落とし物、拾い物

 人の視線が怖い。そんな風に思ったのは、初めてかもしれない。

 前世では十三歳になる頃に、名状しがたきモノたちが突如として表舞台に現れ、世界の安寧と秩序を乱し始めた。各国の正規の軍隊は奴らとの戦いで多くの兵士を失い、すぐに経済活動より人類防衛の方に重きを置かれるようになっていった。

 日本に産まれた育った俺は中学は男子校に通い、高校は当時発足された世界防衛機構の政策方針で軍事訓練学校に入学することになった。そして卒業と共に戦場に生きる兵士となったのだ。アリシアと出逢うまでの人生は女っ気のあるものではなったが、それでもこれだけは胸を張って言える。

 ともに恵まれた。戦友せんゆうに恵まれた。想い出すだけでも吐き気を催す邪悪に満ちた戦場ばかりだったけど、大切な戦友ともを失うばかりの悪夢の戦場だったけれど、それでも魂在るかぎり忘れたくない、かけがえのない仲間たちに出会えた人生だった。

 悍ましき怪物たちは何度戦っても恐ろしかった。あの人類に対しての、底知れぬ悪意に染まる眼に恐怖した。だからこそ一度も、人の視線なんかを怖いだなんて思ったことはなかった。

 

 俺は購入した小さなパンを片手に彷徨い歩く。今日は第五次試験当日で、俺はまた夕方ごろに試験開始予定だ。三階位層学舎に千人くらいが一度に食事ができる三階建ての大食堂の施設にがある。入試期間中も昼食時だけは営業をしていて、受験者なら誰でも利用できる。俺も第三次試験の前後は何度も利用していた。安くて量が多くてなにより旨い。今日は朝からずっと腹が減っていたので、久しぶりに大食堂に足を向けた。しかしそこで俺を迎えたのは、無数の視線だった。

 俺が食堂の扉を開けるなり、何百人か数えることもできない女子受験者たちが、一斉いっせいに俺を見た。一瞬の静寂のあと、ヒソヒソと話しながら皆が俺を目で追ったのだ。

 第四次試験を突破した男子受験者は、星煌せいこうエアリアル学園の五百年の歴史の中で史上初の快挙らしい。すごいことなのだろう。本来ならば誇れることなのだろう。しかし俺のは違うのだ。俺はこの世界の魔法を使っていない。は、 AIは前世の人類が執念と全ての希望を懸けた、奇跡のような叡智の結晶なのだ。だから快挙などと俺を讃えられても、あるいは不正を疑われても、どちらも辛い気持ちになる。

 もちろん俺は前世の人類の叡智を駆使して、この世界で奴らを全て屠ることを誓った。この身が砕けようと今度こそ一匹残らず討ち滅ぼすと決意したんだ。その決心に揺らぎなどは無いのだけれど。

 結局俺は多くの視線に耐え切れず、食堂で食事をせずに持ち帰れる焼きパンをひとつ買い、逃げるようにその場を後にした。いや、逃げるようにではなく逃げたんだ。

 怖かったんだ。

 俺はこんな弱い人間だったんだなと、前世の仲間たちと過ごした時間を思い出しながら、今の孤独を自嘲する。

 そんな臆病な俺はパンを片手に、人が居ないような場所を探し彷徨う。今日の第五次試験は五階位層学舎域の施設で行われる。なので入試を受ける者は五階位層学舎域への入場が許されている。エアリアル学園は山を覆うように、学舎や施設が立ち並んでいる。五階位層にもなるとかなり見晴らしも良くなってきて、学園都市を見渡せるような景色がいい場所にはいくつもベンチが置かれていたりする。

 俺は人が少ない場所へと足を進めた。すると、大きな木の陰に隠れたベンチを発見したのだった。周囲に人影はなく、しかし都市を一望できる素晴らしい景観だった。

「ここがいいな」

 臆病な俺にはぴったりの場所だ。もう一度自嘲して少し冷めてしまった焼きパンをかじる。

「よし、このパンを食べ終わったらもう弱気は終了だ」

 俺は自分に叱咤し、気持ちを入れ直す。こんなことでびびってんじゃねよ。

 そういえば昔、前世で平凡な兵士だった頃、俺がよく戦闘前にびびっていた時に叱咤激励をしてくれた女性仕官が居たな。あの頃はまだ俺も二十代前半だったけど、同じ歳とは思えないほど彼女は大人びていた。どの角度から見てのも一分の隙もない、そしていつも背筋がピンと伸びた、俺たち男兵士の憧れだった。凛とした高貴な美しさだった。戦場の華だった。

 そんな彼女も死んでしまった。悪夢のような悲惨な戦場だった。俺の腕の中で彼女は息を引き取った。そういえばあの時。あの最後の瞬間とき。彼女は俺に何かの言葉を必死に伝えようとしていた。切り裂かれた喉は彼女から言葉を奪ってしまったけれど、それでも最後まで懸命に想いを伝えようと涙を流していた。もしかしたら愛する人への伝言を頼みたかったのだろうか。

 俺はそんなことを考えながら、焼きパンの最後のひと口を頬張る。さて、行くか。そう思い、ベンチから立ち上がろうとした時、左足の踵あたりに何かがコツンと当たる。俺が足元を確認すると座席部分の死角になっている場所に何かが落ちているようだ。

「ノート?」

 分厚いノートだった。この魔法文明の世界では、平和な頃の前世のようにコンビニや文房具屋でお安く手軽に買えるような代物ではない。ただここは大陸中の金持ちエリートが集う学園なので、このような豪奢な装丁そうていのノートを普段使いする生徒もいくらでもいることだろう。でも今は入試期間中で学園内には受験者しかいない。ノートは豪奢で頑丈そうな装丁そうていなのだけれど、それでもかなり使い込まれた跡が残っている。きっと入試のために必死にこのノートを使って勉強したのだろう。持ち主にとって大切な物に違いない。

 そう思った俺は、鞄からエアリアル学園の試験案内状を取り出す。確か、、、、

「あった、ここだ。拾得物を受けってくれる施設は」

 一階位層学舎域には学園の事務所施設があるようだ。きっと落とし主は困っているだろうし、そこにあるカウンター窓口に届けるのがいいな。

 しかし今いる五階位層学舎域から一階位層学舎域まではかなり遠い。第五次試験までまだ時間があるとはいえ、目立たぬよう徒歩で行って帰って来るとなると少し焦る時間になるかもしれない。まぁ、落とし主には少し悪いけれどノートを届けるのは、第五次試験が終わってからにしよう。幸い第五次試験は実技魔法だろうし、ノートが必要になることはない。そう決めて拾ったノートを鞄に入れようとしたその時だった。

 ベンチが置いてある木の陰から一人の女子が飛び出してきた。まさか、人が居るとは思っていなかったのか、俺の姿を見てビクリと大きく肩を跳ね上げた。

 お互いに不意を付かれたからか、俺も相手も言葉に詰まって固まってしまった。間違いなく初対面の女子なのだけれど、顔が小さく手足が長い大人びたその立ち姿は、ほんの一瞬俺が前世で知るのことを想い出させた。

 彼女はこの距離でも分かる程の長いまつ毛をパチパチとさせ、蒼い瞳で俺を見る。そしてその視線は、俺が自分の鞄に仕舞おうと手に持っていたノートに移る。

「マサカ…ヨマレタ…」

 彼女は何かを呟いたけれど距離があり聞き取れなかった。でもこの反応は、たぶんこのノートの落とし主なのだろう。大事なノートを置き忘れて、慌てて取りに来たというところだな。

「これは貴女にノートですか?「」違う!!!」

 即答だった。喰い気味に放たれた電光石火の返答だった。

「でも忘れたから取りに来たんじゃ……」

「そ、そんなノートがこの私の物なはずがない!!」

 って、、、たしかに使い込まれてところどころ汚れはあるけれど、持ち主がとても大切にしていた物に対してなんて言わなくてもいいのに。

「本当に貴女の物じゃないんですね?」

「くどい! 違うと何度も言っている!」

 彼女は腕を腕組みをしてツンとそっぽを向いてしまった。

「そうですか。分かりました」

 俺は彼女とのやり取りを切り上げ、自分の鞄にノート仕舞おうとする。

「それを、、、どうするつもりだ!!」

「え? 貴女の物ではなかったら関係ないじゃないですか」

 彼女は「ぐぬぬ」と言った。リアルに口に出して言う人は前世も含めて初めてだ。

「た、たしかに私の物ではないけれど、貴公きこうの物でもないのだろう!!」

 俺は「ええ」と答えて「だから落とし物として、試験後に学園の事務所に届けます」と告げて、俺を睨み立ち竦む彼女をそこに残してその場を後にした。





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■





 日が傾き始めた時、俺は第五次試験の会場前で自分の受験番号が呼ばれるのを待つ。その真四角の建物は無骨な外観をしている。ここまで試験が進むと受験者の人数も千人そこそこなので、日程は二日間に減る。俺は二日目のまた最後の方の順番になった。試験まで長く緊張されられるけど、人目が減るのはとても助かる。

「776番、入りなさい」

 俺の番号を呼んだ係員に連れられ、第五次試験の会場である訓練場のような施設の中を進む。案内された場所はこの建物真ん中が一階から上までぶち向かれていて、建物に囲われた空が拝める造りになっていた。広さは五十メートル四方はあるだろうか。かなり広く感じる空間だ。床にはアスファルトのように硬く凹凸がない石板が敷き詰められていた。広場の上空には三体の〝具現Ⅵ星イマジナリー ゼックス 聖者〟が浮かんでいて、入場した俺の正面には高いステージのような観覧席が作られている。そこにはたくさんの試験官と思しき女性たちが、俺を値踏みするように見下ろしていた。

 その中には三人だけ椅子に座っている試験官もいた。左の女性はアマンダさんと同じくらいの年齢だろうか。真っ赤な髪で服の隙間から見えるその体は、前世の兵士だったころの俺さえも凌ぐんじゃないかというほどの、逞しい筋肉を覗かせていた。真ん中の女性は二十代後半くらいか。魔女みたいなデカい三角帽子をかぶており、その陰には少し薄桃色の髪が見えていた。帽子で顔は見えにくいけど、今まで出会った誰かに似ているような気もする。そして気になるのは右の女性だ。いや、女性というより少女。むしろ幼女と言うべきだろう。大きな椅子にちょこん座っているのだけれど、三人の中で一番偉そうに足を組み片肘を付いてふんぞり返っている。どう見ても幼女なのに。その髪は輝くような銀髪。肌は病人のように蒼白い。夜を纏うような真っ黒いぶかぶかのドレスに包まれている。

 椅子に座る三人の横には、まるで護衛するかのように試験官が立ち並び、なにか物々しい空気感さえ漂わせていた。

「それでは第五次試験を開始する。シュベルト・ウォルフスター、準備はよいか?」

 広場の真ん中に立つ白髪の試験官が俺に声をかけてきた。この女性ひとは第四次試験の時に最後の試験をしてくれた凄腕の剣士だ。そのあまりに美しい立ち姿勢には、思わず好感を持ってしまう。

「ハイ、お願いします」

 俺は観覧席まで聞こえるように大きな返事をする。

「よろしい。では君には選んでもらおう。纏閃フォース輝撃シャイン具現イマジナリーのうちかを」

 やはり、フィーナから聞いていた通りか。実は魔法の行使には、各個人それぞれ必ず得手不得手が出るようになる。練度を上げようするほど、纏閃フォース輝撃シャイン具現イマジナリーの三大魔導の中でどれか一つがことになる。Ⅳ星フィーア スターンまでの試験は主に基礎力を測られていたんだ。そしてⅤ星フュンフ スターンからはその人物の適正、そのポテンシャルを重視されるということなのだ。

 俺の超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルに不得手などないけれど、やはり対応しやすい、言い方を変えると魔法を使っていないことがバレにくい課題をチョイスするのが正解だ。

「それでは纏閃フォースでお願いします」

 となると、選ぶべきは纏閃フォースが正解だろう。纏閃フォースはどのランクの魔法であっても身体や武具などを強化する効果のものばかりだ。だからその威力や強度を再現するだけで、魔法を使ったように見える。超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルで行使するダークマターの量をいい感じで調整するばいいのだ。

 Ⅴ星フュンフ スターンの試験なのだから、魔導書を読んで学習した〝纏閃Ⅴ星フォース フュンフ魔法技〟と似たように打てば、無事に合格することができるはずだ。

「ほう」

 俺の返答に声を漏らしたのは、観覧席の左側に座する赤髪の試験官だ。そして前のめりに座り直してこちらを睨む。すごく威圧感が増したように感じる。

「では、君の第五次試験の課題は纏閃フォースとする」

 白髪の試験官がそう言うと、観覧席で護衛のように立ってこちらを見ろしていた試験官たちがぞろぞろと降りてきて、俺の目の前の色が少し濃い石床に手をかざし、全員で何かの魔法を唱える。

 すると石床に魔法陣が浮かび上がり、そこからせり上がるように何かの物体が姿を見せ始めた。これは召喚魔法? いや、あらかじめ床に描かれた魔法陣に魔力を注げば、発動と構成がされる仕掛けになっているのか、、、、、  

 それは透明な水の皮膜に覆われたデカいスライムだった。水の皮膜の奥にはバスケットボール程の大きな宝石が浮かんでいて、不安定にその巨大なシルエットを揺らす。

「このスライムは君が放つ纏閃フォース魔法技の衝撃を吸収して、その威力を数値として測定してくれる。武器を使用するなら、あちらの壁際に並べてあるものから取ってくるように。チャンスは二回だ。ただし二回目の測定を希望するなら、一回目の記録は破棄とされるからそのつもりで」

「えっ……?」

「どうかしたか?」

「いえ………、別に」

 威力の測定? しかも正確な数値でなんて、、、

 俺はマズイと顔をしかめる。俺は魔法を行使したことがない。纏閃フォースの魔法技がが適正値なのかを知らない。

 例えば俺が超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルで莫大なダークマターのエネルギーを解き放って、あのスライムを思い切りぶん殴れば、爆散させて測定不能にすることもできるだろう。

 だがそんなことをすれば、俺は高確率で試験を落とされる。いや、この学園に入学することもできなくなるだろう。なぜなら現状すでに、俺という存在は怪しいからだ。この世界は女性が魔法という力を統べていて、一般的に男性は低能と見下されている。短命でか弱く儚いとあわれまれているのだ。

 そんな世界で男子として産まれたのにも関わらず、俺の前世の叡智の力は、埒外らちがいに強すぎる。そう、おそらく三大魔導国家の英雄たる三勇者よりも、そして魔王よりもだ。

 三人の勇者と接触して、話を聞いてもらえるくらいには仲良くなり、俺の修行を受けてもらえる関係性を築く。それにはここで俺が常識を逸脱した力を見せてはいけない。常識の範囲内。そうだ。他の受験者と同じくらいか、試験に受かるように少し高めの数値を出さなければならない。

 しかし────   どれくらいが適正値なんだ、、、

「では、始めなさい」

 俺の考えが定まらないうちに、開始の合図をされてしまった。

「すいません! 一つだけ質問をよろしいでしょうか?」

「む! だめだ。あらゆる質問は受けつけな──」「よい」

 白髪の試験官の言葉を遮り、左の椅子に座る赤髪の試験官の重圧のある言葉が響く。白髪の試験官は瞬時に口をつむいだ。

「そちの質問を許そう。申してみよ」

 彼女はまるでライオンが獲物をかじろうとするかのような、獰猛な笑みを浮かべて、俺の質問を許可してくれた。与えらたチャンスだ。俺が聞くべきことは、、、

「あのスライムが測定できる数値の、上限を教えていただけないでしょうか」

 俺の問いに赤髪の試験官は「ふむ」と呟いた。

「そちがどういう意図でそんな質問をしたのか分からんが、あのスライムは五万ガルトまで測定できる。これでよいか?」

「はい! ありがとうございます!」

 前世の癖で思わず敬礼しそうになった。この女性ひとと話していると、まるで元帥と対峙しているような緊張感がある。そして重要な情報を得た。ガルトという単位は初めて聞いた。過去に読んだどんな魔導書のも載っていなかった故に、アテナも知らない情報ということになる。だから1ガルトがどれくらいの威力かなどは分からないが、上限が分かったのは大きい。測定は二回行えるということは、一回目をかなり手加減した威力にして数値の目安を知り、二回目で自分が狙う数値に調整する。そう、常識的な範囲で合格出来そうな数値に。

 ここからは推理力が試される。上限が五万だとすると、普通の受験者の平均はどれくらいになるか。今回の試験に五百年に一度の英雄である、勇者が参加することも考慮すると、一万あたりと予想する。ちょっと低いようにも思うが、まだ未成熟な勇者の纏閃フォース魔法技が、スライムの測定上限値くらいと仮定するなら、このあたりが狙い目に思える。

「それでは始めなさい」

 白髪の試験官の言葉を聞いた俺は、目を閉じて長い息吹を吐き出す。そして目を見開くと同時に超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルを行使する。第三次試験の時より少し加減してエネルギーを拳に纏い、スライムのふゆふゆの水膜を殴る。

 バチンッ!!! という音と共にスライムの皮膜は衝撃を波打たせ、波紋は内側へと吸収されていった。そして波が静まると、スライムの中にある宝石の塊のような石が、輝く数字を浮かび上がらせた。

「シュベルト・ウォルフスター、一度目の結果。8470ガルト」

 俺はすぐに周囲の反応を探る。

「おお!なんという数値だ!」「こんなのは在りえないことだ!」

 などの反応があるか、特に俺の質問に答えてくれた赤髪の試験官の表情を確認した。しかしこの場に居る全員が無反応だった。誰も驚く様子がなかった。

 くっ、、、、、どうやら俺の推論は、的を外していたのかもしれない。8470ガルドという数値は、平均よりかなり低かったのかもしれない。当然平均より低いと試験は不合格となるだろう。そうなると二回目のチャレンジは今回よりかなり高めの数値にするべきだ。クソ……、どれくらいの数値が安全に合格できる数値なんだ。一万で低いなら二万か────

「シュベルト・ウォルフスター。二回目の課題を行うかね? そうすると一回目の記録は破棄になるが」

 白髪の試験官に「二回目、お願いします」と即答し、また推理を巡らせる。俺は絶対に合格したい。安牌となる数値。それは二万ではなく三万だ。測定できる上限の半分より少し上。ここが安全圏に違いない。

 俺はアテナに三万より少し多めの数値をオーダーする。一回目の情報さえあれば、アテナの演算能力で希望の数値を狙える。よし、勝負だ。

「では、始めなさい」

 俺の拳はさっきと同じようにスライムを殴る。しかし打撃の衝撃音が違った。空気が弾けるように震え、衝撃波は観覧席の試験官まで届く。そして、地を揺らす振動で、試験会場全体が大きく揺れた。

 スライムは原型を大きく崩して、激しく形を変動させながらいくつもの波紋を波立たせた。30秒くらいだろうか。スライムは徐々に元の形へと戻り、そして何事もなかったように静けさを取り戻す。その後また中の宝石が輝いて、俺の一撃の計測結果を映し出す。

「シュベルト・ウォルフスター、二度目の結果。32045ガルト」

 よし、さすがアテナ様。俺の注文通りの数値だ。俺は赤髪の試験官の顔を見る。すると無表情だった顔は崩れ、ニヤリと満足そうな笑みを浮かべた。

 おお!いい感じなんじゃないか。周囲の試験官も特にざわついた様子も無いので、32045ガルトという結果が常識外れって訳でもなさそうだ。

「シュベルト・ウォルフスター、君の試験結果の数値は32045ガルトとする。試験は以上だ。退室しなさい」

俺が「はい!」と答えて出口に向かおうとすると、「ああ、そういえば」と白髪の試験官呼び止められた。

「君はまだ健康診断を受けていないようだな。君はすでⅣ星フィーア スターンまでの入学を確定させているのだから、診断を受けてから帰りなさい。」

 えっ!? 健康診断なんて文化があったのか。こっちの世界に来てから一度も受けたことはなかったな。さすが超一流の魔法学園は、生徒へのケアが違うなと関心してしまった。俺は係員に案内されて、建物内にある医務室のような場所に入る。

 そこには治癒魔導師と思われる、眼鏡をかけた色白な女性が、短いスカートから覗かせた脚を組んで座っていた。

「あら、かわいい子ね。こっちに来て座りなさい」

 彼女に促されて、ゴテゴテとした装飾が特徴的な椅子に座らされる。彼女は「ハイ、上の服をまくって~」と手際よく俺の上着を捲り上げてべたべたと体を触って触診する。口を開けて喉の奥を視たり、俺の虹色の瞳をじっくり診断していた。

 身体に触れる治癒魔導師の両手からは、魔法が発動していることを確認できる。おそらく俺がまだ学んでいない、病気を見つける魔法があるのだろう。

「はい、いいわよ。お疲れさま~」

 そう言うと彼女は向こうを向いて、机の上に紙にサラサラと書き物をする。なるほど、診断結果は後日送付という感じなのだろう。

 俺は「ありがとうございました」と伝えて部屋を出る。そして大きく伸びをしながら、試験会場から外にでた。日は暮れて空はもう暗くなり始めていた。結構、健康診断で時間を取られたなと思った時、あることを思い出す。

「そうだ。拾ったノートを届けないと」

 俺はすぐに一階位層学舎域に向けて下山をする。かなり距離があるけど、事務所は何時まで開いているのだろうか。俺は駆け足で一階位層学舎域まで下りてきて事務所に到着したのだけれど、、、、、、

「遅かったか……」

 すでに事務所がある施設の門は閉められていて、翌朝までは開かないようだ。

「しょうがない、明日の朝一番に届けよう」

 試験を終えて腹が減った俺は、エアリアル学園から出て学園都市で夕食を取ることにする。

 さて孤独のグルメの始まりだ────

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