第76話 連行
「――だから、さっきも言いましたよね? 『勝手に動かないでください』と」
私を内側から食い破ろうとしていた『怒り』の感情は、その一言で強制的に抑え込まれた。先ほどと同様に、アリシアが私に嵌められている『魔女の枷』に命令を送り、それで私の動きを抑制してきたのだ。
と言っても、暴走寸前の魔女の力を完全に抑え込むには若干力不足なのか、私の首元で『魔女の枷』が僅かにヒビが入る。
「……あらあら、恐ろしいわね。よっぽど強い感情ね。あんたの中で渦巻いているのわ。それも良く見てみたら、一つだけじゃないみたい。……二つかしら?」
「ドリアさんも気がつきましたか?」
「これだけの違和感があったら、直で見れば嫌でも気がつくわ。これでも四天王なのよ」
自らの実力に自信があるドリアとアリシアは余裕そうに、私の状態について言い合っていた。その中には、ここに来るまでにアリシアと交わした内容も含まれていた。
彼女達は的確に、私の中にある『憤怒』以外の魔女の力の存在を言い当てる。その会話の内容が頭に入ることで、幾分かは冷静さが戻ってくる。
しかし依然として状況は悪く、私はドリア達の出方を伺うことしかできない。ドリアが私達の平穏を脅かしただけではなく、両親や村人達の仇であることは判明した。
今は抵抗の手段はなくても、絶対に隙を伺いその首を掻き切ってやる。
「まあ、ちょっと話は逸れてしまったけど、あんた達のことを私の友人が探しているのよ。こうやって無事に捕まえられたし、早く戻りましょう。アリシアはあっちの……黒髪の子供を運んでくれるかしら。元『破壊』の魔女は置いて行きましょう。特に必要ないし」
「分かりました」
無言の私を放置して、ドリアとアリシアの二人だけで今後の方針を決めていく。抵抗のできない私は文句の一つぐらい言ってやりたかったが、先ほどのアリシアから送られた「勝手に動くな」という命令のせいで、口を開くことすら叶わない。『魔女の枷』による強制力に抗おうとして、体をぷるぷると震わせるのが精一杯だ。
アリシアは会話を打ち切り、クロエの方に歩いていく。そして私の方にはドリアがすぐ傍に近づいてきた。
相変わらず私の体は動かない。
「そんなに怖い目で見てきても駄目よ。あんた達を連れて帰って、友人の目の前に転がしてあげる。でも顔に似合わず、お盛んなのね。あんた達。よりにも寄って、私の友人の『兄』に手を出すなんて。その人の居場所も吐いてもらうわよ」
「……?」
ドリアが言う『友人』の『兄』という存在だが、私には一体誰のことを指しているのか分からなかった。
むしろこちらから質問したいぐらいであったが、私の口は依然として開くことができない。
「じゃあ、しばらくは長い旅になりそうだし、寝ていてね」
ドリアのその言葉に呼応するように、私の首を戒める『魔女の枷』から強烈な刺激が送られてきた。その威力は凄まじく、常に緊張状態にあった私の意識は容易く失われた。
■
「――ほら、いつまで寝ているんですか。『起きなさい』」
「――っ!?」
首元から全身に走る激痛によって、私の意識は覚醒した。悲鳴にもならないうめき声が上がる。
瞼を開くが、自然に浮かぶ涙で視界が滲む。
「ようやく起きましたか。捕まっているのに、随分と良いご身分ですね」
声がしてきた方向に視線をやる。そこにいたのは、冷めた目つきで、こちらを鉄格子越しに見てくるアリシアだった。
痛みが引いて意識がだんだんとはっきりしてくると、自分が今どこにいるかを認識することができた。
肌から伝わってくる冷たい床の固い感触。内外を物理的に分離する鉄格子。そして未だに私の首でその存在感を示して、私の自由を制限する首輪。
今現在の私は完全に、ドリア達の手に囚われてしまったようだ。
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