勝利への道すじ
あれから十年。13歳のちょうど半ばに、俺はある学園の入試試験を受けることを数年前から決めていた。
その学園はこのアヴァルニア大陸で最大の敷地面積を誇り、入学には最高難易度の魔法知識と魔法実技を要求される。
そう、大陸中から魔導の天才、神童と讃えられる者たちや、生まれながらの英才教育を施された貴族や王族の子女たちが集うのだ。
「新学期から
入試試験を受けるためにエアリアル学園へと向かう馬車の中で、フィーナから届いた手紙を読む。気が早い人だなと思いつつも、
三歳を迎えたあの日、名状しがたきモノたちを討ち滅ぼすことを決意した俺は、まずは情報を集めることから始めた。知りたかったことはこの世界の戦力。つまりは最強の魔導師が、アルティメットAIアテナが生みだした科学兵器を凌駕する戦闘能力を有しているかということだ。そしてもうひとつ。奴らの宇宙船はこの世界の何処に落ちたのかだ。
この二つが最重要で、今後の計画を大きく左右する。この世界にはアルティメットAIアテナに情報を送信してくれる量子人工衛星は存在しない。何から何まで自分の足で動いて、この目と耳で情報を収集しなければならなかった。
ひとつ目の目的である最強の魔導師は簡単に答えが出た。勇者と魔王だ。女神エアリアから祝福を受けた三人の勇者の強さは他の魔導師の追随を赦さず、たった一人で大国の軍隊をも壊滅させる力を持つらしい。そしてそんな勇者が三人がかりでないと討伐が適わない魔王という存在。その超魔法は山脈すら消し飛ばすという。
正直な感想から言うと、かなりまずい。魔王の超魔法がどれほど連射できるかは未知数だけれど、数百発の核攻撃さえも受けきり、それを糧に進化する邪神たちと戦うには戦力が足りなさ過ぎるように思う。
過去の文献に残されている勇者や魔王の戦力では力不足だ。それは奴らを討ち滅ぼすには、ある条件を満たしていかなければならないからだ。
その勝利条件はアリシアがアテナの中にデータを残してくれていた。それには複数人の協力者の存在が不可欠だ。
そこで俺がアプローチをかけるべきは、異世界での最強たる三人の勇者だ。この世界の魔法が極僅かとはいえ、ダークマターの力を行使することができる力であるなら、鍛えさえすれば攻略値に到達できるかもしれない。
いや、命を懸けた修練を重ねてでも限界を突破して、そこまで強くなってもらう必要がある。どうしてもこの世界の常識の範囲の魔法では、勝利に到達することはできないからだ。勇者は魔王を討伐すまでの期間は、女神エアリアの祝福が発動されているから、魔王本人からの攻撃以外の外的要因で死ぬことはないらしい。では俺の
まぁ、つまりは殺せてしまう。だからこそ邪神たちに殺されないためにも鍛えなければならないのだ。
しかしだからといって、この世界の信仰の象徴である勇者たちを拉致して、無理矢理修行させる訳にはいかない。それこそこの異世界の秩序を乱す行為だ。
そんなことをすれば、俺の中の価値観として悍ましき怪物たちと同類になってしまう。
それぞれ三大魔導国家に散らばる勇者たちを、自然なかたちで一同に集結させて俺の厳しい修練を受けさせる。
そんな無理難題が──── できてしまう場所があった。
それこそが
横長楕円形の歪なピザを三等分したような国境線を敷く三大魔導国家の中心部。その三国の国境線が交わる中心点上にエアリアル学園が建てられている。
そこは小高い丘というより、小さくなだらかな富士山のような綺麗な形の低山で、山に丸ごと取り囲むように学舎を建築してある。学園都市の象徴として相応しい佇まいで、三国の財力を注ぎ込んで運営されている。学園都市の名の通り、山の裾野には大都市が栄え、学生も合わせると十五万人以上の人々が生活をしているという。学園都市エアリアル内は三国の共同特区で国境は存在しない。
そんなエルアドロス王国より遥かにデカいエアリアル学園に、三人の勇者は必ず入学してくるのだ。勇者が入学する年は、三大魔導国家の国王や皇帝が入学式に来賓として出席するのだという。そんな国家の威信が知らしめる場に、自国の勇者が居ないなどあってはならないのだ。
三人の勇者と同じ年に産まれた俺がエアリアル学園に入学することができれば、ごく自然に接触することができる。
しかしそれは容易い道ではなかった。入試が難関なのだ。難関という言葉の右上に100乗と書き込みたくなるくらいに。
それは圧倒的な学習量を要求された。この世界は進学塾なんてものはない。お貴族様ならばお抱えの専属家庭教師が手取り足取り指導してくれるのだろう。
しかしこの貧しい国に産まれた俺は、ひたすら書物庫を巡り知識を頭に詰め込んだ。
アテナに頼ろうかという甘えた気持ちが何度も過ったが、しかしそれはできない。男に産まれ、魔法に対する適性が低い俺では、エアリアル学園の第三次入試以降から実施される実技魔法試験を突破することができない。なので実技試験に関しては
だからせめて筆記試験だけは自分の努力で突破したい。エアリアル学園に入学することは、この大陸で日々学業に励む子供たちの憧れといえる。そんな大切な席をチート能力で横取りすることなど本来はあってはならない。魔法実技をズルい能力でクリアする後ろめたさが、俺の弱い心と頭脳に鞭を打つ。
俺は計画を固めた六歳の頃から頭に必勝のハチマキを巻いて、起きている時間の大半を勉学に費やした。
そしてもうひとつの重要事項は奴らの宇宙船の落下位置だ。準備が整うまで、奴らに俺の
できれば勇者たちを鍛え終わり、三人が完全に計画を実行できる力を得るまで、接敵しないことが望ましい。もし出会ってしまっても
ここを誤ると前世と同じ結末を辿ることになる。一人が神の如き力を振りかざしてもだめだったんだ。詰将棋のような複数の手順で戦況を整えてから、〝神の一手〟を指す必要があったのだ。
幸いなことに奴らの宇宙船は俺の近くに落ちることなく、遠くの空へと流れて行ってしまった。
たぶん北の方角。そう予想した俺はエルアドロス王国に来訪する行商人に声をかけ続けた。ここから離れた土地であの夜の流れ星を見た人々が居るはずなのだ。地図を持ち歩き証言を収集する。この世界では虹色の光は女神エアリアの福音と信じられているため、多くの人が嬉々として流れ星の目撃談を話しているようだ。
そして決定的な証言を遠方を渡る旅人から得る。
「〝
大層な名前の大陸だけれど、そこは─── 魔王が発現する土地だ。
冥獄魔大陸は凶暴な魔物や知恵のある魔族が弱肉強食を繰り返し、その土地にまるで蟲毒のように禍々しい魔力を蓄積させていくそうだ。
そして五百年に一度魔王が現れ、戦いの中で更にその力を高める。万全を整えた魔王は倒した魔物たちを使役して、大群でこちらの大陸を蹂躙しようと戦いを仕掛けてくる。それを我ら女神エアリアの祝福を受けた三人の勇者が迎え撃つというのが、様式美となっているみたいだ。勇者と魔王、互いに互いを殺せる唯一の存在同志の決戦で人族と魔族の戦争の決着をつけることが、むしろ被害が最も少なく済むのかもしれない。
その魔王が統治するであろう広大な大陸に奴らの宇宙船は落ちて、今現在はまだその身を潜ませていることだろう。名状しがたきモノたちは、あれほどの悍ましき力を持ちながら、小賢しいほどに慎重な怪物なのだ。
前世の地球では宇宙船ごと地中に深くに潜り、じっくりと情報収集をしていたのだ。降り立った世界がどれくらいの戦力を有しているのか。そして手近にまだ未熟な自分たちが捕食して吸収できる生物が居るか。一匹一匹、一人一人、闇が這い寄るように近づき、音もなく貪り喰う。
この異世界の環境がどうなっても構わないというなら、
俺が今やるべきことだけに意識を向けよう。
地球の時も奴らが降り立って十年はその存在さえ認知されていなかった。逆にいえばまだ時間はある。俺が勇者たちに出会えるのは14歳、つまりは飛来して約十年となる。勇者三人を鍛えるのにどれくらいの時間を要するか考えてみたのだけれど、やはりどんなに費やせたとしても三、四年間だ。エアリアル学園の在学期間はちょうど四年。この四年にすべてを賭ける。
「それまでは魔王に頑張ってもらわないとな、、、」
もうすでに誕生しているであろう魔王は、自分の庭に外宇宙より飛来した侵略者が息を潜めていることに気が付いていないだろう。本当は魔王にも仲間になってもらいたいのだけれど、勇者と魔王は
そうなると、どうしても人数的に勝利条件を満たせる勇者たちと仲良くなるのが正解の選択だ。
もしかしたら魔王がその兵力で万が一でも奴らを滅ぼすこともあるかと考えたが、この世界の情報を集めれば集めるだけその可能性は低くなっていった。
この世界に誕生する魔王とその軍勢では、凄まじい進化を続ける名状しがたきモノたちに勝つことはできない。これが奴らとの地獄の戦場を生きた俺の結論だった。
馬車は想いに
「見えてきましたよ」
馬車を操る女性が乗客たちに声をかける。魔導車輪で負荷を軽くし推進力を補助した馬車は、空荷を引くようかにのように軽快に進む。馬もかなりの速度で走り続けているのに息を切らすことがないのは、魔導騎手が手綱から魔力を送り込んで身体強化を行っているからだろう。馬車ひとつとっても、魔法の恩恵で動いているのだ。
「あれが
低山を丸ごと覆うように美しいゴシック建造物が立ち並び、その裾野に広がる栄えた大都市が小国育ちの俺の目に眩く映る。
明日から第一次試験が始まる。試験の詳細が書かれた案内文に目を通す。
第一次試験の合格者は〝
そうなのだ。入学をするだけであれば第一次試験を突破するだけでよい。しかし説明文は続く。
第二次試験の合格者は〝
エアリアル学園の入試は脱落するまで、次の階位層の試験を受けることができる。そしてそれは────
第七次試験の合格者は〝
荷車より顔を覗かせ、エアリアル学園が建つ山の頂に目をやる。頂上に聳え立つ、壮麗なお城のようにさえ見える建築物。きっとあれが七階位層学舎なのだろう。
そこから少し山を下った位置に建築物が階層のように立ち並び、下層ほど建築物は大きく広くなっていることが伺える。
「なるほど、以前フィーナ様にいただいた手紙に書いてあるとおり、あの広大な学園には四万人以上の学生が在籍しているのか」
前世の日本語で大きな学校のことをマンモス校などと呼んだものだが、この世界ではどのように表現するのだろうか。ヘヴィーモス校?それともドラゴン校とか?
毎年の受験者数が二十万人を超えるそうで、三大魔導国家に生まれ育った子供は、とりあえず受験資格を得る十三歳になったら受験してみるいう感じだそうだ。まぁ、記念に。受かったらラッキーというくらいのノリで。
第一次試験は一万人以上の学生が合格するから、学費さえ払えるのならばエアリアル学園の卒業生という肩書を得るチャンスに賭けるのは悪い話ではない。
〝
〝
〝
〝
〝
〝
〝
というように、受験生を
ちなみに魔法の行使に適性がないとさせる男性も、第一次試験と第二次試験は筆記のみなので毎年合格者は多数現れる。エアリアル学園の五百年を超える歴史で過去に十数名ではあるが男子が第三次試験を突破した記録が残っているらしい。
三大魔導国家の有力貴族や王族に生まれた男子ならば、その権力と財力で裏金を駆使して第三次試験以降から実施される実技魔法試験をクリアできるのではないかと、フィーナに聞いてみたことがあったのだけれど。
「実技魔法試験を監視するのは、
どうやらどんな不正も看破する大魔法が試験会場の全てを覆っているらしい。なので第三次試験を合格した男子たちは、完全な実力で突破したということになる。俺の
もしかして、、、、、裏(虚数宇宙)から〝聖者〟に賄賂(叡智)を渡して買収とかしないよね?
(………………………………………)
俺の問いかけにアテナは長い沈黙で返す。
学園都市に着いたら勇者の情報も欲しいところだ。なにせ三大魔導国家の方針で、勇者は顔はもちろん名前すら一般公開されていない。
どんな少女たちかは三大魔導国家が発行する
俺が読んだ記事では、三人ともが才色兼備で、幼いころから英雄に相応しい人格を有する完璧超人だというのだ。女神エアリアの祝福を受けたその身は後光が差し、自然と跪いてしまうほどだという。
そんなになのか。もし学園都市エアリアルの道端で多くの群衆が跪いていたら近くに勇者が居るということなのだろうか。まぁ、完璧超人であるほうが厳しい修行に耐えれるだろうし有難いので楽しみにしておこう。
馬車は進む。俺にとっての、三人の勇者にとっての運命の地。
学園都市エアリアルに向けて。
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