第74話 私が魔女でいたい理由

『賢王の墳墓』の内部を歩いている最中、想定以上に時間がかかり、私とアリシアの間には沈黙が存在していた。

 それも当然だろう。今の私はアリシアによって装備させられた『魔女の枷』により、力を制限された囚われの身。

 一方のアリシアは魔女の力を十全に扱える上に、操られていているが敵の一味だ。そんな相手と好き好んで、お喋りに興じたいとは普通の感性を持つ者であれば思わないだろう。



 しかしアリシアはそんな私の考えを知ってか知らずか、暇潰しという名目で私に話しかけてくる。その内容とは、彼女曰く何故ドリアに従っているのか、というもの。

 その問答自体は、つい先程私から持ちかけたが、その時は流れで有耶無耶になってしまい、アリシアの口から語られることはなかった。



 現在でこそ私達に対する憎しみや恨みでアリシアは魔女化してしまったが、元の彼女は騎士団の部隊の一つを預かるに適任な人物だった。

 魔女に堕ちることで相当な影響を受けるとはいえ、以前のシオンのことを思えば、ある程度は元の人格そのものが変化する訳ではない。

 魔女の大半が魔物と共謀するけれど、アリシアが何の理由もなしに――たとえあったとしても――ドリアと手を組んでいるのに、私としては非常に違和感を感じる。



 アリシアは立ち止まることなく、話し始めた。



「魔女さんも疑問に思っていますよね。元騎士団の一員でもあった私が、魔女になったとはいえドリアさんに協力しているのか。それはですね、魔女さんへの復讐もありますが……騎士として剣を振るう理由がなくなってしまいましたから」



 ドリアに協力する理由の一つに、私達に対する復讐心が関係しているのは分かっていたことであったが、もう一つの理由。

 騎士としてあり続ける意味の喪失。恐らくはそれに関しても、私達が原因であるはずだ。アリシアが騎士を目指した動機は、孤児である彼女を拾ったベオウルフへの憧れである。切っかけとなった人物が死亡してしまい、心が弱っている時にドリアに何かしらの方法で洗脳を施された。

 そう考えれば、一応の辻褄はあう。肝心の手段は分からないが、やはりこの圧倒的に不利な盤面をひっくり返す鍵はアリシアの存在だ。説得なり何か今の自分にできることを試そうとして、どれだけ思い違いをしていることを突きつけられた。



「――私を説得しようと思っても、無駄ですよ。大方ドリアさんに私が洗脳されていると考えいると思いますが、半分は正解です。最初こそは、魔物の毒で自我を奪われていましたが、今ドリアさんに手を貸しているのは私自身の意思。魔女さんがどんな言葉をかけた所で、貴女につくことはありません」

「……!」



 思わぬ発言に言葉を失う。私が抱いていたアリシアとのイメージとは、大きく解離している。



「騎士のアリシアは死にました。今ここにいるのは、魔女の私です。たとえ今後、今まで守ってきた王国の民達を手にかけることになったとしても、魔女としての性を優先します。騎士であった頃と真反対のことをする度に、興奮するんです。どうかしているでしょう? 正気ではなく、知性を持つ存在として壊れていることは自覚しています。あのベオウルフさんが亡くなったとしても、魔女に堕ちた今でも、本当にこれで良いのか。そういう迷いはあります。ですが――」



 そこでアリシアは立ち止まり、私の方に振り向いた。彼女の顔に浮かぶ表情は、喜悦に歪んだものではなく、何かを決心したものだ。



「――魔女としての本能を優先し、それに没頭していれば、余計なことを考えなくてすみます。私という個が完全に壊れなくて良いんです。本当の意味で身も心も魔女になることは防げます。私が恐れているのは、このままベオウルフさんのことを忘れてしまうことです。いくら行動に矛盾があり、今の私があの人に誇れる生き方ではなくとも。現状の中途半端さ……ドリアさんの目的に協力するぐらいがちょうど良いんです。たとえドリアさんが私のことを、ただの捨て駒として思っていなかったとしても」



 アリシアの行動原理には、彼女の大切な人であったベオウルフの存在が大きく関係していた。そして今の彼女をここまで狂わせたのは、他ならない私達である。

 いや、そもそも本来魔女化することがなかったアリシアを狂人一歩手前の精神状態に追い込んだのも、クロエ達がドリアに捕まるような事態になったのも、私がこの世界に転生して余計なことをしてきたからだ。

 今回の件も、あの時と――以前住んでいた村が魔物に襲われるというイレギュラーが発生し、何の関係もない両親や村人達が死んだ時と一緒だ。



 私の存在そのものが、この世界を不幸の源だという現実が突きつけられる。



 言いたいことを言い終わったアリシアは、何の反応のない私を無視するように前を向いて、再び歩き始める。その場に立ち止まってしまった私は、若干苛々したアリシアに『魔女の枷』で強制的に歩かされた。



 そして再度私達の間では、耳が痛い程の静寂が満ちる。その状況がしばらく続いた後、アリシアの一言で少し飛んでいた私の意識が帰ってくる。



「――ようやく着きましたよ、魔女さん。感動の再会ですね」



 そんなアリシアの皮肉めいた台詞を聞き流しながら、私はクロエ達がいるであろう場所に急いで視線を向けた。

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