第79話 大罪

「……クロエは無事なの?」

「ねえ、お兄ちゃん。私が目の前にいるのに、他の女の話をするなんて酷いなぁ。それこそ自分の体についての異変が気になるはずなのに。あの女のことがそんなに好きなんだ……。それがお兄ちゃんの良い所だけど。安心して。今の所は無事だよ。良かったら、会わせてあげる。それで少しは安心するし、私の話をちゃんと聞く気にもなるよね。……ドリア、あの女を連れてきてくれない?」

「……ええ、分かったわ」



 手持ち無沙汰に私達の会話――と言うよりかは、ほぼ遥が一方的に話しているだけだが――を聞いていたドリアは頷くと、静かに扉を閉めて退出した。

 恐らく話の流れからして、ドリアはクロエの所に向かったのだろう。

 遥の言うことを信じるのであれば、クロエに危害は加えられていないようだ。シオンのことについても尋ねてみたが、遥に「知らないよ? そんな奴」と言われ望む答えは得られなかった。

 シオンだけはあの場に取り残されてしまったようだ。



(……焦るな、私。クロエは無事らしいし、幸い遥は……私に好意的にだから、会話で情報を引き出せるはず。次に聞くべきこと――)



「――それで教えてもらってもいい? 私や遥がこの世界に来た原因について」

「うん。別に良いよ。それじゃあ、さっきの続きになるけどね――」



 嬉しそうに笑う遥は、抱きついていた私の体から離れると話し始めた。



「お兄ちゃんはこの世界がゲームに酷似しているのは気づいているよね?」

「それは……うん。熱中していたゲームだったし、すぐに気づいたよ。それに名前ありのキャラクター――『パトリシア』に転生するとは思ってなかったけど」



 ――『闇の鎮魂歌』。前世で一番好きであったゲームの題名。その主人公が救済される展開があると信じて、何度も繰り返しプレイして隠しルートを探していたことは未だに記憶に刻まれている。



 ――確か前世で命を落とす直前までも、このゲームをプレイしていたような気がする。



 ――脳裏に過るのは、液晶画面に映った一つの場面。救った人類に裏切られ、絶望から二代目の魔王に堕ちた黒髪の少女。その彼女に止めを刺そうと剣を振り上げる金髪の少女。



 ――その時、金髪の少女は何と言っただろうか。



『――次は、絶対に助けるからね』



『――でも私だけじゃ力不足みたいだから、『これ』を見ている神様気取りの加害者には責任を取ってもらいましょう』



「――ゃん! お兄ちゃん! 大丈夫? 少しぼうっとしてたけど?」

「あ、うん。大丈夫。続きを話してもらって問題ないよ」



 意識が少し飛んでいたようだ。遥のこちらを心配するような声で、意識が戻ってきた。突飛過ぎる展開が続くせいで、疲れているのかもしれないが重要な話なのだ。聞き逃す訳にはいかない。

 姿勢を直して、再び遥の話に耳を傾ける。



「……それなら、続きを話すよ。この世界が元から存在したから、私達の世界にあのゲームがあったのか。私達の世界にあのゲームがあったから、この世界が生まれたのか。どっちが先か分からないけど、ゲームであった出来事は実際に起こってたの。誰かがニューゲームを選択して、ゲームオーバーになった数だけの悲劇があった」

「それって……」

「……うん。お兄ちゃんが思っている通り、ゲームの展開とこの世界は連動の」



 そんなことがあり得るのだろうか。生前の私が『クロエ』を助けたい一心で、ゲームをプレイしていたのに、かえって『彼女』を苦しめていたとは――。

 前世の私にとっては架空の出来事でも、あんな数々の酷い末路が実際にあったなんて。信じられない。信じたくない。

 一番救いたいと思っていた相手を最も害していたのは、他ならぬプレイヤー《前世の私》だったのだ。そんな事実は認めたくはない。



 でも私の内側から響く声は残酷なまでに、愉快そうに、込められた憎悪を隠さず、それが真実であると肯定する。



『――そうよ。私の大切なクロエを無惨に何度も辱め、殺したのは貴女。この世界で最も憎らしい大罪人よ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る