第78話 妹

「えへへ……会いたかったよ、お兄ちゃん」



 初対面であるはずの私にいきなり抱きついてきた少女の声は、私に聞き覚えのあるものであり、何故か『兄』と呼ばれる意味不明な状況だった。

 どうすれば良いのか分からず、私の肌の感触を確かめるように頬を擦りつけてきたり、薄い胸に顔を埋めてくる少女にどう対応すべきだろうか。



 対応に困った私はこの際誰でも良いと考え、助けを求めるような視線を部屋の入り口で素知らぬ顔で突っ立ているドリアに送る。

 この何とも言い難い空気を少しでも変えられたら、敵対している魔人だろうと構わない。そう思って向けた視線は、ドリアに顔を背けられることで無情にも無視をされた。



 それからただ少女にされるがままの時間を過ごしていると、少女は上目遣いに私の顔を覗き込んできた。

 その瞬間。私の体に衝撃が走った。思考が止まる。

 私に抱きついてきた見知らぬはずの少女の正体は、前世で私がまだ『俺』であった時の妹――はるかだった。

 彼女は私が記憶している時と全く同じ容姿で、『俺』が一度も見たことないぐらいに壊れた笑顔を浮かべながら、こう呟いた。



「――もう絶対に離さないから。お兄ちゃんも私から二度と離れないでね」





「……ねえ、本当に遥なの?」



 前世の妹に似た少女がある程度の落ち着きを見せた頃に、私は震える声で一つの質問をした。

 当たっていて欲しい。外れていて欲しい。

 二つの矛盾する心情が混じり合い、目の前の少女とは視線を合わせることができず、足元を見つめていた。

 そんな私の葛藤を知ってか知らずか、少女はその可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべて答える。



「そうだよ! 遥だよ! 一目で私だって分かるなんて、やっぱりお兄ちゃんだ……!」



 嬉しそうに肯定した後、少女――遥からのスキンシップが激しくなる。それに耐えつつ、私の中ではある種の納得と、さらなる疑問が次から次へと浮かんでくる。



 どうして前世の妹である遥がここにいるのか。どうしてゲームのキャラクターに転生した私の存在を正確に認識しているのか。

 前世における遥との関係性は、ただの仲の良い兄妹に過ぎなかったのに、どうしてここまで私――『俺』に執着するのか。

 そして何故遥の体から、馴染み深い異質な魔力――魔女としての証である闇属性の魔力が放たれているのか。

 疑問は尽きない。



 更に時間が経過し、ひとしきり少々過激なスキンシップを堪能した遥は良い笑顔で話し始める。



「始めはお兄ちゃんをこの世界に引きずり込んだ泥棒猫達にお仕置きするつもりで、後ろにいるドリアに手伝ってもらってたんだ。ドリアは新しくできた友達でね、私の我儘に付き合ってくれる良い人……魔人なんだよ!」



 遥の言葉は途切れない。『俺』をこの世界に来ることになった切っかけを知っていそうな口ぶりに、話を遮って問い質したたくなる。

 しかしその鬼気迫る様子に口を挟む余地はなく、私は黙って遥の話を聞き続けた。



「お兄ちゃんの姿が変わっているのにも驚いたけど、今は今で凄く可愛いよ。……顔が泥棒猫のものなのが気に食わないけど」

「ねえ……さっきから言っている『泥棒猫』って誰のこと?」



 ついつい気になっていた、『泥棒猫』の正体について問いを投げていた。他にも聞くべきことはあるはずなのに。



「ん? 泥棒猫は泥棒猫だよ。私からお兄ちゃんを奪った卑しい女達。一人は『クロエ』っていう黒髪の女に、もう一人は今のお兄ちゃんに取り憑いている――正確にはお兄ちゃんの方がその体に押し込めらているのかな? まあ、詳しい因果関係は置いておいて、その体の本来の持ち主である『パトリシア』という女。そいつらがお兄ちゃんがこの世界に来ることになった元凶にして、私が許せない敵の名前だよ」

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