第75話 仇
『賢王の墳墓』の最深部。初代国王リーマス・アルカナが眠る、神聖なる場所であるはずなのだが、
そこにいたのは、人質として囚われているクロエとシオンの姿があった。彼女達の細い首には、全く不釣り合いな首輪――『魔女の枷』が私と同様に嵌められていた。
意識もないようで、冷たい石畳みの上に横たえられている。その扱いの悪さに不満が出るが、それも一瞬にして引っ込んだ。
とりあえず無事であることに対する安堵で、ほっと息を吐く。
それでも時間にして一日と少ししか経っていないというのに、随分と長いこと会っていなかったような気がしてならない。
反射的に大声で呼びかけて駆け出しそうになるが、その足は私より前に立っていたアリシアに妨害される。
「誰が走って良いと言いましたか? 『止まってください』」
「……っ!」
アリシアから紡がれた、「止まれ」という言霊。それは私に嵌められた『魔女の枷』の効力を発揮させて、私の足をその場に縫いつけた。
無理矢理に望まぬ行動を強いられる不快感に、思わず顔が歪む。強制してきたアリシアに、先ほどまでの罪悪感が籠もった視線ではなく、敵意を込めたものを送ってしまう。
それに対してアリシアは気にした様子も見せず、私の方に振り返ることなく、中で待っていた人物に声をかける。
「戻りましたよ、ドリアさん」
「お帰りなさい、アリシア。念の為に確認しておくけど、ちゃんと抵抗する手段は奪っているのよね?」
「そこは大丈夫ですよ。ほら、しっかりと嵌めてあるでしょう」
アリシアはそう言って、赤色の髪と一対の角が特徴的な魔人の少女――ドリアの視線を私に向けさせる。
「へえ……こうやって間近で見るのは初めてね。あんた達を捕まえるのには、本当に手こずらされたわ」
死者が眠りついている豪華な造りの棺に腰をかけていたドリア。彼女は私の姿を視界に収めると、できの悪い子供に言い聞かせるような口調で語りかけてきた。
「私の名前はドリア。一応魔王軍の四天王に就いているんだけど、人間の子供に言ってもしょうがないわね。今は魔王様は復活されていないし、知る訳がないか。だけど、ふむふむ……なるほどねえ。今は抑えられているとはいえ、その年齢でこれだけの魔力量。負ける気はないけど、単純な力量で言えば他の四天王に迫る具合ね。アリシアがいてくれて助かったわ。私の魔法じゃ、半永久的に無力化できないから」
「一応褒め言葉として、受け取っておきます」
簡単な自己紹介を一方的にしてきたドリアは、一目で大体の私の強さを予測していた。流石に過大評価な気がするが。
私は怯みそうになる心を押し殺し、ゆっくりと近づいてくるドリアと相対した。
脅威的な力を誇る魔人の少女、ドリア。彼女は自分で紹介した通りに、魔王軍の四天王――ゲームにおけるラスボスの配下のような立ち位置のキャラクターだ。
元々魔人の中では強い方ではなかったという過去があるが、それが信じられない程の実力を魔物にしては珍しい努力を積み重ねて得たという背景があった。
物語中盤以降で相対する敵であるはずの彼女が、どうして魔王も復活していない時期に人間の国で暗躍しているのか。敵の目標が私とクロエの身柄であることしか、こちらは把握していない。
将来的に復活した魔王を打ち倒す可能性を秘めた、潜在的な敵となり得る私達を排除しにきた――と考えるのは早計だ。
今でこそ私は『憤怒』の魔女の力を、クロエは『前借りの悪魔』との契約をありきで光属性の魔法を行使できるが、私達の存在が表沙汰になったのはつい最近のことである。
あまり思い出したくないグラスタウンで気色の悪い貴族に言い寄られて、そこからシオンの正体がバレて討伐隊を差し向けられた一連の出来事。
それが尾を引いてしまい、現在の状況に陥っているが、それ以前で私達の存在を知っていて標的にしていなければ、あのタイミングで王都にドリア達が現るはずがない。
「…どうして私達を狙ったの?」
「ん? 別に深い意味や大層な大義もないわ。あんた達の身柄を私の友人が欲しがってた。ただそれだけよ。……まあ、こんなに強いっていう前情報もないし、所在不明だった『破壊』の魔女――今は元かしら。その庇護下にいるせいで手を出せないし、大分手間がかかったわ。お陰様で連れてきた魔物達は全滅よ。代わりの戦力が手に入ったとはいえね」
「聞こえてますよ、ドリアさん」
「いや、聞こえるように言っているのよ。……外野は放っておくけど、これで満足かしら? あんた達を見つけるまでにも、相当な時間がかかったんだから。……次があったら、もう少し正確な情報をもらわないと。流石に無駄に多い人間の村を一つ一つ、頭の悪い部下達に探させるのは効率が凄く――」
「――今、何て言った?」
自分の口から出たと思えない程の冷たい声が溢れる。
つらつらと私達を狙った理由を話すドリア。彼女が言う『友人』の正体は、原作知識を持つ私でも分からないが一つだけ判明したことがある。
部下である魔物に、人間の村を襲わせた。それも一つではなく、複数も。
つまり私達の村を襲った魔物を率いていたのもドリアであり、彼女は私の両親や村人達の仇ということでもある。
その事実に気づいた瞬間。私の中で再び『怒り』が湧き上がった。
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