唯一の男子
第三次試験の実技魔法。それは男子にはあまりにも難しい内容だった。
三大魔導と云われる
しかし
このエアリアル学園の一階位層は、山を取り囲む裾野平地に様々な施設や学舎が建てられている。そこには小型のアリーナのような屋根付きの大会場も建築されていて、第二次試験を突破した六千人ほどが三日間に分けて試験を受ける。
男女比率はやはり男2対女8くらいだろうか。この世界は成長するごとに男子が減っていく。それに魔法に適性が高い女子の方が、座学でさえも理解度が上回るようだ。
俺の試験は最終日の三日目の昼頃だった。広い吹き抜けの会場内に土魔法で作ったであろう石の壁が立ち並び、それぞれの入口には数字が書かれていた。受験生は指示された数字の前に並び、呼ばれたら入口から壁で囲われた試験場に入ってゆく。
「外からは中が見えないようになっているのか」
呼ばれた受験生は一人ずつ中に入る。そして五分ほどで出てくる。これを朝から夕方までかけて二千人分の試験をこなすようだ。学園側も大変そうだ。渡された受験票には、だいたい何時くらいになるという目安の時間が書かれていた。さすが運営陣も手慣れたものだ。
俺が並ぶ列にはちらほらと男子の姿がある。しかし試験を終えて出てくる男子は皆肩を落として帰っていった。十三歳という年齢で
「1221番。入りなさい」
俺の受験票に書かれた番号がコールされた。その声に従って石の壁に沿って中に進むと、二十畳くらいの広さで石の壁に囲われ、天井だけは吹き抜けになっている空間に着いた。三人の女性試験官が立っており、真ん中の試験官が俺の受験票を受け取り確認する。
「ではまず
試験官はそう言うと、分厚いゴム風船を取り出し片手で胸の高さに掲げた。前世に在った針で突けば割れるようなゴム風船ではない。どぢらかというとこれは車のタイヤみたいだ。しかもゴム風船に
「では、始めなさい」
試験官が〝い〟を言い終えた瞬間。俺の拳はゴム風船を打ち抜いていた。
会場に破裂音が響き渡る。ちょっと強く殴りすぎたか、、、他の受験者の時はこんなに大きな音が鳴っていたかな。まぁでも時間も採点に影響するということだし、ゆっくりと慎重に手加減をしている時間はないよね。
俺が考えを巡らせていると、試験官は「よ、よし…」とゴム風船を持っていた手を下した。
上を見上げると会場の天上付近に真っ白なローブ着て両目を閉じた天使を思わせるような女性が、何体もふよふよと浮かんでいた。
あれが〝
そして──── 俺に天罰は落ちてこない。
聖者は澄ました表情を変えずに、気にも留めた様子はない。どうやら魔法を使わず
アテナさん、 何を渡したの?
次に別の試験官が口を開く。
「し、、、
ちょっと口ごもっている試験官だったがゴホンと咳払いをしてから「キミへの課題は木属性の〝ル・ポーション〟だ」
「この花を癒しなさい。結果だけでなく終了までの速さも、採点に考慮されるのでそのつもりで」
試験官は短く説明すると、床に萎れて枯れかかった一輪の花がさされた花瓶を置く。
「では、始めなさい」
何もない床から魔力体のようにみせた光る大樹を生み出す。大いなる生命の根源よ。その奇跡を死を待つその花に。大樹の葉から輝く一粒の光が落ちてきて、萎れた花の頭を優しく撫でる。
直後、花は
「終わりました」
「え………!?」
試験官は花瓶を抱えたまま、他の試験官と目を合わせる。そして花瓶ごと三人で隅っこに移動して、ヒソヒソと何かの相談をしている。すごく気になるから、そういうのは俺の試験が終わってからにしてもらいたい。
「よろしい、、、続いて
「キミへの課題は〝
試験官たちはそう言うと、
それにしても
なので第三次試験の課題には〝グラビティ グローブ〟は出題されないと云われていたのだけれど、どうやらそれはただの噂だったらしい。
「では、始めなさい」
俺は試験官の言葉を聞いた瞬間、右手にただの黒いグローブを
魔法力とは別の力。
ゴム風船は目線から消えて、ドシンッ!!!と地面を抉る。
俺は地面にめり込むゴム風船を見てホッと息を
俺は手応えを感じて、試験官三人の表情を伺ってみたのだが、、、
誰も言葉を発しず、地面にめり込んだゴム風船を見つめている。
「あの、、、 試験は終わりですか?」
と、俺が尋ねると「はい!」と飛び上がり、一言「退場しなさい」と素っ気なく告げられた。
これだけの大人数の受験生の試験を息をつく間もないほどのペースで捌いているので、俺一人なんかにかまけてられないのは分かるのだけれど、、、
「お疲れ様とか、キミは見どころがあるぞとか、そんな言葉があってもいいのになぁ」
一応課題はすべてクリアできたけど、これでは受かっているかは分からないよな。
俺はとぼとぼとした足取りで、石の壁に囲まれた会場から出て、他の男子受験生と同じように、肩を落として帰っていった。
◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇
第四次試験も第三次試験と同じ会場だった。今回も三日間開催され、前回と同じく最終日だった。しかも試験受ける時間はかなり夕方で、順番は最後の方かもしれない。そう、俺は無事に第三次試験を突破することができた。しかも今年の男子受験者で第三次試験をクリアしたのは俺一人だけだった。それもあるのだろうなぁ。
会場に着いた俺は周囲の女子受験者にジロジロと見られた。ヒソヒソされた。
まぁ、しょうがない。第四次試験以降はもう男子が居ない領域なのだから。しかし俺は目指すつもりだ。〝
俺はこの学園都市に来てから、三人の勇者の情報を調べようかとも思った。しかし受験者に一枚の警告文が配られたのだ。
〝入試期間中、
これはこのエアリアル学園を運営している三大魔導国家から通達された文書で、〝もしこれらを破った者は相応の処罰を与える〟と続いている。
三人の勇者はそれぞれの大国の威信を背負う特別な存在だ。なので、現在試験をどんな成績でクリアしているかなどの情報は国家機密扱いとなる。そもそも大半の市民は勇者が学園を卒業して魔王討伐に出向くまで、顔を拝むこともできないらしい。
そうなると入試期間中に無理な接触や情報収集を試みるのは愚策だ。それにどうせ彼女たちは必ずすべての試験を突破することだろう。となれば辿り着く先は
会場に入ると前回とは模様替えがされており、石の壁の区切りが大きくなっている。つまりは試験会場の個数を減らして広くしてあるのか。
列に並ぶ俺を、やはり周りの女子受験者たちは見てくるけど関係ない。どんな手段を使っても男子の俺が受からせてもらうぜ。
「2750番、中に入りなさい」
ようやく俺の受験番号がコールされた。周囲に並んでいる受験生の人影はおらず、本当に俺が最後の一人だったのかもしれない。俺は石の壁の奥へと進む。すると、第三次試験よりかなり広い空間に出てる。そこには十人の試験官が並んでいた。
おお、第四次試験にもなると試験官の数もこんなに多くなるものなのか。俺は一人前に出てきた五十代くらいの白髪の女性試験官に受験票を渡した。
「君がシュベルト・ウォルフスターか……」
と言われたので元気よく「ハイ」と答えた。
「それでは第四次試験を始める。第四次試験では
説明を聞いた俺は、さすがの難易度だと感心する。やはり大陸の最高魔法学府の入学試験はこのレベルでなければと気を引き締め直す。
例えば
しかしだからこそ可能性がある。この厳しい環境で勇者たちを鍛えたなら、近い未来に必ずこの世界の人々を脅かすことになる、名状しがたきモノたちと戦える戦力に成りえる。俺は自分の頬を叩いてこの試験に挑む。
「それでは、始め!」
最初の試験官が俺に向かって課題を叫ぶ。俺への課題は
俺は課題通りに二種の魔法効果を同時に行使させる。
やる気に満ちた俺は、試験官の身体の自由を〝
術発動の速さを評価される可能性が高いので、その辺のことに意識を回し過ぎたせいもあり、力加減が疎かになってしまったのかもしれない。
試験官の身体はアリーナの天井まで吹き飛び、めり込むほど激しく叩きつけられてしまった。
「やべ、、、」
俺が顔を
天井の柱や材質と共に重力に引かれて落ちてくる試験官を、俺は飛翔して抱き止める。辛うじて息はあるようだ。殺さずに済んだのは幸いだけれど、酷いことをしてしまった。
「すいません。魔力の調整を誤ってしまって、この方をケガさせてしまいました、、、」
速く回復させないと、万が一がありそうだ。
「い、いや、彼女も一流の魔導師だ。ケガをさせたからと気に病むことはない、、、」
白髪の試験官は俺の心を労わる言葉をかけてくれる。俺が試験中だからメンタルが揺らがないように、気遣ってくれているのだろう。
しかしこのケガをさせてしまった試験官はきっと、朝から多くの受験者たちに試験を実施してきたのだ。当然、心身共に疲れ果てて魔力だって尽きかけているのかもしれない。ひょっとしたら試験官のアルバイトをしているだけで、家には彼女の帰りを待つ幼い子供たちが居るのかもしれない。
そう思うと、背筋が寒くなってきた。
「俺が彼女を回復させてもよろしいですか?」
俺の申し出に白髪の試験官は「後で我々がするから、キミは試験を再開しなさい」と冷たく拒否された。
たしかに受験者が試験と関係ないことに魔力を使うと言えば、ダメだというのが正しい判断だろう。
俺はしぶしぶながら怪我を負わせた試験官を壁際に寝かせて、次の相手に目を向ける。
「シュベルト・ウォルフスター。これより試験を再開する」
白髪の試験官の言葉を受けて、二人目の試験官が俺への課題を叫ぶ。俺への課題は
俺は矢を躱しながら、〝
しかし試験官は吐しゃ物をまき散らしながら、壁まで吹き飛んでしまった。
そうか! 相手は
俺は壁に叩きつけられて、地面に崩れ落ちた試験官の身体を抱き上げる。ダメだ。意識がない。
「誠に申し訳ございません、、、 また試験官にケガを負わせてしまいました。先ほどの方と一緒に回復をさせてもらってもいいでしょうか?」
俺の度重なる申し出に白髪の試験官は厳しい目つきに変わり「試験が終わるまで回復魔法の使用を禁ずる。次の試験官、前へ!」と、バッサリ打ち切った。
俺は唇を噛み締めて、先ほどケガをさせた試験官の横に寝かせて次の試験官に目を向ける。その眼は明らかに怯えていた。足が、全身が震えているのが見て取れる。
「始めよ」
白髪の試験官の言葉に意を決したように、三人目の試験官が俺に課題を叫ぶ。今度も
宙に浮かぶ金属片が点と点を結び線となり、さらには面となる。三角形や四角形の図形を描くように何枚もの魔法の盾が俺と試験官の間に張り巡らされた。手裏剣のような金属片から色が違う光が出ていることから、あれは
そうなると試験官は
俺は金属性魔法を模して、金属の野球ボールを生成する。そしてそのボールの温度を上げて発火させる。一番奥の氷の盾もこれでぶち抜けるだろう。後は投球の威力調整だけだな。二回の戦闘でだんだん相手試験官の力量は分かってきた。
これくらいの力加減なら、ボールがぶつかっても痛い済むはずだ。俺はマウンドに立つピッチャーのように、構えて洗練された投球フォームで高熱のボールを投げ放つ。
ボールは一瞬で全て盾をぶち抜いて、試験官の腹に炸裂し大きな火炎を巻き上げる。なぜだ!? 火力も加減したのに想定より熱量が高い。そうか、しまった。摩擦か。
盾との衝突の摩擦で運動エネルギーが熱エネルギーに転化されてしまったのか。
だめだ……。どう見ても大火傷を負わせてしまった。
白髪の試験官は駆け寄ろうとする俺を手で制して、首を横に振る。
「シュベルト、試験を続ける。次の者、前へ」
俺は自責の念を噛み締めて、より慎重に試験に挑むことを誓う。そこからは、試験官にケガを負わせないことを一番に考え、相手の魔法を見極めてから反撃を返すようにした。四人目の試験官には腕が折れる一撃を与えてしまったが、更に出力を抑えてケガをさせずに五人目、六人目と課題をクリアできるようになった。
九人目の試験官はまだ二十代前半なのだろうか。かなり見た目が若いが、顔色が真っ青だ。俺が相手の魔法を慎重にいなしていると、とうとうその場に
「どこか痛みますか? もう誰かに代わってもらいましょう、、、」
きっと朝からの激務で疲労が限界を超えたのだろう。受験者だけでなく運営側の試験官にとってもこの入学試験というものの重圧は大きいのだ。
俺が蹲る試験官に声をかけていたら、白髪の試験官が「もうよい、シュベルトの課題クリアとする。下がりなさい」と助け船をだしてくれた。
彼女は泣いたままふらふらと立ち上がり、壁の隅っこでまた蹲って小さくなった。まだ若いのだから、こんなことでめげずに頑張ってもらいたいと、心の中で密かに
「シュベルト。最後の相手は私だ。
彼女はそう告げると、俺に全体を見せるようにシンプルな剣を生成する。なるほど、同じ物を作れということだな。
俺はアテナに相手の剣をスキャンしてもらい、白髪の試験官が生成した剣とまったく同じ剣を創り、それを構える。
この白髪の試験官は魔導師としての実力は分からないが、剣士としての腕前は超一級品だな。前世では兵器として改造されて究極の領域まで刀技を高めていた。その後、
俺は
そう思わせるくらい、目の前の彼女は洗練された構えを取っていた。どこにも隙はない。ならば相手に動いてもらおう。剣の道の先の先。その霞む奥地にある奥義の領域。
相手の攻撃を自分が思う箇所に誘発する技で、白髪の試験官を動かす。彼女は誘われるのに抗おうとしたが、無駄だ。この奥義〝
俺の奥義に誘われるまま、袈裟切りをしてきた試験官の攻撃を見切り、
勝負はあった。
「私の負けだ、シュベルト・ウォルフスター。第四次試験を終了とする、以上だ。」
白髪の試験官は清々しい表情で試験終了を告げてくれた。最後まで素晴らしい剣士だ。そして俺はすぐにケガをさせてしまった試験官の元に駆け寄る。すでに他の試験官が、俺が試験を受けている間に応急処置をしてくれていたのは横目で見ていた。
しかしまだ痛々しいケガは残ったままで、意識無く横たわる人もいる。
「君の攻撃で試験官が怪我をしたとしても、君の採点を下げるようにはしないから安心しなさい」
白髪の試験官は俺の背後から、受験者としての俺の心情を気遣う言葉をかけてくる。それは有難いことではあるが、やはり俺の手で回復させておきたいと思ってしまう。
「ル・ポーションを、彼女たちに使ってもいいでしょうか?」
試験が終わるまで回復魔法を禁止されていたが、先ほど試験終了を告げられた。それなら使ってもいいはずだ。
「分かった。好きにするといい」
白髪の試験官は我が子でも見るような優しい眼差しで、回復魔法の使用を許可してくれた。
「ありがとうございます」とお礼を返してすぐに大樹を生成する。
その雫をケガをさせてしまった四人に落とす。雫を受けた四人の身体は輝きを放ち、ケガは消滅し元の状態に戻る。
意識が無かった試験官も目を覚ましてくれた。しかし四人ともが顔色が優れない。寒いのかガタガタと震えている。他の試験官も後ずさりするように俺から離れてゆく。態度に変化がないのは白髪の試験官だけだった。
ケガを治したからといって、ケガをさせた事実が消えるわけではない。俺のような乱暴者の受験者は嫌われて当然だろう。
俺は彼女たちから怯えるような眼差しを受けながら、心から詫びる気持ちで頭を下げて、試験会場を後にした。
外は日が暮れて夕日が雲を赤く染めていた。試験合格の目的のためとはいえ、か弱い女性たちと戦うのは少し抵抗がある。恨まれて減点されてないことを祈るばかりだ。
夕焼けを背に学園の宿舎まで、とぼとぼとひとり歩いて帰る。
そして三日後、俺は第四次試験突破の合格通知を受け取る。
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