだった。しゃべり方もなんだか柔らかいというか、、、 そしてなにより、その瞳はアリシアのように蒼く輝く宝石のようだった。
アリシアが俺を見詰めてくれる輝きそのものだった。
俺が呆然としていると、彼女は「お邪魔します」と部屋の中に入り、ちょっと座っててと俺を椅子に座らせ、部屋のスペースに土魔法で作業台を生成した。
そこからの手際は見事の一言で、まず持ってきた可愛らしいエプロンを着けて、袋に入っていた食材を作業台に出すと、包丁を錬成して慣れた手つきで調理していった。金属性魔法で鍋を錬成し、食材を鍋に入れて火属性魔法で煮込み始めた。部屋にはいい香り充満して、空腹が限界に到達する頃。
「できあがり」
彼女はお皿にシチューを注ぎ、大きめのパンを添えて部屋の真ん中にあるテーブルに置いてくれた。二人分の食事が置かれたテーブルに向かい合って座る、俺と彼女。
「いただきます」
と俺が日本流で手を合わせたら、「なにそれ」と彼女は
「美味い! 美味すぎる!!」
空腹なこともあっただろう。でもそれを差し引いても、彼女の料理は美味しかった。この世界に転生してから一番と思えるほどに。
「そう言ってもらえると嬉しい。私、両親居なくてずっと一人だったから、料理は小さい頃から練習してたの」
彼女の口調は、明らかにさっきと違っていた。俺は料理をいただきながら、彼女の話に耳を傾ける。
「私、不器用だから、感情が高まると、さっきみたいに魔力が暴走してしまうの。それでいつもお師匠様に叱られてしまって、、、、、」
あれだけの大魔力だと、制御するのも難しそうだ。俺みたいに、アテナが全部やってくれているような人間には、分からない悩みだろう。
「辛くても、弱音をはけるような相手は誰もいなかったの…。だから、妄想の世界に救いを求めてしまって、こんな恥ずかしいノートを、、、」
彼女は机の隅に置かれた自分のノートに、憐れむような眼差しを向ける。妄想に
「周りのみんなは私に期待してくれるけど、私はそれに応える自信はないの。正直、あまり戦いとか好きじゃないし、、、、。私、別の夢があるから」
ふむふむ、と聞きながらシチューのおかわりを彼女に頼む。彼女は嬉しそうに微笑んで、たっぷりとお皿に注いでくれた。
お皿を受けとった俺は、「別の夢って?」と尋ねた。内心でジャガイモうめ~と思いながら。
「う、運命の
シチューを食べる俺の手が止まる。それは凛としている時の彼女には、似つかわしくない夢だった。でも今、目の前で碧髪と対照的なほどに顔を赤く染めて、美しく整った顔が崩れるほど照れ笑いする彼女には、叶えられないはずのない夢だった。
「なれる! キミなら絶対に最高のお嫁さんになれる。こんなに料理だって上手だし」
「ほんとに? ほんとになれる? そんなに美味しくできてる?」
喜ぶ彼女の可愛らしい仕草に、俺は前世の女性仕官のことを想い出す。凛としている時のこの少女と女性仕官は、本当に雰囲気が似ている。髪や瞳の色は違うけれど姉妹かと思うほどに。
だからもしかしたらあの人も、あの女性仕官も、俺の知らない可愛い内面があったのかもしれない。誰も知らないような、彼女の夢があったのかもしれない。
もっと彼女のことを深く知りたかったと、なぜだか思ってしまった。だからかもしれない。目の前に座る女性仕官に似た少女に、こんなセリフを言ってしまった。
「俺だって、毎日キミの料理を食べたいくらいだ」
そのセリフを聞いた彼女は、スプーンをテーブルに落としてしまった。
自分が今
(発言者はロミアです。妄想ノート133ページより)
ああそうだ、、、これってロミアがジュリエッタに、遠回しにプロポーズした時の言葉だった。
彼女は
俺は自分の発言を後悔しながら、沈黙に耐え続ける。すると彼女はシチューを食べ終えて、「シュウくんって付き合っている人とか、婚約者とかいるの?」と、
というか、いきなり「シュウくん」呼びをされた。
貴公からシュウくんって、距離感の縮め方がおかしい気もするけれど。
「いや、恋人とか婚約者とかはいないけど」と、何も気にしていないような
「そう! じゃ、シュウくんってどんな子供だった?」
不安が消えたように、表情がパッと明るくなった彼女から質問攻めを受けた。好きな食べ物。好きな歌。家族構成など、お見合いでもそこまで聞くかなと思うほどだった。
「話は尽きないけど、流石にそろそろ帰った方がいいような、、、、」
グロッキーになるほどの質問攻撃に、俺はたまらずギブアップする。時間はもう深夜さえ過ぎて夜明け前だった。
「じゃ、これだけ! 最後の質問なんだけれど」
彼女はそう言うと、大きく息を吸って吐いて、アリシアと見間違うほどの、
あれは、この夜のあれは、俺の唇に触れた透明なモノは何だったのか。
俺は────
「今晩までは、一度もないよ」
と答えた。彼女に聞いて確かめる勇気なんてなかった。
「そう、、、なんだ、、、」
彼女は立ち上がり俺に背を向けて、料理で使った物を片付けてゆく。そして玄関まで俯いたまま進んで、見送る俺に振り返る。
彼女の
なぜ、彼女に対して酷いことばかりした俺に、あんなにも美味しい料理をごちそうしてくれたのか。あんなにも楽しそうな笑顔で話をしてくれたのか。俺のことを色々と尋ねてきたのか。
なぜ、振り返り顔を上げた彼女の瞳が、蒼く燃えるような
いや、きっと宇宙の真理に到達しうる奇跡の叡智が存在したとしても、十三歳の少女の心を解明することなんか、永遠にできやしないだろう。
「私も、今晩まではしたことなかったから────」
扉の外に出た彼女はそう言って、ジッと俺の瞳を
「それじゃ、シュウくん、またね」
彼女の声が廊下に響いて扉が閉じていくその時間、最後僅かな隙間が閉じるまで、
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