学園都市エアリアル

「シュウ! 逢いたかったわ!」

 学園都市の内部。馬車の停留所を降りた俺をフィーナを抱擁で迎えてくれた。十五歳となったフィーナはエルアドロス王国で最も美しい讃えられるほど、可憐な姿に成長していた。ナチュラルな長髪。金髪ストレートヘアーがこれほど似合う少女は、地球にも数えられるほどしか居なかっただろう。

 それにしても歳を重ねても、俺へのスキンシップは三歳の頃と変わらないな。姉弟のように育てられた俺たちだけれど、さすがに俺の身体もフィーナの身体も年頃の男女になってきているので、不用意に押し付けて刺激を与えないでもらいたい。

「フィーナ様、周りの人たちに見られてます! こんなところでは抱きつかないでください」

 小国とはいえフィーナは王女だ。異性交際や結婚などは国益に直結する。俺みたいのと変な噂が立つのは避けねければならない。

「そうですわね、、、 こういうことはシュウが泊まる宿に帰ってからにしないといけませんわよね」

 いや、この人絶対に理解わかってない。だいたいまさか宿にまで着いてくるつもりではないですよね?

「フィーナ様、俺はお金を節約するために街外れの歓楽街に安宿を取りました。治安が悪いので絶対に宿に来てはいけませんよ」

 フィーナはむくれた顔をしたが渋々承諾してくれた。まぁ、確かに久しぶりに会えて嬉しいのは俺も同じだった。

 フィーナと前回会ったのは、去年のエアリアル学園が三十日ほど休校期間になる第三次以降の入試期間だ。なぜ第一次と第二次の入試では休校にならないかというと、そのふたつの入試はエアリアル学園で行わず、学園都市エアリアルにいくつもの会場を設置して筆記試験を行うからだ。なにせ毎年二十万人もの受験生がこの街に集う。さすがのエアリアル学園もその人数は収容できない。なので第二次試験までは、日程を割り振りながら二十万人の受験生を捌いていくのだ。

「いよいよ本番ね。シュウ」

 可愛く体をかがませながら、俺の顔を下から見上げるように覗き込む。いつの間にか俺の方がかなり身長が高くなっていた。

「緊張で今夜眠れるか分かりませんが、この七年死ぬ気で勉強をしてきました。明日はやれる限りを尽くします」

 フィーナは俺の言葉に何かを思い出したように笑い「あの変な柄のハチマキをいつも巻いていましたわね」と俺の額を指した。

わたくしはシュウなら第七次試験だって突破できると信じていますわ。貴方が女神エアリアのようなすごい力を秘めていると、わたくしは知っているのですからね」

 彼女は先ほど俺の額を指してた人差し指を自分の唇の前にもってゆき、「しー」とジェスチャーしながらささやいた。俺がバルコニーから落ちたあの夜。彼女も俺の超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルを目撃している。

「それにわたくしも必ず新学期から〝Ⅶ星スーパー レイティブ〟に昇位いたします。だからシュウもで学びましょう」

 エアリアル学園には、入学後、一年に一度だけ階位昇級制度がある。フィーナはⅤ星フュンフ スターンで二年前に入学した。これもかなりというか、とんでもなく凄いことなのだけれど、去年の新学期時にⅥ星ゼックス スターンへの昇位試験を受けて見事合格しているのだ。

 昇位試験に合格した生徒は、もう一年同じ学年で学んでその階位で必要な単位を取得しなければならない。つまり留年ということになる。

 留年することになってでも多くの学生が昇位試験に挑むのは、上の階位で卒業した時に得られる恩智が凄まじいからである。

 特にⅦ星スーパー レイティブで卒業すればすべての夢が叶うといわれており、昇位試験受講資格を認められたⅥ星ゼックス スターンの生徒の大半は昇位試験を受けるのだ。

「俺はともかく、フィーナ様ならⅦ星スーパー レイティブになれますよ。俺なんかと頭の出来が違いますし、魔法だって幼少の頃から天才的でしたしね」

 フィーナの母親であるアーシャ女王もエアリアル学園の卒業生で、現役時代はⅤ星フュンフ スターンでの入学と卒業を果たしている。これはエルアドロス王国建国後では最高学位だったのだけれど、フィーナはすでにⅥ星ゼックス スターン入りを実現してしまっている。ちなみにⅤ星フュンフ スターンからⅥ星ゼックス スターンへの昇位試験の合格率は0.1%くらいで、数年に一人しか合格者はでない。さらに付け加えるならⅥ星ゼックス スターンからⅦ星スーパー レイティブへの合格率は0.03%くらいでもう十年近く合格者は現れていないそうだ。

 しかしフィーナなら合格してしまうような予感がしてしまうのは、身内贔屓というものだろうか。前世のことわざに〝鳶が鷹を産む〟というものがあったが、アーシャ女王とフィーナの場合は、鷹がグリフォンを産んだようなものだ。

わたくしも昇位試験が近づいてきていて、不安で眠れないのです。シュウ、やはり今夜は眠れない者同士抱き合って不安を和らげる必要があると思いませんか?」

 色艶のいい肌と、ぱっちりスッキリとしたとても寝不足とは思えない美しい瞳で、フィーナが甘えてくる。人差し指で俺の胸をイジイジしながら。

「だから、俺にとっても、なにより我が国においても大切なフィーナ様を、治安の悪いところになんて連れて行けません。その代わり夜までは二人だけの時間を過ごしましょう」

 俺がそう言ってフィーナの手を握ると、彼女は恋人のように指を絡めて俺の手を握り締めてきた。

「仕方ありませんね。では学園都市を案内してさしあげますわ」

 彼女は跳ねるような足取りで、俺の手を引く。どうやらご機嫌は損なわずに済んだようだ。俺は幼少の頃から、いつもフィーナに手を引かれていた記憶がある。フィーナがエアリアル学園に入学する前は勉強後よく同じベッドで寝ていたし、三年前くらいまでお城にある広いお風呂にも一緒に入っていた。

 幼少の頃からずっとそんな生活だったのだけれど、この二年間は離れている時間が長かったので、なんだか少し照れくさいように感じてしまう。

 思春期というやつだろうか。前世の記憶があるので、子供っぽい気持ちに振り回されることはないけれど、気恥ずかしさは拭えない。

 フィーナはきっと何も意識なんてしていないだろう。俺が産まれたときからずっと俺のことを弟だと認識してくれている。成長したフィーナの胸がグイグイと俺の左腕に押し付けられているように感じるのだが、これはきっと俺が変に意識してしまっているからだ。

 こんな素敵な姉に対して邪な感情を抱くことなど赦されない。食べ物や飲み物を一つ買っては二人で分け合い間接キスをするのだけれど、これも幼少の頃から何も変わらないことだ。

「シュウ、口の周りにソースが付いてますわよ」

 そう言うと、フィーナが顔を寄せて俺の唇のすぐ近くをペロリと舐める。

「あ、ありがとうございます…」

「まったくシュウはいつまで経っても子供なんだから、、、」

 フィーナは可愛い仕草で舌なめずりをしながら、ジトっとした視線で俺の唇をみている。

 これも姉の愛だな。間違いない。

 俺はそれ以上何も考えないようにしながら、フィーナとの時間を過ごす。





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇





 あれほど緊張した第一次試験だったのだけれど、努力の成果が存分に発揮されたのか、あっさりと合格の知らせを受け取れたのだった。

 俺に指定された第二次試験の日程まではあと十日ほどで、それをクリアしたら第三次試験がエアリアル学園で行われることになる。

 しかしここで俺は窮地を迎えていた。このままでは路銀が尽きそうなのだ。学園都市エアリアルの物価は想定していたより高く、マーガレットから頂いた滞在資金ではどう考えても足りない。

 ただでなくてもエアリアル学園の入学金と授業料は高額なので、アーシャ女王から借りることになっている。もうこれ以上の負担を彼女たちに強いる訳にはいかない。

 第三次試験からは宿を借りずとも、エアリアル学園内の施設に受験生は泊まることができるらしい。そのための休校期間なのだと腑に落ちた。もちろん俺は第二次試験も突破するつもりで入試に挑んでいるから、何とか第三次試験が始まるまでの宿代を稼ぐ必要がある。

 しかし────   俺は十三歳の男なんだよな。

 十三という歳はやはり大人とはいえず、さらには男なので魔法適性も低い。要するに俺にできるまともな仕事なんてないのだ。

 前世の世界で子供の頃に読んだ異世界転生モノのライトノベルでは〝冒険者ギルド〟とかいう都合のいい組織があり、ダンジョンとかドラゴンとかをチート能力で撃破するだけで、一生働かなくていいくらいのお金が入ってくるものなのだが、、、

「ない」

 そんなものはこの世界に、少なくともこのアヴァルニア大陸には無いようだ。そうなると困った。男なら力仕事だというのは前世の常識であるのだけれど、この世界では女性の方が身体の強化魔法に長けているため、普通は力でも敵わない。

 俺の場合は超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルを展開すれば、この世界の女性たちを凌駕することも容易いだろう。

「でも目立っちゃうよなぁ」

 今は大事な入試期間だ。目立って変なことに巻き込まれるのは避けたい。そうなると人目に付かないような仕事が望ましいのだけれど、、、

 選り好みできる身分ではないとはいえ、どうしたものかな困り顔をしながら宿の階段を降りてゆくと──

「あの女、飛んじまったのかい! 店番の代わりどうすんだよ!」

 この宿の女将さんのアマンダが大きな声を張り上げて、仕事仲間と話していた。彼女は四十台の半ばくらいでこの宿だけではなく、他のさまざまなお店を経営しているようだ。まぁ、ただこんないかがわしい立地に宿を構えているくらいなので、他の仕事もアンダーグランドの香りがするのだけれど、「アマンダさん、どうかしたんですか?」と、宿の受付カウンターに肘を付いて問いかける。

「ああ、シュウ坊かい。ちょっと本屋の店番を任せているがとんずらこいちまってな。困ってんだよ」

 困っているのか。俺と同じだな────

「その店番って俺にもできますか!?」





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇





「店は深夜までだから、居眠りするんじゃないよ」

 アマンダは俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、荒っぽく釘を刺してから店を立ち去った。学園都市の本屋というから図書館のようなものを想像したのだけれど、さすがはアマンダだ。

「これ全部無修正じゃん……」

 暗く入り組んだ路地の奥に、ひっそりと営業している本屋。この世界のエロ本屋というやつだ。無修正とはいえ、写真技術が存在しないこの世界では、絵で描いたグラビア雑誌のようなエロ本が流通しているようだ。

「えっ!? 高っ!!」

 男性の裸がリアルに描かれている本や、男女が抱き合っている本、男同士がすごいことをしている本まであった。そしてその値段がバカ高いのだ。

 いったい誰がこんなものを買うのだろうかと思っていたのだが、日が暮れていくと共にぽつぽつと来店者が現れ始めた。なんとその全員が女性だった。

 年齢はまちまちで二十代くらいから四十代くらいまで幅広かった。

「そうか、、、、この世界は男が少ないんだった」

 男性は短命なのだ。だから恋人や旦那が急死して独り身になる可能性が高い。そうなると次の相手というのは、なかなか見つからないのだ。当然そんな女性たちにも性欲はある。こういうので発散することは何ら悪いことではない。

 本の会計をするカウンターは、お互いの顔が見えないように配慮されている。最低限の言葉のやりとりしかしない上に、アマンダから渡された頭まで全身を覆うローブを身に纏っているので、俺が十三歳の男子だと気が付く客は居ないだろう。

 俺が徐々に店番に慣れてきた夜更けだった。子の刻に差し掛かろうする時間にアマンダが店に顔を出した。

「シュウ坊! しっかりやっているかい?」

 アマンダは台帳とお金を照らし合わせて「よし」と頷き、「今日の報酬だ」とその場でバイト代を払ってくれた。高収入ではないけれど、定期的に店番をさせてもらえたら何とか入試期間の路銀は賄えるかもしれない。

「また明日も店番させてもらえますか?」と期待を込めて聞いてみたのだが、明日は店を開けないらしい。

「そんなにしょっちゅう開けてたら、すぐに治安部隊に摘発されちまうよ」

 なるほど、俺が考えているよりかなりダークなんだとため息をついた。

「それじゃ、店の片づけをしたらもう閉めていいよ。お疲れさん」

 彼女はそう言い残して夜の街に消えて行った。何か他の仕事も探さないとなとボーっとカウンターに座っていたら、一人の客が店内に入ってきてしまった。

 考え事はちゃんと店を閉めてからにするべきだったと悔やんでももう遅い。追い出すわけにもいかないので、その客が買い物を終えるのを待つことにした。

 しかしたくさんの本を胸に抱えている。ここのエロ本は高額だ。一冊で俺の一週間分の食費くらいある。それを五冊って、、、しかもあのジャンルは男と男がすごいことをしている本だったような……。

 ふとどんな女性なのかと、カウンターの目隠しの隙間から客の顔を覗いて見たのだけれど。

「顔がぼやけてる、、、 認識阻害の魔法か!」

 俺が知識として習った中に認識阻害魔法というものが存在した。たしか具現イマジナリー魔法に分類されるはずだ。ということは彼女は魔法で具現化した何かを装備しているということか。

 それにしてもすごいな、認識阻害魔法は。顔だけじゃなく髪型や髪色、体形さえも認識しようとすると阻害されてしまう。正直驚くほどの魔法精度だ。まぁ、こんないかがわしい本屋でいかがわしい本を買うところなんて、誰にも知られたくないだろうし、これ以上ジロジロ見るのはよそう。

 俺が顔を伏せてカウンターに腰かけていたら、本を選び終えた客がカウンターの向こうに立った。そして俺が会計をしようと手を伸ばした時。

「えっっ…!!? 男の子!!!?」

 認識阻害の魔法で客の声はエコーがかっていたけれど、はっきり俺を見てそう言った。ああ!しまった!アマンダさんにローブを返してしまっていたんだ。

 彼女は五冊の本を抱きしめたまま店の出入口の方に後ずさりしていく。そして未会計の本を抱えたまま脱兎の如く店外に駆けだしたのだ。

「待って! ドロボー!!」

 俺も店外に飛び出し素早く店の入口扉の鍵をかける。たぶん五秒くらいの時間だったけれど、万引き犯は遥か彼方へと走り去っていた。速い。肉体を強化する魔法は〝纏閃フォース〟魔法と呼称されている。あの万引き犯はかなりの使い手だ。

 俺は迷わずに超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルを行使する。莫大なダークマターの力で強化された俺の身体は、音よりも速く彼女を追う。なにがあっても逃がす訳にはいかない。なぜならば────

「ああ、シュウ坊。ちなみになんだけど、本が盗まれたらアンタが弁償だからね。金が無いなら体で払ってもらうから、気を抜かないで店番をやるんだよ」

 店番を任される時にそう告げられたのだ。五冊分の代金なんて俺に払えるわけがない。そうなると、俺の貞操が危険なのだ。大ピンチなのだ。

「なんで……!? 男子が私に追いつけるなんて……!」

 彼女のすぐ後方まで迫ったとき、その速度を緩めた。とにかく本を返しなさい。俺は彼女へと手を伸ばそうとするが。

「来ないでください!〝輝撃Ⅳ星シャイン フィーアブロック ロック〟!」

 彼女と俺の間に分厚く巨大な石の壁が出現する。

 ていうかこの万引き女。纏閃フォース輝撃シャイン具現イマジナリーの三大魔導を同時に行使していることになる。いったいどこのエリート魔導師だよ。

 俺は超弦虹速穿孔ゼーレ アクセルを展開して目の前の石の壁を分子分解し塵に変える。

「アナタは…、何者なのですか!!!???」

 いやいや、姿を認識阻害で隠している女に言われたくない。

 でも、声がもう泣きそうなくらい震えていて、ちょっとかわいそうかなと思っていると、彼女は建物の壁を蹴りながら上方向へ逃げ場を求める。こっちとしても逃がすつもりはないので、俺も空へと駆け上がる。

 すると彼女がぶつぶつと長い詠唱を唱えて、魔力の出力を上げていたことに気が付く。どうやら上空に誘い込まれたようだ。

「ごめんなさい! 私はどうしても捕まるわけにはいかないのです!」

 彼女は勝手な事情をほざいた後、一気に魔力を解放した。

「〝輝撃Ⅵ星シャイン ゼックス アクア ボルテックス!!!」

 おお、すごい。Ⅵ星ゼックス魔法を単独行使できるなんて、マジで超エリート魔導師クラスだな。そしてこのまま、俺を水圧で学園都市の外まで吹き飛ばすつもりかな。

 でもそうはいかない。ていうか本が濡れるような魔法を使うんじゃねぇ!

「いい加減そろそろ顔を見せてもらうぞ」

 俺は街の空を覆うような水の塊を蹴り上げた。彼女が魔法で制御している術構成式ごと全て破壊する一撃で。大魔法は都市に降り注ぐ雨に変わり、彼女が具現イマジナリー魔法で具現化してはめていたさえも砕け散った。

 素顔を晒した彼女は、薄桃色の前髪が目を覆うような長さで、大人しいイメージの顔とは対照的に、濡れて服が肌に吸着するその身体は、ぞくりとするほどに妖艶な色香を漂よわせていた。ただ───

「おまえ、俺と同じ歳くらいか?」

 

 まだ少女といえるような年齢だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る