第70話 賢王の墳墓
――『賢王の墳墓』。それはアルカナ王国の北側に位置し、そこに眠る主はアルカナ王国初代国王リーマス・アルカナである。
リーマス・アルカナは『賢王』の二つ名の通り、様々な画期的な政策を打ち出し、今日に至るまでの王国の基礎を築いた名君であった。
そのリーマス・アルカナの功績や人望の厚さにより、それ以降の国王達にはない巨大な彼専用の墳墓が建てられることになった。
それが『賢王の墳墓』に関する私が持つ情報であった。ゲームの時には立ち寄ることもできたが、特段目立ったイベントや役に立つようなアイテムが手に入ることはなかった。
ゲームの世界観を構成する、小さな舞台装置の一部。その程度の認識でしかない。
もちろんこの世界では現実に存在した一人の王の為の墓。そこに投じられた費用は、前世も今世も庶民に過ぎない私には予想がつかない程だろう。
視界に映る墳墓は、王城と比較しても劣らないぐらいにしっかりとした造りをしており、漂う静謐さはこの場所が俗世から隔絶された一種の聖域に感じさせる。
いや、王国民にとっては正しく聖域なのだろう。そうでもなければ、ここまで歴代の王との扱いに差が出るはずがない。
と言っても、国王から国外追放を言い渡された身の上では、この場所に訪れる機会も今回で最初で最後だろう。
それに聖域が如き墳墓の雰囲気は、それとは正反対の禍々しさを内包――噴出させていた。
ゲーム時代の記憶と一致する部分が大半であり、警備の為に駐屯している騎士以外に生者の姿はないはずであった。
しかしそのいるべき騎士達の姿は全く見えず、代わりに墓守としての役割をしていたのは――。
――二体の黒竜、『ブラックドラゴン』である。その巨体を覆う漆黒の鱗は激しく損傷していて、痛々しい傷跡が無数に確認できる。
それらの傷跡が、騎士団の足止め役としてシオンに召喚した個体であることの証明になる。
二体の『ブラックドラゴン』が未だに消滅しておらず、まるで『賢王の墳墓』を守るように鎮座している所を見るに、指揮権は完全にシオンから奪い取ることに成功しているらしい。
敵側の面子を考えれば、いくらでもその手段は思いつく。
一つは魔女であるアリシアによる『ブラックドラゴン』を対象にした洗脳効果を持つ魔法『ドミネート』を使用し、支配権を直接奪うという方法。
他にもアリシアが作成した『魔女の枷』をシオンに装備させて、強制的にシオンに『ブラックドラゴン』を使役させる方法。
これ以外にも、魔人であるドリアの存在を考慮すれば他者を意のままに操る方法はある。
(まあ……今はそれを考えても仕方がないか。むしろはっきりさせておくべきは、相手側の目的かな?)
二体の『ブラックドラゴン』に気づかれないように、岩陰から覗かせていた頭を引っ込める。
現在の私は『賢王の墳墓』がぎりぎり視認できる程の距離を確保して、今後取るべき方針について考えを巡らしていた。
ちなみに一応王城でのアリシアの会話から、相手の目的を推測することは可能だ。
(私達……『パトリシア』と『クロエ』の身柄の確保。それがアリシア達の――いやドリアの狙いなんだろうけど、その意図が全く分からない。ゲームにも、そんな展開はなかった)
いくら記憶を探っても、今の状況に類似する展開はない。強いて上げるなら、BADENDの中にクロエが魔王軍に囚われるものもなくはないが、それはクロエが打倒魔王という目標を掲げて旅をしていたからだ。
今のクロエは『前借りの悪魔』と契約し、魔物の天敵となり得る希少な光属性の魔法を行使できるとはいえ、それも制限つきである。どう考えても、魔王軍四天王のドリアだけではなく、上級の魔物からは脅威にはならないはず。
そもそもドリアは、私達の存在をどこで知ったのだろうか。ゲーム本編通りに、クロエが『聖女』の称号を有し、復活した魔王退治の旅に出ているのならまだ分かるが、現状の私達が表舞台に引きずり出されたのは事故に等しい。
しかも世間的な矢面に立ったのは、『破壊』の魔女であったシオンだ。どこから私達の情報が洩れたのだろうか。もしくは、グラスタウンの一件からドリアが裏で糸を引いていたのか。
(それは本人に聞いて確かめるしかないか。素直に教えてくれるとも思えないけど)
内心で大きなため息を吐く。アリシアが王都から去る際に目撃した、ドリアの姿。万が一戦闘になった場合、私に勝機があるかという問題。
その答えは否だ。まずありえない仮定であるが、タイマンで『憤怒』の魔女としての力を後先考えずに使用すれば、何とかというレベルの話である。
その後は反動で、この世全てに憎悪を抱く魔女の完成だ。私個人の自我など容易く潰され、実質的には敗北扱いな結末。
よって、制限を設けずに力を行使するのは論外である。
そもそもあちらには魔女化したアリシアに、シオンから支配権が奪われた二体の『ブラックドラゴン』。戦闘に突入した時点で、敗北は確定だ。質も数も相手が上回っている。
しかしそれは、私が奥の手を使わない場合だが――。
(不確定要素には頼りたくないけど、こればっかりは……)
王都を出た辺りから、脳内で響く『憤怒』の魔女に堕ちた『私』とは、また別の未来を生きた『私』の声。
これを受け入れれば、少ない勝機が生まれる可能性はある。その選択肢を取った時点で、暴走は確実なので避けたいのだが。
(交渉の余地があると良いな……)
戦力的にも劣っている私では、小細工すら弄する余裕はない。相手の誠実さ――人質を取っている魔女と魔人に期待するだけ無駄なような気がするが――を信じて、私は岩陰から完全に姿を現すと『賢王の墳墓』に向けて歩き始めた。
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