蒸し暑く薄暗い部屋で

 万引き犯を書店に連れ戻した俺は、狭い事務所で向かい合って座っている。彼女が万引きした本は彼女が放った水魔法でびしょ濡れだ。

「お金は払います……」

 彼女は表情が見えないほど俯いて小刻みに震えている。本がそうであるように彼女もびしょ濡れなのだ。俺はタオルになりそうな布を渡して体を拭くように指示する。

「まぁ、お金さえ払ってくれたらいいんだけどね」

 前世の世界なら彼女は「金を払えばいいってもんじゃなんだよ」とか説教を聞かされそうだけれど、この店だっていかがわしい本を売っている以上、治安部沙汰にはしたくないだろう。

 彼女は身体や顔、髪を拭いた後、財布からお金を取り出して、本五冊分のお金を渡してくれた。「まいどあり」と言える雰囲気ではなかったので、黙って事務所の金庫にお金をしまう。それにしてもせっかく買った本が水浸しで、読めないほどふやけてしまっていた。なんだか可哀想なことをしたなと思っていると、彼女が顔を上げた。

「強いんですね、、、」

 男なのにというセリフが、あとに続いてそうだ。ホモサピエンスの叡智の結晶たる、超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルを展開しているから当然さ、とも言えないので、「体を鍛えているからね」と肌着シャツの首口を少し引っ張って誤魔化してみた。

 すると彼女はまじまじと俺の胸板を覗き込んで、ゴクリと喉を鳴らした。さっきの死闘?で俺の服も濡れたから、今は上着を脱いで肌着シャツ一枚だけだ。

 前世の俺は兵士だったこともあり、筋トレマニアだった。この身体に転生してからも勉強の合間に筋トレは怠っていない。ただ父母ともに体の線が細いようで、細マッチョにしかならなかったけど、まだまだ成長期なので今後に期待している。

 そんな俺のボディに、彼女はジトっとした視線を這わせる。舐めるように見るとはこのことだろうか。

 向かい合ってじっくり見た彼女の印象は、やっぱり〝大人しい女子〟という言葉がぴったりだ。前世の世界の表現をするならば、休み時間に一人図書室で本を読む女子というのがしっくりくる。

 しかし正直、身体はスゴイ。童顔なのかもしれないけれど、たぶん俺と同じ歳くらいなのに、胸が、、、でかい! 濡れた服が身体に吸着しているから、胸部の凹凸がなまめかしい、、、

「あっ……!」

 しまった。お互いがお互いの身体をジロジロ見合っていたから、目が合ってしまった。彼女は恥ずかしそうに、俯いて腕で胸を隠すように身体を縮める。俺は見てはいけないと自分を律する言葉を唱えるのだけれど、なぜかこのから目が離せなくる。 

 原因は彼女の匂いだ。彼女の身体から発する、薔薇のようなこの匂いは、俺の前世の妻、アリシアにそっくりなのだ。俺の脳が目の前の少女をアリシアと誤認させそうなくらいに。もちろん目の前の少女がアリシアの訳がないのだけれど、どしてもこの匂いが、香りが俺の心を引き付けて離さない。

 彼女は前髪の隙間から俺の顔を覗き見るように、視線を送ってくる。匂いで頭がおかしくなっているのか、ものすごく可愛くみえる。

 一畳ほどの狭い事務所で、お互い椅子に座って向かい合っている。膝が触れる距離。彼女の顔が桃色の髪よりも紅潮してきた。なんだこの変な空気は。彼女の絡みつくような視線から逃げるように、濡れてダメになってしまった本に目をやる。

「そういうの、、、好きなの?」

 いや、俺は何を聞いているんだ。俺はこの会話からこのに何をするつまりなんだ。自分で思うよりもヤバい状態のようだ。彼女に謝罪の言葉を告げようとした時。

「絵の勉強をしているんです」

 と彼女はまた俯いて呟いた。

「男の人の身体を書きたくて、、、」

 ああ、、、ああ! なるほど。この子は画家志望の学生か。その割に高レベルな三大魔導を使いこなしていたような、、、

 この世界では、画家も三大魔導を覚えないといけないのかもしれない。

「でも全部ダメになっちゃいました」

 ふやけた五冊の本には様々な男たちの裸の絵が描かれていた。この世界では印刷魔法というものがあるのだけれど、それらは三大魔導国家がすべて管理していて一般魔導師は使うことができない。ましてや、こんないかがわしい本は全て一点物である。だからこそのあの値段なのかもしれない。

 高いお金を出してびしょ濡れの本では、気の毒としか言いようがない。

「男の友達とかに頼んで、絵のモデルになってもらったらどう?」

 前世の芸術大学とかなら、聞いたことがある話だ。この世界だって同じようなことはあるだろう。ちなみにあれって、バイト代いくらくらいなんだろう。

「だ、男子の友達なんていません! 生まれて今日まで、お父様以外の男性とまともにお話したことなんてなくて! だから頼めるような男の人なんて───」

 彼女は真っ直ぐ俺の瞳を見て、「あっ」と口を半開きにさせて呟いた。


「……………………え?」





           ◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇




 

「第二次試験合格おめでとう! シュウ!」

 二次試験合格の通知を受けっ取った俺に、フィーナはお祝いと言って昼食をご馳走してくれた。七年間の努力が報われた瞬間だった。

「フィーナ様、たくさん勉強を教えていただき、本当にありがとうございました。貴女あなたが居なかったら、俺なんかが絶対に合格出来なかったと思います」

 本心からそう思えるほど、彼女は幼少の頃から俺の面倒を見てくれてきた。俺にとっては、母マーガレットに並ぶこの世界での大切な女性ひとだ。悍ましき邪神たちから、絶対に守らなければならない存在といえる。

「ふふふ、じゃなにかご褒美もらっちゃおうかしら」

 甘えるように彼女は顔を傾げる。

「普通、ご褒美は合格した俺が貰えるんじゃないんですか?」

「あら、じゃあ、シュウはわたくしに何をしてもらいたいのかしら。ご褒美として」

 さらに甘ったるい声で囁くフィーナ。弟をからかって楽しんでいるようだ。

「貴女の笑顔が至宝の褒美ですよ」とお茶を濁しておく。彼女は「もう」と頬をふくらませたが、それでも宝石のような煌めきの笑顔を魅せてくれた。


「ねぇ、第三次試験のためにエアリアル学園に移るのよね?」

 夕刻、二人で学園都市散策のひと休みとベンチに並んで座っていたら、フィーナが頭を俺の肩に乗せながら問いかけてきた。

「はい、明日の午後には、エアリアル学園内の宿泊施設に滞在できるようになると、入園許可書と一緒に案内状が届いていました」

 そう、二週間以上お世話になった、アマンダの安宿とも今夜でお別れなのである。

「それでは、最後にわたくしも、シュウが泊まった部屋を見てみたいのですが」

 彼女は俺の右腕を抱きしめて、自分の身体を押し付ける。俺の右手の指が彼女の股に触れていまっていてもお構いなしで密着してくる。いや、ダメでしょ。子供の頃からよく同じベッドで寝たりしていたので、フィーナと一晩過ごすことに抵抗はないけれど、彼女をあんな教育に悪そうな宿に連れて行くわけにはいかない。

 なぜなら毎晩薄い壁の向こうから、男女の営みの声が響いてくるのだ。そんな卑猥ひわいな声を純真無垢じゅんしんむくなフィーナに聞かせるわけにはいかない。

 絶対アーシャ女王にも怒られる。それに今夜は、、、

「俺もフィーナ様と一緒に過ごしたいのですが、今夜はバイトが入ってまして」

 俺はたははと、困り顔をつくる。

「でもまたしばらく会えなくなるのに、、、 シュウは寂しくはなのですか? バイト代が必要ならわたくしが貴方に、、、」

 フィーナはダメなヒモ男を製造するつもりなのだろうか。将来、変な男に引っ掛からないかすごく心配になる。

「俺もいつもフィーナ様のことを想っていますよ。しかしバイトとはいえ仕事は約束ですので、、、」

 その後も彼女はなかなか折れてくれなかったけれど、「次の機会があれば必ず」という、俺の言質げんちを取ったことに満足してくれたみたいで。

「約束ですよ。次は逃がしませんからね」

 彼女は怖い言葉を残して、エアリアル学園の方へ帰っていった。フィーナは明日から休校期間で三十日の長期休みに入る。その間、在学生は学園に立ち入り禁止となる。なので明日のお昼には里帰りをするのだ

 彼女の後ろ姿を見送った後、ホッと一息ついて呟く。

「さて、本当に来るのかな」

 俺はアマンダの安宿に足を向ける。





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇





 アマンダの宿で過ごす最後の夜。俺はあれから何度かアマンダの本屋で店番をさせてもらった。おかげで今日までの生活費と宿代だけは、ギリギリ払えるくらいのお金は稼げた。明日からはエアリアル学園に寝泊まりできるので、宿泊の費用はかからない。

 しかし食費などの生活費はかかる。もし俺が第七次試験までこの街に滞在するとしたら、明日から四週間分くらいの食費が必要になる。もう俺にはそんなお金は無い。

 夜が更けてきた。暗い部屋には小さな光源が灯されていた。魔力を込められば部屋に明かりを灯せる、照明魔道具が置いてあった。

 俺は魔力を使用しないようにしているので、超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルを展開し光源を生み出している。なので前世の世界にあったLEDの蛍光灯よりも鮮明な明るさに調整することもできるが、怪しまれても困るので薄暗い光源にしてある。

「そろそろ、約束の時間か…」

 俺は部屋の窓を開けて、窓枠に自分の服を吊るした。ここが俺の部屋だという目印になるように。四階のこの部屋は地上からは距離がある。そして薄暗い通りは人影もまばらだ。その時、黒い影が素早く窓の外から俺の部屋に飛び込んできた。

「その! お邪魔します、、、」

 肩より少し長い薄ピンクの髪を揺らして、少女は頭を下げた。

「本当に部屋まで来てくれたんだね」

 彼女は大きな鞄を抱えて「もちろんです」と頷いた。

 俺は彼女が入ってきた窓を閉じて振り返る。モジモジと内股になって落ち着かない様子だ。

「よかったら座ってよ」

 この部屋に一つしかない椅子を彼女に勧めて、俺はベッドに腰かける。

「あの、、、殿方とのがたの部屋に入るのは初めてでして! その、、、、」

 殿方て。この世界で、そんな言い方する女性ひとが居るなんて。たぶん上流貴族のお嬢様とかかな。しかしまぁ、お互い詮索しない約束だ。俺たちは互いの名前すら教え合っていない。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だから。では早速始めようか?」

 彼女はハイと頷くと、俺に銀貨が入った布袋を渡してくる。重い。中を確認するとぎっちり詰まっていて、この学園都市の物価でも、俺のひと月以上の食費を余裕で賄える金額だ。

 受け取った布袋を引き出しに仕舞い、俺はベッドから立ち上がって自分が着ている上着を脱いだ。彼女は息を吞みながら、ジッと俺が服を脱ぐ姿を見ている。

 恥ずかしくない。恥ずかしくない。俺は自分に言い聞かせるように心の中で唱えて、シャツを脱いで裸の胸板を晒し、遂にはズボンさえも下げてしまった。

 彼女は吐息を漏らすように、俺の下半身を凝視している。瞬きさえせずに。そこには俺の44フォーティフォーマグナムが、、、、、

 いや、まだ隠れていた。最後の砦、パンツに守られていた。

「見てないで早く準備して始めてほしんだけど、、、」

 俺の言葉に彼女は「ひゃいっ」と返事し、鞄から道具を取り出した。そう、画材用具を床に並べ始めたのだ。

 フィーナに告げた「今夜はバイトだ」という言葉に嘘はない。彼女を万引きで捕まえた夜に、絵のモデルになる約束をしていたのだ。しかも裸のモデルだ。ただ最後の一枚。パンツだけは守り抜いた。彼女はパンツも脱いでくれるなら、さっき受け取った金額の倍を支払うと俺を誘惑してきた。

「ううっ、、」と心が揺らいだけれど、やはりそれはダメだ。大切な何かを失ってしまう恐怖がお金の誘惑を跳ねのけた。

「それでは始めさせてもらいます」

 彼女はスケッチブックを抱えると指から光源を飛ばして浮かせ、薄暗い部屋の明度を少し上げた。

 次の瞬間もの凄い速さで彼女が持つペンが動く。機械による自動書記かと思うほどの速さで、ベッドに腰かける俺を書き上げてゆく。これは纏閃フォース魔法の応用か。纏閃フォースによる身体強化を〝絵を高速で描く〟ということに特化させたのか。俺の魔法知識では纏閃フォースをこんな風に使えるなど知らない。どの文献にも載っていなかったように思う。

 そんなことを考えているうちに、もう下書きが仕上がったようだ。三分もかからず鏡で見るようなリアルな俺の姿が描かれていた。そして次はで色を塗り始めた。そのペンもまさか具現魔法なのか。現実の色彩と遜色がない再限度。輝撃シャインの五属性が持つ色のエレメンタルを混ぜ合わせて、自分がイメージする色を瞬時に生成しているのか。舌を巻くような魔法精度。そしてこれも聞いたことがない魔法技術だ。もしかしてこの少女は、自分で新たにこれらの魔法を発明したのか。

「できました」

 十分ほどで、一枚目の絵が完成したようだ。俺が見せてもらうと、そこには写真で撮られたような俺の姿が描かれていた。

「すごい、、、アマンダさんのお店に置いてある本のどれよりも上手い!」

 心からの賛辞を贈ったのだけれど、彼女は「まだまだです」と呟き、「次はこのポーズをお願いします」と俺に指示を出してきた。


 部屋には彼女がペンを走らせる音だけが響く。俺はベッドに仰向けに横たわり両手を頭の上方向に伸ばす。両脇が丸見えなのだが、彼女の希望なのでそれに従う。

「右手の指をもう少し伸ばして」

 彼女は書き始めてから口調が変わってしまった。偉そうというより、そんなことに気をかけている余裕がないという感じに思えた。

 締め切った安宿の室温は徐々に上昇していた。それでも「窓を開けようか」とも言い出せないくらい、彼女が絵を描くのを止められなかった。汗を滴らせる必死の表情は、思わず見惚れてしまいそうになるほど美しくさえあった。

 スケッチブックに彼女の額から汗が落ちる。煩わしそうに額の汗を拭った彼女は、着ていた上着をまた一枚脱ぎ捨ててしまった。もう彼女の上半身は薄い肌着が一枚だけだった。汗で体に密着する肌着は、透けて白い肌を浮かび上がらせる。それでも彼女はお構いなしに俺だけを見ていた。俺を描くことだけに、おのが全てを注ぎ込んでいた。

 またあの匂いが、、、アリシアに似たこの少女の体香たいしゅうが、部屋に充満して俺の脳を痺れさせてる。フェロモンというやつなのだろうか。呼吸するだけで、胸がドキドキとうるさいくらい鳴り、彼女にいやらしい視線を送りそうになってしまう。

 これほど真剣に絵を描くことに向き合っている少女に対して、失礼極まりない欲望を抱いてしまうことが、恥ずかしくなってしまう。

「次はこうやってベッドに寝そべって、大きく足を開いて」

 彼女は自分が膝までのスカートを履いていることなど、忘れてしまっているようだ。俺にポーズの見本を見せるために、彼女はベッドに仰向けに寝そべり大きく足を開いてみせた。

「こうやって右の膝は立てて」

 そして足を広げたまま右の膝をベッドに立てる。スカートははだけて中の白い下着が丸見えになった。びっしょり汗をかいていた彼女は下着さえも濡れていた。特にある部分が、、、、、、

「あっ、、、」

 俺の視線に彼女は我に返ったように、ばっと素早く開いていた股を閉じてスカートで下着を隠した。耳まで真っ赤になった彼女だけれど。

「今のポーズでお願いします、、、、、」とモデルの続きを要求してきた。

 そして彼女はまた絵を描くことに集中した。

 何枚も書き上げる彼女は、一枚ごとに要求が過激になっていくようでさえあった。過激にというより、俺の内面的な欲求を引き出したいと思っているかのように、俺が彼女に向けるいかがわしい視線を求めるようになっていく。

「もっと欲しそうに見て、、、わたしを、、、欲しいと思って」

 いわゆる壁ドンのポーズを俺にさせた彼女は、もっと気持ちを込めるように要求してくる。しかし恥ずかしさと、演技の下手さもあいまって、彼女の満足するような視線をできなでいると、突然彼女は自分が履いていたスカートを脱ぎ捨て、多量の汗で彼女の薔薇の香りを甘くしたような匂いがする股を、俺の前で大きく開いて見せた。

「ち、ちょっと!」

 口では彼女をたしなめようとするのだけれど、目は欲望に染まるように、欲しがってしまった。彼女を押し倒してこのまま、、、

 次の瞬間、彼女は凄まじい速さでスケッチブックにペンを走らせた。彼女の目はもう常人のそれではないように、まばたききもせず、そして胸辺りから圧倒されるほどの魔力量を放ちながら、二十秒もしないうちに色まで塗って完成させてしまった。

 完成した絵は、モデルの俺でさえ釘付けになるほど、真に迫るものがあった。

「すごい、、、 ふぅ、、、 はあ、、、ああっ、、、!」

 彼女は自分が描いた絵を恍惚な表情浮かべて、唇を震わせながら嬌声きょうせいを上げた。

 間違いなく彼女は変態だ。普段の大人しい外見の彼女の内側に、これほどまでに激しい劣情れつじょうがあろうとは、、、

 しかし、このアリシアのような匂いが俺の判断をおかしくさせるのか、そのすべてが魅力的に映る。これ以上この少女と同じ部屋にいると、もう俺はきっと───

「そろそろ……、終わりにしない? もう遅い時間になっきたし」

 俺は頭を冷やすために、小さな机の上に置いてある水を入れたコップに手を伸ばしながら、彼女に問いかけた。

 その時、コップの下敷きになっていた一枚の紙がテーブルの上からひらりと落ちて、床に座り込む彼女の元へと滑るように流れていった。

「シュベルト・ウォルフスター、合格……、これって、、、?」

 それは俺のエアリアル学園第二次試験の、合格通知だった。

 合格通知を拾い上げて驚く彼女。安宿に泊まる俺が、大陸中の貴族御用達のエリート魔法学園に、合格できるようなヤツだとは思わなかったのだろう。

「無事に受かったんだよ。まだ次の試験が続くけどね」

 俺の言葉に、「じゃ、、、貴方もエアリアル学園に、、、」と呟いた。貴方か。

「キミもエアリアル学園に受験しにきたの?」

 ちょうどいいクールダウンになりそうだから、会話を広げることにする。この空気を換えるような話題をしよう。

「………はい」

おお、やっぱりか。

「その、、、受かった?」

 聞きにくいことだけど、聞かないわけにはいかない。俺の問いかけに彼女はコクリとうなずいた。よかった。

「おお、それなら新学期から同じ学園に通えるな」

 あれ? 明るい声で話題を振るが、返事がない。

「わたし、、、あまり学園生活とか向いてないですし、、、」

 たしかに普段の外見は大人しい系で、寮での集団生活とかは苦手そうだな。エアリアル学園は全寮制だから、その辺りが苦手ならしんどいところだな。

「じゃ、なぜエアリアル学園を受けようと思ったの? 魔法美術科みたいのがあるとか?」

 俺は正直あまりこの学園の学科とかには興味がないから、その辺のことを全く調べていなかった。こんなにすごい絵の魔法が使えるなら、きっとその道で一流になれるだろう。

 彼女は裸体姿を三角座りで隠すように小さくなり、どこか諦めた顔をした。

「わたし、エアリアル学園に入学したら、もう絵は描けないんです。それが姉との約束だから、、、」

 彼女の意外な返答に、言葉が詰まって出なくなる。

「姉からはずっと言われ続けてきました、、、そんな破廉恥で気持ち悪い絵を描くのは、エアリアル学園に入学するまでだからねと」

 たしかに、俺と同じ歳の少女の趣味としては過激すぎるとは思う。彼女の姉がそういう言い方をするのも、彼女のことを想ってのことだとは理解できる。

「わたし、、、気持ち悪いですよね、、、 性格も暗いし、、、 身体とか、、、、  変だし、、、」

 消え入りそうな言葉だった。さっきまでの絵を描いている時の彼女の眼差しとは、別人のようだった。

「気持ち悪くないよ。むしろ、、、綺麗だなって思った」

 正直な言葉を伝える。絵を描く彼女は美しかった。

「嘘! シュベルト様が私のこと、綺麗だなんて思っているわけないじゃないですか!」

 シュ、、シュベルト様!? なんで様付けなのだろう。俺を貴族かと思ったのかな。いや、そんな訳ないな。

「嘘じゃないって。本当に綺麗だと思ったよ。それに、、、 恥ずかしいんだけど、キミの匂いが────」

 すごく好きだ と言ってしまった。

「えっ!? 匂い、、が、好き、、?」

 彼女は三角座りをしながら、自分の身体の匂いをくんくん嗅ぐ。いや、自分で自分の匂いなんて分かんないと思うよ。

「汗臭いだけです、、、」

 またふさぎ込んでしまった。たしかにこの少女は性格が暗いな。きっと自分の好きなことを、身近な家族から否定され続けてきたのだろう。

「キミの絵は本当にすごいと思うし、絵を描くキミの姿はとても綺麗だったし、キミの匂いも俺は大好きだ」

 なんかもう、口説いているようなセリフを並べてしまっているけれど、そんな顔をされたら放っておけなくなるのが、男ってものなのだよ。

「無責任な願いだけれど、絵を描くことを諦めないでほしいと思うよ。もし俺に協力できることがあるならするからさ」

 彼女は三角座りの膝と腕の隙間から、俺の顔を伺い見る。そしてなんかモジモジし始めた。

「シュウ様って、、、私の身体を見て、、、どう思いましたか?」

 シュベルト様からシュウ様にランクアップ?した。ちょっと好感度が上がったのかな。

「どっ、、、どうとは?」

 今もすげぇエロいと思いながら見てますが。

「醜いかなって、、、」

「ん? なぜそんな風に思うんだ?」

「シュウ様みたいに、引き締まっていないですし、、、」

 俺の軍隊仕込みのスペシャルトレーニングしたボディに、十三歳の女子が筋肉美で敵うはずがあるまい。

「胸とか、、、大きく、、、だらしなく、、、たっ、垂れてますし、、、」

 いや、どう考えてもプラス点にしかならんだろ。ぺったんこに対する嫌味か?

「もう正直に言うけど、女として堪らないくらい魅力的だと思ってるよ」

 こんなこと言わせんなよ、恥ずかしい。

 彼女は俺の言葉に顔を上げる。しかし俺のパンツ一丁の下半身に目線を移して、またふさぎ込んでしまった。なんなのだ、こいつは、、、

「シュウ様の、、、うそつき、、、」

「いや、なにも嘘をいってないから」

「だって! ………お、おお、、大きくなってないじゃないですか、、、」

 は? 俺は自分の下半身をみる。通常サイズだ。当たり前だ。だって、、、

 恥を忍んでアテナに勃起しないように、血流操作を頼んであるのだから。

 つうか、この少女、エロ本の読みすぎだろ。誇張して大きく書かれているのを、絶対に真に受けているぞ。

「俺は我慢しているんだ!!」

 こういう時は勢いで押し通す。本来我慢などできるはずがない。特にもうすぐ十四歳の男子が、下半身の抑制などできるはずがないのだ。アテナ様の叡智をこんなことに使ってしまって、前世の人類の皆さん、そしてアリシアさん、誠にごめんなさい。

「そ、、、そうなんですか、、、?」

 彼女は赤くなりながらも、俺の下半身を凝視する。何? この子ちょっと怖いかも。

「どうしたら、、、我慢できなくなりますか、、、?」

「なんてことを聞くんだよ! ていうか二人ともずっと半裸だし、そろそろ服を着ようよ」

「どうしても、、、見たいんです、、、変だと思われても、、、パンツ越しでも大きくなったところを描きたいんです!」

 変というか、なんて正直な変態なんだ。

「匂い、、、? わたしの、匂いですか、、、?」

 ヒッ! 三角座りを解いて、床を四つん這いにこちらに近づいてくる。俺は後ずさるが、すぐに壁に追い詰められてしまった。

 彼女は俺を壁に圧し受けるように、膝の上に乗り、上の肌着を脱いでしまった。そして思いッきり生乳を顔面に押し当てられた。

(血流操作を解除します)

 オイ! なぜだ!!??

(ここまでされたら心意気に応えるべきと判断しました)

 十三歳の乙女の心意気を汲むとか、アンタどんな性能のAIだよ。ああ、、、まずい!

 顔に押し付けられた暴力的な柔らかさと、脳天まで突き抜けるような薫香くんこうが、一気に下半身に血液を流し込む。

「は、離れて!」

 俺は彼女を引き剝がしたが、もう遅かった。えらいことになってしまった。

 俺の下半身を確認した彼女は、写真でも撮っているのかという速度で、何枚もの絵を描き上げていく。

 俺の猛りきった姿を。そして、ある一枚を描き上げた時、彼女は動きを止めて。

「ああ、、、すごい、、! いい、、、  クっ、、、」

 絶頂を迎えるように、大きく身体をよがらせて果ててしまった。なんなのだこの少女は。この子の姉が心配して絵を描かせないようにする気持ちが、少し理解できてしまう。

 そして疲れ果てたように床に倒れて、パンツ一丁のまま失神してしまった。

「えっ!? ちょっと! 起きてよ!」 

 揺すっても起きない。大きな胸だけがぶるんぶるんと揺れている。なんだよこの状況。どうすればいいんだよ。そういえば三時間くらい、彼女は様々な絵を描く魔法を使いっぱなしだった。よく考えたらそれって、ずっと超ハイペースで走り続けるようなものだよな。

「まさに精魂尽き果てたというところか……」

 いや、迷惑だよ。どうすんだよ。背負って家まで送ろうにも、彼女が何者か名前すら知らいない。

 パンツ一枚で硬い床で眠る彼女を、そのままにしておくわけにもいかないので、俺は目を瞑って彼女を抱き上げ、とりあえずベッドに寝かせる。

 服を着せないとと、彼女の上の肌着を床から拾い上げて、彼女の身体を見たときだった。胸の真ん中あたりに、傷があった。疵があった。

 まるで模様もいたいな────   疵があった

「薄っすら光ってる……?」

 その疵は、彼女の豊満な胸に挟まれて隠れていたようだ。彼女が寝息で胸を上下するたびに、ぼやりとした疵がゆっくりと点滅している。

 なんて不思議な光なのだろう。見ないようにしようとしても、目が離せない。彼女から発する匂いのせいもあるかもしれない。頭がぼんやりして何も考えられない。俺は彼女に手を伸ばしていた。

 そして彼女の胸に指で触れてしまった。柔らかい。この世にこれほど柔らかな物質があるものなのか。指はそのままゆっくりと彼女の胸を撫でるように動く。

「はぁ、、、 ああ、、、」

 彼女は眠ったまま身体をよじる。理性が焼き切れそうだ。焼失して灰になってしまいそうだ。

 彼女の柔らかな胸を、そして固くとんがる部分を触れていた指が、妖しく点滅する彼女の疵まで滑るように動き、その疵をいやらしい手つきで撫でる。

「あッッン!  ああ! ウウッ、、、ィ、、、ク」

 彼女の身体が突如跳ね上がり、腰がガタガタとベッドから浮かび上がる。むせ返るくらい濃密な薫香くんこうが一気に充満した時、そのとてつもない刺激で我を取り戻すことができた。

 ベッドの眠る彼女の身体に毛布をかぶせて、俺はベッドの端でうずくまる。そしてアテナに(朝まで睡眠。直ちに実行)と告げて、無理矢理自分を寝かしつけた。

 強烈な眠気が興奮を凌駕する。よかった。危なかった。大変なことをしてしまうところだった。いや、もう少しだけしてしまったけれど、目覚めたら彼女に心から謝罪しよう。赦してもらえるまで、、、

 そこまで考えた時、眠りの世界に堕ちてゆく。


 とてもいい夢だった。まるでアリシアに抱きしめてもらっているかのような、幸せな夢だった。俺の身体を包む柔らかさが、温もりが、香りがその全てが愛しく思える夢だった。まるで現実が夢まで届いていつかのような、リアリティのある抱き心地だった。

 「シュウ様、、、 わたしは貴方だけをずっと、、、」

 あれ、、、? もしかして────

 俺は明るくなった安宿の部屋で、目を覚ます。窓が開けられ涼しい朝の風がカーテンを揺らしていた。

 俺の隣には、誰もいなかった。俺は一人ベッドで目を覚ましたのだ。部屋は片づいていて、昨晩の痕跡は何もなかった。

 

彼女がここにいた痕跡は

  俺の身体に残る、薔薇アリシアの匂いだけだった────

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