第73話 枷、再び

「その反応、もしかして図星ですか? 魔女さんの中にいる誰かが、あの二人に対する好意を植え付けた可能性が高そうですね」



 アリシアは何も言い返さず動揺した様子を見て、自分の仮説が完全な正解と言わないまでも、ある程度の信憑性を確信したようだ。

 それに対して私は思考が上手く纏まらず、魔剣を握る力が次第に抜けていき、アリシアの魔剣によって弾き飛ばされてしまった。



「あっ……!」



 石畳の上を軽い音を立てながら、魔剣が転がっていく。不注意で武器を手放してしまった。慌ててアリシアから距離を取り、魔剣を拾いに向かうとした瞬間。

 私の首に、アリシアの魔剣が添えられた。頭で状況を理解するよりも先に、体の動きが止まる。



「動かないでください、魔女さん。さっきの発言が事実かどうかであるのかは、私にとってどうでも良いんです。そもそも私が貴女の目の前に姿を現れたのは、ここの奥でドリアさんが待っているのでお迎えに来ただけです。こちらとしても、戦闘する意思はありません。大人しくついて来てください」

「……私に復讐したい、私を憎んでいると言っていた魔女の言うことを信用できると思う?」

「はあ……。魔女さんも余計な戦闘は不本意だと思いますが。早く会いたくないんですか、あの二人に」

「……!」



 クロエとシオンのことを出されると、纏まりがなかった思考が歪ながらも整理されていく。刃が肌に触れない範囲で、私は首を小さく縦に動かした。

 その私の返答に満足したアリシアは、魔剣の具現化を解く。と言っても、彼女から殺気染みた魔力が軽く放出されていて、私の動きを牽制していた。

 無駄な抵抗をすれば、骨の一本や二本は折る。そんなメッセージが言外に込められているように感じられた。



「では、これを付けてください」

「……それは」



 私から視線を外すことなく、アリシアは一つの物体を創造する。そしてその物体の正体は、ある意味私に馴染み深いものだった。

 アリシアの両手に現れたのは、黒色の首輪――『魔女の枷』だ。このタイミングでこれを付けるように指示を出してきたということは、私の行動を制限することが目的だろう。

 しかしこれを装着してしまうと、今度こそ本当に抵抗する手段を失ってしまう。相手の隙を伺い、囚われているクロエ達を助けて逃げ出すことが不可能になることを意味する。



 そんな考えが脳裏に過ぎり、差し出される『魔女の枷』を前にして硬直してしまう。動こうとしない私に向かって、アリシアは声のトーンを低くして脅しをかけてくる。



「こっちの方には人質がいるんですよ。今の所は積極的に傷つけるつもりはありませんが、魔女さんの態度次第は変わってくるかもしれません」

「……わ、分かった!」



 しばし逡巡した後、アリシアの手から『魔女の枷』を力任せに奪い取ると、そのまま自分の首に嵌める。

 魔法による不思議な力が働き、首輪のサイズは私の細い首にピッタリな規格に収まる。それと同時に、私の肉体を強化していた闇属性の魔力が強制的に抑え込まれた。頭の中で散々クロエに対する『■』を囁いていた『私』と、『憤怒』の炎を燃やしていた『私』の声も聞こえなくなる。

 これでめでたく、私は正真正銘の無力な小娘になってしまった。



「いやぁ……その首輪、似合ってますね。魔女さん」

「……うるさい。言うことは聞いた。早くクロエ達に会わせて」

「そんなに恥ずかしがらなくて良いですよ?」



 あまり意識をしないようにしていたが、アリシアに指摘されたことで、自分が中々に屈辱的な格好をしていること嫌でも意識される。

 アリシアは私の羞恥心を刺激するように、頭を撫でてきたり、顎の下に手を当てられて顔を無理矢理アリシアの方に向かせられる。彼女の顔に浮かぶのは、嗜虐的な笑みだ。



「ドリアさんの指示で直接害するのは禁じられていますが、こういう復讐もありですね。もしもドリアさんの用事が済んで、用済みになりましたら私が飼ってあげましょうか? もちろん人質になっている人達も一緒ですよ。三人まとめて飼って、私好みに――」

「――っ! 断る! そんなふざけた提案に乗るつもりはないよ!?」

「あらあら、残念です。結構本気だったんですけど。じゃあ、行きましょうか」



 アリシアの語る内容に、鳥肌が立つ。反射的に否定の意を告げると、アリシアは心底残念そうな表情を浮かべて、私から離れていった。



 二体の『ブラックドラゴン』は『賢王の墳墓』周辺の警戒役として表に残され、私はアリシアの先導の下『賢王の墳墓』内部に足を踏み入れた。



 光源が存在せず、入口から差し込んでくる日の光を頼りに私は歩くが、アリシアは暗さを気にせず進んでいく。

 墓荒らし対策なのか、やたらめったらに何度も似たような通路を曲がる。



 外からの光が届かなくなると、アリシアは右手に魔力を集中させて、即席の灯りを作り出す。足音だけ響く沈黙に耐えかねたのか、アリシアは私に話しかけてきた。



「暇潰しを兼ねて、先ほどの質問……どうして私がドリアさんに協力しているのか。教えてあげますね」

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